第6話 誓いとサークル名

「個人サークルで参加してみない。年に一度くらいだったら、仕事があってもできると思う」

「そうだね」


 彼女は、私がそう言うのを予測していたのか、あっさりと承諾してくれた。


「さすがに、入社一年目は時間がとれるかわからないから、来年の秋か冬からの参加で」

「そうだね」


 彼女は目の前の皿から素揚げのスパゲッティを2本とって、1本を私に差し出した。

 同じものを同じタイミングで食べるというのは、誓いの儀式のようだ。


「ありがとう」


 私は受け取ると言った。


「長いな」


 彼女は私の礼の言葉をスルーしてつぶやいた。


「え? 」


 何が長いのかきき返したけれど、彼女はそれにも答えずに一気にスパゲティを食べきった。


「長いって、スパゲッティのことかな」


 私は、一本を一気に食べるのはのどに詰まりそうなので、半分に折って、それから2本一緒に食べた。

 ほどよい塩気で美味しかった。


とまり先輩、凪田なぎた先輩、写真とるんで、こっちに来て並んでください」

 

 後輩に声をかけられ、彼女はさっと手鏡をのぞいてリップを塗った。

 彼女は何をするにも手際がいい。


「泊先輩って、お化粧ほとんどしてなくてもきれいだよね」

「ほんと、色白いし細いし、書評もクールだしね」


 一年の女子たちが、羨望の眼差しで彼女を見ている。

 泊愛久とまりめぐという芸名かペンネームのような独特の名前も、彼女にはふさわしい。

 これといって特徴のない外見の私と違い、知的な雰囲気の大人びた彼女は、同性からも好意をもたれることが多かった。

 私はちょっと発音しずらい凪田真帆子という自分の名前をあまり好きではなかったが、彼女は、「凪に帆という取り合わせが面白い」と、気に入ってくれていた。


 後輩たちにせがまれて、写真を様々なパターンで撮ったり、サークル保存用のサークル誌にメッセージを書き込んだりしているうちに、解散の時間になった。


 解散の後、皆と別れて、レトロといえば聞こえのいい古びた様子の喫茶店に、彼女と私は入った。

 高い天井から凝ったつくりのシャンデリアがさがり、クラシックが低音でかかっている。

 かつては豪奢で華やかであったと思われるが、時を経て古びたシャンデリアは、かえって古めかしさを強調していた。

 客はまばらで、コーヒーを片手に文庫本を読むか、口数少なく小声で話すかしている。

 

 私と彼女は、一人客から離れた席に座ると、運ばれてきた水を飲んでから、メニューに目を通した。


「私は、アイスティー、ストレートで」

「アイスコーヒー、クリームソーダ、フルーツポンチ、バレンシアオレンジジュース、コーラフロート、ん、私は、アイスティー、レモンで」

「じゃあ、アイスティー二つ、ストレートとレモンで」

「あ、やっぱりミルクにしようかな、アイミで」

「アイスミルクティーでいいの」

「うーん、やっぱり、レモンにしようかな、ミルクの脂肪分が胃に重いかな」


 注文で必ず迷うのは私だった。

 最終的に、外はまだ肌寒い追コンの季節だったが、酸っぱくてしょっぱいトマトソースのパスタやピザを食べたせいか、胃をすっきりさせたかったので、二人とも舌の望むままにストレートのアイスティーを頼んだ。


「で、サークル名はどうする」


 運ばれてきたアイスティーをストローで半分ほどひと息に飲むと、彼女が言った。


「サークル名、どうしようか」

「それさえ決めておけば、しばらく活動できなくても、いざ申し込もうって時にすぐ動ける」


 彼女の意見は的確だ。

 しばらく意見を出し合って、それぞれに好きな花をあげた中から、お互いに相手のあげた花から選ぶことにした。

 これは、私の提案だった。

 花をお題に和歌を詠んだりといった古典文学からの連想だったが、昔の女学校の文芸部ノリな感じも嫌いではなかったので、その路線を踏襲するのもいいと秘かに思っていた。


「少女趣味かな」

「いいんじゃない、文学ごっこには」


 彼女の口調は投げやりだった。

 私は反論しようと思ったが、追コンでいつになく飲み過ぎたせいか、ここで仲違いするほど力が残っていなかった。


「じゃあ、これに書いて」


 私がメモ用紙を渡すと、すぐに彼女はさらさらっと書き出していった。

 

「はい」


 メモ用紙が差し出され、彼女の指先から生まれる流麗な文字に見惚れていた私は我に返ると、慌てて自分も書き出して彼女にメモ用紙を渡した。






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