終章

終章  すべてを話した

「それでは九門先生、よろしくお願いします」


「いや、そういうの、いらないから」

「ふふふ」

「バカにしてるでしょ、熊田さん」

「そんなことないよ~」


 九門の会社の会議室。


 向かい合う形で座っている、九門と熊田さん。周囲にはカメラマン、ライター、さらにはサクラの姿も。みな笑顔でふたりの会話を眺めている。


「このインタビューで決まるんだからね、九門さんの新作の売上は」

「そんな脅さないでよ。インタビューなんてどうでもいいじゃん」

「ダメ、これが一番大事なの。あとがきの手前に載せるんだから」

「はいはい、分かりました。お手柔らかにお願いしますよ」


「では、単刀直入に」


 熊田さんは、ノートPCの画面を九門に向けた。そこには例のメッセージが表示されていた。


-------------


 みなさん、


 3日後、

 生きて会いましょう。


-------------


「あの日、なぜこんなに短いメッセージにしたんですか?」


「……。」


 全くお手柔らかではない質問から、インタビューは幕を開けた。


 九門は腕を組み、顔を少し上に向けた。そして、沈黙の時間が訪れる。


「……。」



「九門さん……?」


「大地君……」


 九門は、腕をほどき、ニコリと笑った。

「信じたんだ」


「……?」


―― 信じた


 熊田さんが問う。

「信じた、というのは、読者のことを、ですか?」


 九門が頷く。

「うん、読者というか、みんなを」


 熊田さんは繰り返した。

「みんなを、信じた……」


 再び、しばし沈黙の時間に。


「…………。」


「…………。」


 数秒ののち、九門が口を開いた。そして、後日熊田さんが「削るところが一切なかった」と語るハナシが始まった。


「こういうときってさ、えてして依頼側の期待通りには行かないものだよね。こうしてほしい、こうしなさいと言っても、絶対に従わない人は出てくる」


「これをしちゃいけません、なんてまさに、だよね。ダメって言われるとしちゃうもんじゃん。それは子供も大人も変わらない」


「誰だってそう。もちろん俺も例外じゃない。生まれて30年、依頼や指示に従わなかったことなんて何度もあるよ」


「でも、あの時はそれをひとりも出しちゃいけなかった。ダメだったらしょうがない、じゃ済まされないよね。人の命がかかってるんだから」


「あの日、なぜそういうことが起きるのかを考えたんだ。内容の問題なのか、言い方の問題なのか。どうすれば自分の言うことを信じてもらえるのかって」


「その時にさ、すぐ前の会話を思い出したんだよ。サクラが俺に言ったんだ。『アタシの言うこと信じて』『アタシは大地君を信じてるから』って」


「……。」


 一同、ただただ静かに九門の話を聞き続ける。


「……。」



「で、思ったんだよ。自分のことを信じていない人のハナシって、なかなか聞かないよな、って。そう考えるとさ、どんな頼み方も違うって思ったわけ」


「だってさ、どんだけへりくだって丁寧に言ったところでさ、いろんな説明をしたうえで、さらに何度も何度も『こうしてください』って言って、それはつまり『そうしないと思っているから』言うわけでしょ」


「俺たちはそもそも入り方からもう間違ってたんだ。『どうすれば動いてくれるか』ってのは『みんな動いてくれない』前提の考え方じゃん」


「それじゃダメだよね。自分のことを信じてもらいたいのに、自分が相手を信じてないんじゃ。だから、自分が相手を信じるのが先、絶対に」


「会社でもずっとそうだった。俺が編集者のチカラを信じたからみんなは俺の考え方についてきてくれた。俺が部長、あ、当時は課長だったかな、のチカラを信じたからWEBチームも一緒に動いてくれた。それからチームは一度バラバラになりかけたけど、みんなが俺を信じてくれたから、俺は編集部に戻れた」


「そして、サクラが信じて待っててくれたから、俺はこうやって戻ってこれた」


「逆言うとさ、そうじゃない時にダメなことって起きてたんだよね。俺、ホント誰のことも信じられなくなった時があってさ、あの時はホント無理だった。人の言うことに耳を傾けようとはしなかった」


「それじゃダメだ。信じてもらうには、信じなきゃいけない。だから俺は、みんなを信じることにしたんだ」


 熊田さんが問う。

「それが、あのメッセージ……」


 九門が頷く。

「うん」


「何が必要かなんて、説明する必要ないさ。とっくにみんな知ってたよ、あんだけメディアが報道してたんだから。だから、サクラに聞いたんだ。何をすべきかはみんな分かってるよな、って」


「で、その通りにしてください、ってお願いするのも違う。だってそれは、言い方はどうあれ、結局のところ相手を100%では信じてないってことだから」


「だから何も具体的な行動については言わないことにした。言う必要はないんだ。みんな分かってる。なにより、俺はみんなを信じてるから」


「で、ひとつだけ約束した。誰にとってもハッピーなはずの約束を。そう、こういうときは『共感』が何よりも大切だから」


 熊田さんがメッセージを思い出す。

「生きて会いましょう……」


 九門が頷く。

「そう」

 

「思いつかなかったんだ。ほかに『みんなが守っても誰も困らない約束』なんて。みんなにはみんなの人生がある。誰かにとって嬉しいことは誰かにとって悲しいことかもしれない」


「だからみんなで交わせる約束、全員一致で共感できることって『いまを生きる』ってことくらいしか、あのときの俺には思いつかなかった」

 

 熊田さんが確認する。

「生きるためにどうして欲しいか、は言わず」

「うん、信じてるから」


 サクラも確認する。

「動いてくれなかったらどうしよう、とも思わず」

「うん、信じてるから」


 サクラも熊田さんも周囲のスタッフも、みんなが笑顔で頷いた。



 そして、


「お疲れ様でしたあ~~」

「ありがとうございました~~」

 

 なんともあたたかい空気に包まれ、インタビューは終了した。


 帰り道、

 九門のクルマ、運転席に九門、助手席にサクラ。


「もう桜の季節も終わりじゃなあ」

「うん、だいぶ暖かくなってきたしな」

「でも、ホントにすごい3年間だったね」

「ん? ああ、まあ本になるくらいだからな」

「ふふふ、世界まで救っちゃったし」


「振り返ってみると、すげえ濃かったよ」

「何も考えずに始めたラノベなのにね」

「こんなことになるとは思ってなかったよな」

「もうお腹いっぱい? また何か書く?」


「…………。」


「…………。」


「うん、書くよ」


「そっか」


「…………。」


「…………。」



「アタシ、幸せよ。大地君と一緒にいて」

「ん?」

「ふふふ」


「まあ、俺も幸せだよ」


「…………。」


「…………。」


「なんで?」


「ああ、金がいっぱい入ったから」


「えええ!!? それ!!?」

「はっはっは、なに顔赤くしてんだよ」


「こらあーー、大地ーーー!!」

「バカ、押すな、運転中だぞ」

「謝れ、バカーー」

「はっはっは」


 桜舞う道を走るクルマのなか、


 世界を救った男は、ポコポコとアタマを叩かれながら大声で笑った。


「はっはっは」

「こらあーー、何か言えーーー!」



「サクラーーー、愛してるぞーーーー!!」



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僕のラノベは世界を救う 物書き・K @writer_k

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