お姉ちゃん大キライ

賢者テラ

短編

 私はお姉ちゃんがキライだ

 お姉ちゃんは高3、私は高1

 いつもいつも比べられる

 双子でもないのに、一卵性双生児みたいにソックリ

 でもそれは見かけだけ

 成績のいいのはお姉ちゃん

 生徒会役員までやってて、人望が厚いのはお姉ちゃん

 同じ顔なのにファッションセンスが良くて、人を惹きつけるオーラを出している

 神様は不公平だ

 


 私たち姉妹はよくケンカをする

 姉も、外では人格者らしいのだが

 私と相対する時だけは底意地の悪さを発揮する

 身内、って不思議

 近ければ近いほど、お互いが見えすぎるのだろうか

 極端な時は、姉と同じ部屋の空気を吸うのもイヤ

 私の家はそれほど大きくない

 だから、姉と私にそれぞれの部屋なんてない

 家で一番間取りの広い洋間を、子供部屋として共同で使っている

 つまり、家ではイヤでも姉と同じ空間を共有するのだ

 寝る時以外は、どちらか根を上げたほうが部屋から出て行く

 そして一人になって、頭を冷やすのだ



 姉は頭がいい

 だから弁も立ち、口も達者だ

 口げんかをすれば、勝つのはいつもお姉ちゃん

 私は単細胞で、思ったことをあまり吟味もせずポンポン口にする

 理路整然とした思考の持ち主には、太刀打ちできない

 いつも泣かされる

 でも

 負けると分かっていても――

 懲りずに挑んでしまうのはなぜ?

 私は、自分でもそれが不思議だ



 ある日の夕食の時間

 たまたま私と同じ時間帯に帰ってきたお姉ちゃん

 イヤだったけど、夕食のタイミングが同じになった

 母が用事でリビングから消えたとたん――

 よせばいいのに、またお姉ちゃんと口論になった

 きっかけは、ほんとうにくだらないこと

 


 議論していたこととはまったく関係のないことで、私は攻撃した

 このままでは、形勢不利と見たからだ

 今だから反省できるが、私は卑怯だ

 でも、このときの私は、必死だった

 どうしたら、外面は完全無欠の姉をへこませることができるか?



「お姉ちゃんそんなカタブツだから、きっと男にモテないでしょ!」

 適当に放った一撃だった

 あれ

 何だか、おかしい

 姉が固まっている

 いつもなら、すぐに何か言い返してくるのに――

「フン」

 姉は荒く鼻息をひとつついただけで、席を立った

 おかしい

 好物のはずのトンカツを二切れも残したまま

 私の心のアンテナは鈍かった

 だから、さらにとどめの追尾ミサイルを放った

「どうせ、そんなんだから学校で男にフラれたんでしょ」



 私はリビングでバラエティー番組を見てひとしきり笑った後

 仕方なく姉もいるであろう部屋に戻ろうとした

 ……もしかして、さっきの雪辱戦を仕掛けてくるかな。

 そうなったらなったで、受けて立とうとバカな決意でドアの前に立った

 しかし閉まりきっていないドアの隙間から、見えた

 それは初めて見る光景



 あのしっかり者の姉が

 私を泣かしてばかりで、自分は泣いたことのない姉が

 泣いている

 目から涙をボロボロ流して

 顔を真っ赤にして、声を押し殺して

 時折勉強机に伏せって、両腕に顔をうずめている

 一定のリズムで、背中がヒクッヒクッと大きく震えている

 


 私は、そっとその場を離れた

 リビングに戻って、見たくもないテレビ番組を見た

 私は、苦しかった

 いつもの私なら、してやったり・ざまぁみろと思っただろうか

 やっと姉をへこませた、って有頂天になっただろうか

 心に、重苦しい鉛のようなものが沈殿した

 テレビ番組を見るのをやめ、プレステに切り替えた

 ゲームをやってもダメだ

 何をしても、気持ちが晴れそうもない


 

