第4話 VS鈴木サキエル

「でもね、サキちゃん。君は一つだけ、見落としていることがあるみたいだよ」


「え……? そ、それは何ですか?」


 初めて動揺の色を見せた後輩に、僕はドヤ顔でたたみかける。


「僕たちは候補者を転生させるために、様々な方法で候補者の命を奪うよね?」


「は、はい……。仕事とはいえ、とても良心が痛みます……」


「てっきり、今日はそっち系の相談かと思っていたんだけどね……まあいいや」


 転生というからには、一度、候補者には死んでもらわなければならない。


 死ななければ、生まれ変わることができないからだ。


 そのために、僕たち天使が利用しているのが、因果関係を強引に捻じ曲げたり、分断したりする「奇跡の行使」に他ならない。


 この奇跡を使うことによって、候補者は何もない所で転んで頭を打ったり、階段から落ちたり、凶悪事件に巻き込まれたりして、なんやかんやで死亡する。


(まあ、最近は面倒くさいから、半分以上はトラックで轢き殺しているけど)


 簡単に実行できて、しかも成功率の高いプランとなれば、使い回しは仕方がないだろう。


 こっちだって、毎回毎回、候補者の人生を一から洗い直して、感動的でドラマティックな幕切れを演出するほどの余裕は無いのだ。


 時間も人手も足りない。


 でも、残業はしたくない。


 じゃあ、トラックに轢かれて死ね――――そういうことだ。


「候補者を無事に転生させた後、元の世界ではアフターケアをする必要があるんだけど、それはやったことがある?」


「はい。転生者の家族や、特に親しかった友人の精神的なストレスの軽減ですよね?」


「そうそう。やったことがあるのなら、話が早い」


 天使が行使する奇跡の中に「記憶の風化」というものがある。


 人間は感情の豊かな生き物だが、その感情――――特にストレスの原因になるような怒りや悲しみの感情を、長時間、維持し続けることはできないようになっている。


 例えば、告別式の時とまったく同じ悲しみを、三周忌の時まで維持し続けることは不可能と言っていいだろう。


 もし、そんなことをできる人がいたら、その人は一年も経たないうちにストレスで死んでしまうからだ。


 近しい人が死亡するストレスというものは、それほどまでに大きい。


 だから、僕たちは残された人に対するアフターケアとして、記憶の風化の奇跡を使う。


 この奇跡を使うことで悲しみの感情が緩和され、転生者の死亡によって受けるはずのストレスを軽減することができるのだ。


 ただ、奇跡の対象となる人物に漏れが出ないように、転生者の交友関係などを調べて一人一人ピックアップしなければいけないため、非常に手間がかかるのだが――――


「思っていたよりも、早く終わったと感じなかった?」


 僕は用意していたヒントを、後輩に投げつけた。


 この子なら、頭が良いから気づくはずだ。


 そして、深読みして、きっと辿り着いてくれるだろう。


 僕のでっち上げた偽りの正解に。


「あ。もしかして――――


 案の定、後輩は驚愕の表情を浮かべて、息をのんだ。


 僕はにっこりと笑う。


「そういうこと。世界管理機構がわざわざ「根暗な陰キャ」ばかりを転生候補者としてリストアップしていたのは、転生者の死が元の世界に与える影響を最小限にするためだったんだよ」


 どーん!


「そ、そんな……」


「転生者が、もし、交友関係の広い人気者だったら、アフターケアにかかる僕たちの仕事量は膨れ上がっていただろうね」


 そんなことになったら、毎日残業確定だろう。交友関係を調べ上げて、特に親しい友人と、単なる知人の線引きをしなければならない。


「でも、転生者が根暗な陰キャだったらどうなる?」


「陰キャに友達という概念は存在しないから、そもそも私たちは転生者の交友関係を調査する必要すらありません!」


「そ、そうかな?」


 友達が少ないではなく、概念が存在しないときた。


 この後輩、可愛い顔してとんだ狂犬だぜ。


「しかも、転生者が引き篭もりのニートだった場合、まず間違いなく家族からも死ねばいいと思われているから、家族すらアフターケアの対象にはならない可能性もあります」


「そんなことはないんじゃないかな? 家族だよ?」


「たしかに、最初の数日は悲しむでしょう。でも、転生者の死亡から一週間もしくは一か月が経過した時に気が付くはずです。――――あいつがいなくなっても、自分たちの生活は何一つ変わっていないと」


「……」


 なぜだろう。心が痛い。


 自分たちの発言が、とても沢山の人たちの心を傷つけているような気がする。

「それは当然です。だって、転生者は生きている頃から、ろくに働きもせずに、引き篭もっていたんですから」


「あ、もう、それくらいで……」


「それどころか、一年が経過する頃には、転生者が死亡したことで自分たちの生活が経済的に豊かになっていることに気が付いて、むしろ死ん……」


「ストップ! 分かった。分かったから」


 僕は耐えられなくなって、声を張り上げた。


 さっき、何を言いかけていた?


 むしろ死んでくれて、良かったか? 助かったか? ありがとうか?


(言わせるか! ボケ!)


 僕はすっかり結露したアイスコーヒーのグラスを手に取り、一気に飲み干した。

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