第40話 見知らぬ路地裏
ロデリックの方を見て光人がぽかんとしていると、その疑問はもっとも、と言うように彼は光人の前に進み出た。
「チーム編成がキャストに偏りすぎだということで、空いていた俺が加わった。」
「なるほど。そっか、皆キャストなんだ。じゃあ、よろしく。」
二人の会話に、ルートヴィヒが目をそらしたのに光人が気づいたのと同時に、ジェンがロデリックの前に進み出た。いかにも嫌そうな顔である。ロデリックはそんなジェンの表情にも大して反応を示さない。
「……他にいなかったのかよ。」
「いたにはいたが。初任務の篠宮がチームに加わっている以上、少しでも顔を知っている者の方がいいだろう。」
「それはそうだけどよ。」
「ならばそれでいいだろう。」
ロデリックとジェンは不仲なのか?とミシュリーに尋ねるべく彼女の顔を見たが、相変わらず優しげに微笑んで二人の様子を眺めているのでいつものことなのだろう。光人は特別仲裁に入ることもなく、今度はそろそろとルートヴィヒに歩み寄った。彼とは少々気まずいが、そう言い続けているわけにもいかない。ルートヴィヒは、こちらも相変わらず温度のない目で光人を見た。というよりは、光人の腰に装着された刀の当たりを見ているようだったが。
「えーっと、おはよう。今日はよろしくね。」
「ああ。……それが、お前の武器か。」
「まだ全然使い慣れないっていうか、受け取ったのも昨日だしどうしたらいいかよく分かってないけどね。」
「そうか。」
ルートヴィヒがそれ以上何かを言うことはなかった。その頃にはジェンとロデリックの言い合いにも一段落付いたらしい。ミシュリーが手を叩いて注目を集めた。
「はいはい、皆。交流も深まったところで今回の任務の確認しようね。光人君、内容はある程度覚えてる?」
「エストワール王国記、だっけ?王子様の即位と恋の話だったよね?最後の方は分からなかったけど。」
「そうそう。王子様は暗殺されかけたりと危険にさらされながらも王位を継ぐ、それまでの恋愛に焦点を当てたお話のはずなんだけど、丁度即位式からタイムイーターに食べられちゃって内容が分からないの。」
「で、その食べちゃったタイムイーターを探して倒す。」
「よくできました!じゃあ、しばらく図書館には戻って来れないけど各自忘れ物はない?」
皆が頷くのを見てから、ミシュリーは改めて「行こうか。」と光人に微笑んだ。やはり彼女の微笑みには人を安心させる力があるに違いない、と感じながら光人は頷いて栞を手に一歩踏み出した。それぞれ、自身の栞を手にそれに続く。ジェンが光人の背を軽く叩いた。
「お前先頭でいいぞ。オレがやったの真似してみろ。」
「……なんて言ってたっけ。」
「所属書庫、自分の名前、その後で物語への干渉を開始する、って言えばいい。」
「やってみるよ。」
スゥ、と深呼吸。そしてスマートフォンの入っているポケットを上から一度撫でた。書見台に開かれた一冊の本――『エストワール王国記』に栞を挟み込む。
「弐番書庫・篠宮光人、物語への干渉を開始する。」
輝く栞を見てすぐ、光人の意識はここ数日で何度か繰り返されたのと同じように、白く塗りつぶされていく。漠然とした浮遊感を覚えながら、眠るように光人は本の中へと移動するのであった。それを見送ってすぐにジェンが、ミシュリーが、ルートヴィヒが後を追って物語へと移っていく。最後になったロデリックもまた一呼吸の後に書見台の前から姿を消すのであった。
――そしてやはり、光人は気絶。ジェンが何度か軽く頬を叩き、ミシュリーも何度か指で頬をつつくものの光人は目を覚まさない。
「うーん……私も最初は慣れなかったけど……。」
「オレも気絶まではしたことねぇんだよな……。」
「物語への干渉行為自体が体に合っていないんじゃないのか?」
「キャストはそういうところが不便だな。」
全員が揃って姿を現したのは路地裏。人気のないそこは、ひとまず座り込んだ体勢で気絶した光人を囲んでいても何も言われない状況である。光人のことはジェンが背負うか、という話にまとまりかけたその時、光人の服のポケットから控えめな通知音が聞こえた。テトラである。
「光人、物語への干渉に成功。任務遂行のため、目を覚ましてください。」
「ん……。あ……テトラ?みんな、ごめん、起きた。」
ポケットの上からスマートフォンを撫でる光人にジェンが手を差し伸べる。ありがたくその手を取って立ち上がると、細く薄暗い路地裏へと光を投げかける大通りが垣間見える。立ち上がってもまだ少しぼんやりとした様子の光人に一度やれやれ、と言いたげに肩をすくめてから、ロデリックは口を開く。
「まずは情報収集だ。この物語の未来がタイムイーターに食われたことでそんな影響が出ているか探すぞ。それがタイムイーター・コアを探す最初の手がかりになる。」
「聞き込みとかしたらいいの?」
「ああ。だがあくまでも目立たないようにだ。俺たちはこの世界においてモブキャラクターに見えるように動く必要がある。俺たちの行動が元の物語に影響を及ぼすことがないようにな。……篠宮、特にお前はその端末の声と不用意に会話しないようにな。」
どうやって連れてきたかは知らないが、とロデリックは光人のポケットの辺りを見遣る。しかしさして興味もない――あるいはどうせサジェがどうにかしたのだろうと結論づけたのかもしれない――ようで、彼はすぐに視線を外す。光人からするとロデリックの貴公子然とした姿やミシュリーのピンク色の髪も同じくらい目立ちそう、とも思ったが二人のことだから上手くやるのだろう。
「大人数は目立つ。分散した方がいい。……俺は一人で行く。」
ルートヴィヒはさっさと背を向けてしまう。ジェンとミシュリーの呼び声にも彼は軽く背中越しに手を振るだけだった。
サイド・メイン・サイド・プロット 村瀬ナツメ @natsume001
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