第3話 持ってるものを惜しげなく差し出して欲しいと言われたら
「そういえば、部屋の掃除をしてたら出てきたんだけど」
ひと口飲んだカフェラテのぽってりとしたカップを置くと、
「なつかしい、っていうか、それ、いまちゃんにあげたんだっけ」
私は冊子をしげしげと見つめた。
『サルビアとガーデニア 1』と、シンプルに印字されただけのコピー誌。
それは、
「
私は、記憶を辿る。
学生時代のノリで言い交わした約束で、編集を仕事にした彼女に、若書きの冊子を送りつけてしまったのだ。
ほんのり、期待を込めて。
今さらながら赤面しそうになる。
「ごめん、入社してしばらくの間の忙しい時に送っちゃってたんだ、私。大迷惑だったよね、そんな素人くさい同人誌」
私が慌てて回収しようとすると、彼女は、すっと冊子を手にとった。
「だから、迷惑なんかじゃないんだって。面白かったよ、真帆子の小説。これってメルヘンとかファンタジーになるのかな、グルメ妖精の話。妖精って言っても、人間界ではクールなイケメンなんだよね。読んでてグルメ妖精の作った料理とかお菓子、全部食べたくなったもの。メルヘンでなくてライトファンタジーにしたら人気が出そうだった。でも、そうしたら、作品の持ち味が損なわれそうだなとも思った」
彼女は、カフェラテをスプーンですくうと、スープのようにすっと飲んでから、
「ピーチムース・ビシソワーズって言うのが、とくに美味しそうだった」
とうなずいた。
「それと、もう一人の、えっと、
彼女は、冊子を私の方に向けた。
「書かせたくなった、なんて、偉そうなこと言っちゃった。職業病だね。でも、この作家さんの書いたこういう話を読みたいって思わせてくれる人は、魅力、迫力、牽引力……独特の力を持ってる。そう、だから、真帆子はもっと自分の持ってるものを惜しげなく差し出して欲しい」
井間辺和子の真摯なアドバイスは、しおれかけていた心にしみた。
しみたけれど、素直に受けとめきれない予感がした。
「それから、この泊亭さんって、今も書いてる人? 」
「あ、うん……」
言いよどんだ私に、それ以上言葉をかけることはせず彼女は冊子をバッグにしまった。
「イベントに出るとか、同人誌を出すことがあったら、教えて。もちろん、うちで出版したいっていう作品ができたら見せて。忙しそうだからって、遠慮なんてしないで」
井間辺和子はそう言うと、これから社にもどるからと席をたった。
去り際に「待ってるから」とささやいた言葉が、私を素通りして、冊子の置かれていた辺りに漂っていった。
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