第3話 VS鈴木サキエル

「サキちゃん、こうは考えられないかな?」


 僕は頭の中で情報を整理して、一つの仮説をでっち上げた。


「君は転生候補者のピックアップが不適切だと感じているんだろう?」


「はい。どういう理由があるにせよ、もっと有能な人材を転生させるべきだと思うんです」


「こうは考えられないかな? 候補者にリストアップされた人たちは、たしかに元の世界では活躍できなかったかもしれないけど、転生して人生を仕切り直せば活躍できるかもしれない」


 つまり、世界管理機構は、現世で才能を発揮できずに燻ぶっている人たちに、人生をやり直すチャンスを与えているんだよ! どーん!


 わ、私、気が付きませんでした! 先輩、さすがです! これ、私の連絡先です!


 ――――とは、ならなかった。


「でも、転生するということは、性格はそのままですよね? 現世で成功するための努力すらしなかった人たちが、異世界に転生したからと言って、簡単に考えを改めるでしょうか? 結局、現状に甘んじて、同じような人生を歩むことにはなりませんか?」


 感動させるどころか、物凄く冷静に反論されてしまった。


「で、でも、ほら。転生する人には、お土産が渡されるじゃないか」


 お土産とは「ギフト」のことだ。チート能力ともいう。


 現状、廃品回収とそのリサイクルみたいな運用をされている異世界転生だが、本来の目的はもっと崇高だ。


 滅びに瀕している世界を救ったり、文明のレベルを強制的に引き上げたりするために、別の世界の人間を異分子として放り込むことを、本来の目的としている。


 そういう意味では、転生者は「選ばれた者」という建前なので、その目的を達成するための贈り物として、特別な下駄を履かせてあげることが通例となっている。それがギフトだ。


「そのお土産も問題だと思うんです」


「え?」


「何の努力もしてこなかった人たちが、何の苦労もせずにチートな能力を手に入れたら、その力を私利私欲のために使うに決まっているじゃないですか」


 今度は別の角度から噛みついてきた。


 どうやら、目の前の後輩が転生者の人選について疑問を抱いている最大の理由は、転生者の人格そのものにあるようだ。


 まあ、たしかに転生者にはクズが多いのだけれども。


「彼らは、何の努力も、何の苦労もせずに力を手に入れたから、きっとギフトのありがたみが分かっていないんです。これくらいの恩恵は貰って当然だと思っているんですよ」


「皆が皆、努力していないわけではないと思うよ」


「多少はしていると思います。でも、自分に甘い人たちの「これくらいでいいだろう」という努力ですよ? たかが知れていると思いませんか? 例えば、毎日十時間以上勉強している人にとって、その日の宿題しかやらない人は、努力しているうちに入りますか?」


「……入らないね」


 というか、むしろ同じ土俵に立っているとすら思わないだろう。


「そういう人に限って、努力不足を指摘すると「自分には才能が無い」なんて言い出すんですよ。結局のところ、努力しなくてもいい理由が欲しいだけなんです。最小の努力で最大の成果を欲しがる――――その究極がギフトだと思うんですよ。堕落するに決まっています」


「そう言われると……そうかもしれないね」


 やばい。


 完全に押されている。


 このままでは、目の前の後輩は、世界管理機構に目を付けられて、査問にかけられてしまうかもしれない。


(もし、そうなったら、適当な閑職に異動になって、給与を下げられて、理不尽な理由で罪を着せられて、最終的には懲戒解雇だろうなあ)


 とんでもないブラック企業ではあるが、天使の社会ではこれがまかり通っているのだ。


 僕は、対面の席でアイスコーヒーを飲んでいる後輩を、同情の眼差しで見つめた。


(かわいい)


 長い髪をお団子にしているのが可愛い。意志の強そうなくりっとした瞳が可愛い。


 ストローを口に付けて、アイスコーヒーをコクコクと飲んでいる仕草が可愛い。


 しかも、薄手のブラウスなのでブラの肩紐がうっすらと透けている。


 くっそ、エロいじゃないか。


 こんなにも可愛い後輩を、僕は失うわけにはいかない!


     *


「それじゃあサキちゃんは、ギフトは無い方がいいと思っているのかな?」


「そうですね……。あってもいいけれど、ささやかな能力にした方がいいと思っています」


「今でもそういうケースは、あるにはあるんだけどねぇ」


 転生者に履かせる下駄の高さは、転生者に課せられた目標達成の難易度や、転生者自身の能力によって決まる。目標達成の難易度が低かったり、転生者の能力が高かったりする場合は、本当にささやかな「贈り物」レベルのギフトでも事足りるのだ。


 だが、昨今の転生者は軒並み能力が低い凡人ぞろいなので、それなりに高い下駄を履かせなければならず、その中には「頭が宇宙に届いているんじゃないの?」と揶揄したくなるほどの高い下駄――――異常なギフトを与えられるケースも珍しくない。


 これはギフトという言葉がいつの間にかチートと呼ばれるようになった原因でもある。


「最近の転生者は、心・技・体のすべてを兼ね揃えていないからね」


 平凡という言葉で誤魔化されてはいるが、むしろ逆オールラウンダーや全身衰弱系主人公という表現の方が適切かもしれない。


(これは……もう、説得するのは無理なんじゃないかな?)


 いくら僕が理想を語ったところで「でも、現実はこうです」と反論されてしまっては、どうしようもない。それくらい、昨今の転生者はクズが多すぎる。


 これ以上、現実の転生者を擁護することは、完全クロの殺人犯に対して、降って湧いたような心神喪失理論で無罪を主張するくらい見苦しいものになるだろう。


 それは、やりたくない。僕にもプライドがある。


(それならば、発想の逆転だ。この際、転生者はクズでいい。クズをあえて異世界に送り込む、もっともらしい理由があれば……はっ!)


 その時、僕の脳裏に天啓のように閃くアイデアがあった。


 これだ。もう、これしかない。


 僕は起死回生の一手を打つべく、後輩に向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る