第11話 性懲りもなくはほめ言葉です
唐突な申し出に私が戸惑っているのを見て、波紋屋ルカはおもむろに口を開いた。
「弊社の公募部門では、業界向けに広報誌を出しています」
「業界というのは、出版社のということですか」
「出版社の中の公募部門、または、公募専門会社の業界です」
そう言いきると、彼女は説明を始めた。
海都社では、公募部門で出している業界向け広報誌の編集長は、シーズンごとに変わるのだという。
公募という幅広い分野にアンテナを張っているものを扱っている各社には、情報を発信する方にもフレキシブルで多彩さが求められる。
そこで、編集長を新人ベテラン問わず回していくことで、それに対応しようということなのだそうだ。
編集長は、担当する誌面においては絶対的な権限を持っているそうで、そこに自分が目をつけた作家の作品を掲載することは比較的スムーズにできるのだという。
ただし、それなりの出来の作品でなくてはだめで、期間内にたたきあげられて小説家としてデビューできたものと、二度と浮上できなかったものとに大きく分かれるのだと、彼女は嬉々として語っている。
「私が目をつけたんだから、絶対。中途半端はさせません」
いつのまにか言葉に私情がまじっている。
どうしてそんな風に意気込みを初対面の相手に出せるのか。
ちょっと不安になる。
この彼女の意気込みに気圧されて、自分を見失ってしまったら、二度と浮上できない方にカテゴライズされてしまいそうだ。
ふいうちで戸惑わされる相手は苦手だ。
ただ、自分がそう思う時は、相手もそう思っているというのは常だ。
そんなことをいちいち気にしていたら、仕事は務まらない。
ましてや、自分をさらけだすのが仕事の文芸作家など。
とにかく目の前の彼女が、自分に意気込みをかけてくれている理由はきいてみなければ。
「あの、どうして私に声をかけてくださったんですか」
「あきらめのわるさ、かな」
「え」
「あ、ごめんなさい、つまり、あなた何回も原稿を送ってくださって、そのことについては弊社としては大変ありがたく思っております。こちらからのご提言に基いて改稿されたり、新作でチャレンジされたりと、先が見えないのに、性懲りもなくというか」
「性懲りもなく? 」
「はい、性懲りもなく」
彼女の視線がまっすぐに私に刺さった。
「ほめてます。性懲りもなくっていうのは、うちではほめ言葉なんです。すぐに諦めてしまう人や、自分の個性だか独善さだかを曲げないで、他へいってしまう人って多いんですよ、けっこう。しつこく性懲りもなくというのは、貴重な、うちでやっていくという心意気が伝わってくるということなんです」
波紋屋ルカは、ほめてくれているようだったが、編集者とは思えないような言いまわしの微妙さに不安感は募った。
けれど、なぜかひきこまれずにはいられなかった。
差し伸べた手をまずは掴んでくれる、安心感から信頼へとつながる井間辺和子とは、かなり違うタイプの編集者のようだった。
差し伸べた手を掴んでくれるのは同じだが、掴む力が強すぎていきなりで、その不安感が心をうずかせて、相手に歩み寄っていきそうになる。
泊愛久なら、どうするだろう。
彼女なら、渾身の作品であれば、どんな相手であろうと臆することはないだろう。
「口当たりのいいスイーツに飽きちゃったんです、私」
と、緊張感を破るかのように、波紋屋ルカがまるで脈絡のない発言をした。
彼女は、上着のポケットから何かの包みを取り出した。
「お一つどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
受け取って包みをあけると、ピンク色にシュガーコーティングされたキャンディかチョコのようなお菓子が入っていた。
彼女は、3つほどを一度に口にほうりこんで、にこっと笑ってみせた。
私もつられて、口に入れた。
「え、辛い」
とろけるような甘い衣が溶けた中心に、激辛のおかきが入っていた。
「スイーツ唐辛子花火あられって言うんです」
確かに、辛すぎて、まぶたの裏がちかちかする。
「私が作ったんです。いかがですか」
いかがも何も、口を開いたら、とんでもない、と言いそうだった。
「なかったから、刺激的なスイーツ。だから、作ったんです」
平然とした顔で咀嚼している彼女に、私は、思わず声をかけていた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。では、早速、これ、一週間後までに、この指摘通りに書き直してください」
彼女の口調はビジネスライクにもどり、さらっと注文を出してきた。
「え、一週間、ですか」
差し出されたのは、約10万文字の小説。
文庫本一冊分。
私がここに投稿した作品の一つだった。
楽しみながら流し読みする分には半日もあれば読み終えてしまうだろう。
けれど、これは、そういうわけにはいかない。
指摘通りに直すといっても、一ヶ所直せば、当然、前後関係もいじらずにはいられなくなる。
全体の流れを確認しつつ、ピンポイントで書き直していく。
これは、時間がかかる。
下手したら、全部手直しした後で、全部書き直しということも考えられる。
私は、それでもやるしかない、と心に決めていた。
「それから、スピンオフを、これは1万字以内で書いてください。こちらの締切は、なるべく早めでお願いします。そうですね、本文の直しを出してもらってから、一週間で出来たところまで見せてください。広報誌には、まず本文の一部を掲載予定です。これで反応を見て、スピンオフを何らかの形で公表します。広報誌に載せるか、ウェブサイトに載せるか検討してからになります」
彼女は、「では、よろしくお願いします」とお辞儀をして立ち上がった。
手をつけないまま冷めたコーヒーに、室内灯がぼんやり映っている。
その灯を見て、出されてすぐのコーヒーの深く甘苦い香りが、ふっとよみがえってきた。
私は、ひと息にコーヒーを飲み干すと、原稿の入った封筒を抱えて海都社を後にした。
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