 私はどうしても部屋に戻れなかった

「いい加減寝なさい!」

 母からそう言われ、12時過ぎにしぶしぶ部屋に帰った

 部屋は明かりが落ちていて、姉は自分のベッドで眠っていた

 本当に眠っているのか、実はまだ寝つけていないのかは分からない

 私は音をたてないように、反対側の自分のベッドに潜り込んだ

 こんなにも、近くにいるのに。

 なのに、私たち姉妹の心の距離はこんなにも遠い――



 その晩、夢を見た

 それは幼い頃

 家族で出かけた海

 姉と戯れた岸辺

「キャハハハ お姉タン冷たぁい!」

「あんたがトロいからよ! でも、私はあんたが大好き――」

 二つしか離れていなのに、大人びてませた姉は私の顔を覗き込む

「私が、ずっと守ったげる」

 私もよく分かってないなりに、精一杯の語彙を尽くして誓う

「アタシも、お姉タン大事にする」

 ……お姉ちゃんの、ウソツキ。

 そして、ワタシもウソツキ。



 朝起きたら、姉はすでにいなかった

 私より早起きだっただけじゃなく、すでに家を出ていた

「今日は早くから生徒会の活動があるんだって――」

 姉をさっき見送った母は、そう言った

 ……私を、避けてる?

 食欲がわかず、私はトーストを数口かじっただけで食卓を離れた



 学校でも、部活でも

 私は悩んだ

 ふと気がつけば、考えていることは姉の涙だった

 こんな状態をいつまでも続けているわけにはいかない――

 私はひとつの決心をした



 その夜

 私はお姉ちゃんに話しかけた

「何よ、改まって」

 いつものケンカを仕掛けるような口調でない私に、ドギマギしている

「……ゴメンね」

 私は、素直に謝った

 昨日自分が無神経に言ってしまった一言が、姉を傷つけたのではないかと

 姉が泣いているのを見てしまったことも付け加えて、謝った



「ああ、そのことか。見られちゃってたか」

 今までに見たこともない、姉の素直な姿

 姉は、ベッドに腰掛ける私の横に座った

 鏡台に映りこむ私たち姉妹の姿は、改めて見ても瓜二つだ

「あんたの言うとおり。私ね、フラれたの。長い間想っていた男の子に――」

 さみしそうな表情

「私、やっぱりとっつきにくいところがあるんだろうね」

 ……そんなこと、ないよ

「自分でも、どうにかしなきゃとは思っていたのよ。あんたも思うでしょ?」

 ……思う。けどそこまでするほどヘンじゃない

「ちょうど、いい機会だったのよ、これが……」

 そのとたんに、姉は何の前触れもなく泣き出した

 ヒーン ヒーン

 生徒会長をやっている姉とは思えない

 ただの、傷ついた女の子の姿があるだけ

 私は叫んだ

「お姉ちゃんみたいな美人でしっかりした人をふるなんて、バカだよ!」

 私も、姉にしがみついて泣いた

 姉はそんな私を優しく抱いて言った

「……それってさ、暗に自分も美人だって言ってない? あつかましい」

 憎まれ口を叩きながらも、姉は泣く私の背中を撫でさすってくれた

 私たち姉妹は、長いこと抱き合っていた



「行ってきま~す」

 朝、私と姉は一緒に家を出た

 私と姉は同じ高校生だが、通う学校は別だ

 こちらは公立の普通高。あちらは、名門の私立高

 途中まで一緒に歩いたが、別れるべき道に来た

 ここから、姉は駅の方へ歩いていくのだ

「じゃ、お姉ちゃん行ってらっしゃい」

 制服姿の姉は、キリッとして決まっている

「ありがと。あんたも、頑張りなよ」

 私は、姉の後姿を見送った

 少し、姉との心の距離が、縮まったような気がする



「あんた、そんなのどこから引っ張り出してきたのよ!」

 姉は、当惑と恥ずかしさの混じった表情でツッコミを入れてくる

 それもそうだろう

 私は先日見た夢で、姉との海での思い出が懐かしくて――

 母に頼んで、昔のアルバムを引っ張り出してきた

 そして、一番よく撮れている一枚を、写真立てに飾ったのだ

「別にいいじゃん。だって、私ら姉妹は仲良しこよし、なんだから」

 それでも姉はまだ何か言いたそうだったが、ついにはあきらめた

 私は、自分の勉強机に飾ったその写真を、飽かずに見つめる



 ……これから、二人であの約束を復活させるんだ。

 姉は私を守る。

 そして私は姉を慕い、大事にする。



 あ、いけないいけない

 写真ばっかり見つめてたら、勉強がはかどらない

 さっさと宿題済ませちゃわないとね――


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お姉ちゃん大キライ 賢者テラ @eyeofgod

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