第5話 VS鈴木サキエル 完

「まあ、そういうわけで。転生候補者の人選についての悩みは解消したかな?」


「はい! 転生する前の世界に与える影響のことにまで、世界管理機構が気を配っていたなんて、私、先輩に指摘されるまで気が付きませんでした」


 後輩は憑き物の取れたような、晴れ晴れとした表情で頷いた。


「てっきり、お互いの世界の管理者が、不要な人材を押し付け合っているのだとばかり思っていたんです」


「まさかー。僕たちより上の階級の先輩天使が、そんな自分の出世のことしか頭にないような利己的な行動を取るはずがないじゃないかー」


「そうですよね。私、自分が恥ずかしいです……」


 後輩は心から反省した様子で、ありがとうございましたと、僕に頭を下げた。


(素直で、可愛くて、良い子なんだけどな……)


 残念なことに、発想が過激すぎる。


 この分だと、今回はともかく、いずれ上層部に目を付けられることになるだろう。


 触らぬ神になんとやらだ。


「あ、そろそろ良い時間だね。僕は仕事に戻るから――――


「あ、先輩っ!」


 伝票をもって逃げるように立ち上がった僕を、後輩は慌てて呼び止めた。


(う……)


 尊敬の眼差しっぽい熱視線が、僕に注がれている。


「あの、今日は本当にありがとうございました。自分の職場にはこういう相談に乗ってくれる人がいなくて……」


(だろうね)


 それは君が危険人物に認定されているからだよ、と。


 できることなら、声のボリュームを大にして叫びたかった。


「もし、よかったら、今後も相談に乗っていただけませんか?」


「え? うーん、そうだねぇ……」


「駄目……でしょうか?」


 少しだけ寂しそうな、困り笑いの表情で、後輩はあざとく首を傾げる。


 その時、真っ白なブラウスの隙間から、一瞬だけブラが覗き見えた。


(黒だと……!)


 僕は、ガツンと鉄球で頭を殴られたような衝撃を受けた。


 真っ白なブラウスの下に、黒い下着を身に着けているというのか?


 仕事中に何をやってんだ、このセクシーモンスターは。


 くそう。エロすぎるじゃないか。


 ――――最高だ。


 僕はポケットから名刺を取り出して、そこに私用の携帯電話の番号を書き込んだ。


「それじゃあ、個人的な相談がある時はこっちに連絡して」


「ありがとうございます!」


 後輩は、太陽のような眩しい笑顔で、名刺を受け取った。


「……ああ、でも、次に相談に乗る時は、休日に一緒に遊びに行くくらいの報酬は欲しいかな」


 一応、精一杯の牽制として、こっちには下心がありますよという素振りを見せておく。


「分かりました。デート一回ですね」


 全然、通用しなかった。


 報酬がデートくらいでは何の牽制にもならかったようだ。


(連絡……来てしまうのか? 来ないよな? でも、来てほしいような……来てほしくないような)


 僕があれこれ思い悩みながら会計を澄ませて喫茶店を出ると、いきなりマナーモードにしておいた携帯電話が胸ポケットで振動した。


 登録されていない番号からの着信。


「……もしもし?」


『先輩ですか? これ、私の番号です! 登録しておいてください!』


 表通りから店内を覗き込むと、携帯を耳に当てたまま、笑顔で手を振る後輩の姿があった。


(連絡くるわ、これ)


 僕は後輩に手を振り返しながら、早くも観念して上司に報告のメールを入れた。


 そして、先程の着信番号を『後輩(黒ブラ)』と登録しておいた。

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異世界人事部転生 @torajiji

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