第4話 書くことを再開したこと
編集者である井間辺和子が、私の作品以上に泊愛久の小説を読みたいと意思表示をした、そのことがショックだったのだ。
さらに、泊愛久が小説を既に書いていて出版する予定もあったということを、井間辺和子に言い出せなかった自分への自己嫌悪も。
有望な新人の情報であれば、業界に知れ渡っていたかもしれないが、そうした気配はなかった。
私が中途半端なプライドを守るのに遠ざけていた書くという行為を、彼女、泊愛久は地道に続けて、出版にまでこぎつけた作品を書き上げていた。
その話をきいたら井間辺和子は、きっと彼女の小説を読みたがっただろう。
泊愛久に小説を書かせたいと、わくわくした表情を抑えながらも垣間見せていたのだから。
もしかしたら、井間辺和子は、彼女の本が出版されると知っていたのだろうか。
それで、彼女の新しい作品として、私と二人での同人誌を手にしたいと思っていたのだろうか。
頭痛がする。
目の酷使と寝不足がたたっている。
嫌な考えに支配されそうになっているのは、体調不良のせいだと思いこもうとした時、メール着信のメロディが軽快に響いた。
彼女、泊愛久からだった。
私は、こめかみを抑えながら、メールを開いた。
――今、電話かけてもいい――
――いいよ。こっちからかけるよ――
返信したと同時にコールが響いた。
私は携帯を耳に当てた。
「
用件は完結に述べる。
彼女の小気味よさだ。
「書いた。見せた。終了」
私も、簡潔に返す。
「見せたんだ。私より先に、誰に」
彼女の声が心なしか引き締まった。
「原稿、受け取ってもらったんだ。手元にコピーとってある? 」
「コピーはないんだけど」
「読みたかった」
彼女は、私の原稿が編集の手に渡って手元にないのだと思い込んでいる。
手元にないのはコピーであって、原稿は手元にある。
「コピーはないけど、原稿はあるよ。でも、見せられない」
「そう。だったら、いい。本になるの待ってる」
「本にはならないよ。このままじゃ。楽しめて、読みやすくしないと。でも、そうしたら、私の作品じゃなくなっちゃうって言われた」
彼女は、どこの編集に見せたのかとか、どうい
所属していた文芸サークルには出版関係に就職した者もいたが、時間をやりくりしてまで会いたいメンバーではなかった。
卒業後、2,3年経つうちに疎遠になり現在に至っている。
それもあって、ゼミ友の年賀状のやりとりは続けていた井間辺和子に連絡をとったのだ。
「やっぱり、真帆子は書く人だった」
彼女の声はそこで途切れた。
私が書くことを再開したこと、それだけを、彼女は確認したかったのだ。
携帯を耳から離すと、頭痛はやみ、少し気分が上がっていた。
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