第2話 ゼミ友編集との再会
「いまちゃん、忙しいのにごめん」
「読むのも仕事だから」
「仕事なのに、時給払えなくてごめん」
いまちゃんこと
「
と、ちょっと驚いたような口調で言った。
コーヒーチェーンのソファ席で向き合ったまま、一瞬私は返答に詰まった。
「え、キャラって」
「真帆子って、おとなしくて押し出しが強い方じゃなかったけれど、なんていうか、今のは、控えめを通り越して、人によっては卑屈に捉えるかも」
私は返答につまった。
「あ、まさか、冗談だった」
「え、と、私ってそんなにおとなしかったっけ。けっこう言いたい放題だったよ」
言いかけてはっとした。
言いたい放題だったのは、サークルでの話。
それも、自分が興味のある話題の時だけ。
気をつかわずに、しゃべったり、黙ったり。
それが居心地のよかった文芸サークル。
それからすると、ゼミでは専ら聞き役でいることが多かったかもしれない。
かもしれないというのは、サークル以外にあまり重きを置いてなかったので、記憶が曖昧だったりするからだ。
自分の都合での記憶の改変はままあるものだ。
「ゼミだとそう見えてたんだ。そういうこともあったかもしれないけど、それだけが私のキャラじゃないし」
「そうだよね。ごめん、変なことつっこんじゃったね」
彼女はその話題はここまでとばかりに、厚みのあるA4サイズの茶封筒をテーブルに置いた。
「画面で読むのと、打ち出して読むのとじゃ印象違うんだよね。人にもよるみたいだけど、私は紙で読むのが好き。だから、真帆子が打ち出しを渡してくれたのは助かった。ありがとう。時間を節約できた」
自分の生み出したもの、価値があるのかないのかもわからないそのつくりものに、時間を割いてもらうのだから、相手の望む形で届けたかった。
でも、それは、心の底からのものだったのだろうか。
そうした妙なひけ目は、自信のなさからきている。
この自信のなさは、かつての、ちょっとはいけてるんじゃないかと思っていた創作活動が、プロとしてはまるで通用しなかったという苦い思い出が原因だ。
それから、書けなくなったり、未練に縛られたり、読むのも億劫になったりしながら、いつしか流れた月日——何をやっていたんだろうという後悔——
油断すると、つい、自分を下げてしまう。
でも、これからは、そればかりじゃだめだ。
誰よりも創作に真摯で気高いかつての相方、
その第一歩として、サークルではなくゼミで一緒だった出版社勤務の友人に連絡をとったのだ。
ゼミ友の井間辺和子は、文芸書と児童文学を扱う中堅出版社の編集者だ。
所属していた文芸サークルから出版業界に進んだ知り合いは何人かいたが、あえてそこには接点を求めなかった。
私のそうした選択を、彼女はどう思うだろう。
「忙しいのに、本当にありがとう」
私は今一度、感謝の言葉を口にした。
「真帆子さ、
開口一番、井間辺和子が言った。
夏原ノエ は幻想メルヘン的な作風の若い女性に人気のある作家だった。
読んだことはあったし、どちらかといえば好きな作家だ。
彼女の登場は、読み手としての私を喜ばせ、書き手としての私の心をざわつかせた。
自分の書いたものが、彼女の作品に影響されてると言われてしまいそうな作風だったのだ。
夏原ノエが文壇デビューする前から、私の書くものは、現実から少しだけ足が浮いているような、幻想小説と文学の中間のような作風だった。
夏原ノエの小説を読んで、やられた、と思ったのも確かだ。
けれど、似て非なるものであるというのは、一読すればわかるはずだと私は確信していた。
「悪くはないと思う。真帆子ならではの視点もあるし。でも、どうしても、夏原ノエを思い浮かべてしまう」
「影響を受けて書いたわけじゃないんだけれど」
「もちろん、それはわかってる。私は、今までも、今も、たくさん読んでるから、雰囲気や傾向が似ていても、真帆子の書いたものには、ちゃんとならではの個性が出てるってのは。ただ、読み手が成熟していないと、真帆子の世界がストレートには伝わらないと思う」
井間辺和子は、そこで少し言いよどんでから言葉を継いだ。
「申しわけないのですが、これはお返しします」
ていねいな言葉遣いに、私は覚悟を決める。
はっきりノーを言ってもらえるのはありがたい。
「私が預かったままだと、多分、形にできない。でも、よそだったら、違うかもしれない」
井間辺和子は、再びいつもの口調にもどっていた。
「実際、純文学、児童文学もだけど、ライトでないものは形にするのって、なかなかむずかしいのよ」
「うん、そうだよね」
「編集者として、いつもいいものを探しているから、作品を見せてもらえるのは、ありがたいことなんだけれど」
井間辺和子は、そこでひと息つくと、テーブルに置いた茶封筒に両手を添えて、汗をかき始めた水のコップからそっと離した。
「人は飽きるし、目新しいものに飛びつく。それが悪いってことじゃない。でも、うちの社のいいところ、作家を育てていく、作家とともに歩んでいくというポリシーが通じなくなっているのよ、経営的に」
井間辺和子はため息をつくと、ラテアートの少女の微笑みをスプーンでくずした。
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