第39話 似合わない武器

 篠宮しのみや光人あきとは、ここ数日で履き慣れてきた黒い編み上げブーツの靴紐をしっかりと結んだ。立ち上がって、仕上げに白いフード付きの上着を羽織る。裾の長いそれに体が包まれると、不思議と気分が引き締まる。――ここまではいい。光人は机の上に置かれた見慣れない二本のベルトを手に取る。それは、光人の師匠――火燕焔神の助言によって用意された二振りの刀を提げるための装備だった。締め方は普通の使い慣れたベルトと同じであるが、腰の左側にあたる部分には鞘を差し込むホルダーが装着されている。黒い革製で、金具は銀色。よく見ると細かく装飾が施されているのが分かる。こういうものに憧れたことももちろんあるが、いざ自分がそれを使うと思うと気後れしてしまう。しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、上着の前を閉じてベルトを締めた。続けて、机の脇に立てかけてあった刀に手を伸ばす。この刀も鍔から鞘まで何かと繊細な装飾が施されている。実用品というよりは美術品という印象を持ってしまいそうなほどの優美な姿を前に光人は改めて肩を落とした。


「はぁ……。」


 自分は元いた世界の『』だった。だが、きっとこんな風に刀を腰に差して戦うことになるような物語の主人公ではなかったのだろう。たどたどしく、これを手渡してくれたサジェの指示を思い出しながら装備してみたものの――当然ながらゲームのキャラクターのようにしっくりとは収まらない。部屋に備え付けられた鏡には冴えない自分と似合わない装備がアンバランスに映っている。左側に体が傾くような重みが、更に気を重くさせる。しかし、そうやっていつまでも鏡の前で打ちひしがれている訳にもいかない。軽く両側から自分の頬を二回叩く。


「よし……。行こう。」


 何を隠そう今日ははじめての仕事である。当然、まだ他のメンバーに付いていく形ではあるものの、任務として言い渡され、専用の武器まで持たされた以上これは仕事である。アルバイトもしたことがない光人はひどく緊張していた。不意に聞こえたスマートフォンの通知音に大袈裟に肩を跳ねさせるくらいには。


「光人。緊張しすぎです。」

「ご、ごめん……。」


 スマートフォンの画面をのぞき込むと、海の中を背景に機械仕掛けの魚が悠然と泳いでいる。魚――テトラは移動をやめて、尾びれを揺らした。


「ジェンやミシュリーも一緒に行くのです。ワタシも微力ながらお力添えします。ワタシに分かることであればいつでもサポートしますから、声を掛けてください。」

「……そうだよね。ありがとう。」


 数回深呼吸をして、今度こそ肩の力を抜く。そうだ、何も一人で放り出されるのではない。ジェンも、テトラもミシュリーも、ちょっとギクシャクしているけど抜きん出て強いルートヴィヒもいる。テトラの入ったスマートフォンをポケットにしまうと、やっと光人は書見台に向かうために部屋を出た。丁度隣の部屋からもジェンが顔を出したところで、彼は「よう。」軽く手を挙げた。おはよ、と返事をして光人は自室の鍵を掛ける。


「武器、似合わねぇな。前に見たときも思ったけどよ。」

「自分でもそう思う。とりあえずこれを振り回すだけの筋力と体力つけないとだよね。」

「だな。まぁ毎日鍛錬あるのみだ。行くぞ。」

「うん。あ、そういえばジェン。レベッカから伝言があるんだった。」

「……レベッカから?」


 今にも光人に背を向けて歩き出そうとしていたジェンが一度ぴたりと動きを止めてから振り返った。期待がこもった眼差しは主人を見つけた犬に似ている気がした。そんな視線に晒されて光人は逆にたじろいだ。本当に大した伝言ではないのだ。


「あんまり無理すんなーって。」

「それだけか?」

「それだけだよ。」


 ジェンはがっくりと肩を落として再び光人に背を向けた。何か言いたげな光人にジェンは歩きながら話す、と光人を促した。


「レベッカと仲良いの?いや、悪いの?なんか、レベッカもすごいジェンのこと気にしてるみたいだけど。」

「……オレの元いた物語は、お前の所と同じように時間の止まってな。そこでディークス私立図書館からは当然職員が何人か派遣された。その内の一人が初任務だったレベッカだ。」

「あ、じゃあ、ジェンを助けたのってレベッカ?」

「そんなところだな。レベッカは当時救護担当――四番書庫の所属だった。傷だらけだったオレを見つけたすぐ後にタイムイーターに襲われてな。なんとかそいつらはオレが倒したけど、その時からレベッカは実戦に参加するのが怖くなっちまって、完全に内勤の書庫に移動した。そんなこんなで、目の前でやられかけたオレのことが心配なんだろうよ。」

「そっか……それなら俺の訓練に付き合わせるなんて悪いことしたなぁ。」

「いいんじゃねぇのか。あいつも……ずっと怖がってるだけじゃダメなんだって思ってるだろうし。リハビリだ、リハビリ。」


 ジェンは明るく言うが、あの修行の時――レベッカが目尻に涙をにじませていたのを思い出すとどうにも決まりが悪い。多分、レベッカの前で最初にものすごい無茶をしたのはジェンなのだろう、と光人は前を歩く背中を見る。それにしても誰かの背中ばかり見ている気がしてならない。それはそれで安心感があるけれど、そのままではいけない気もした。少しだけ足を大きく踏み出してジェンの隣に並ぶと、ジェンは光人を横目に見て軽く笑った。


「お前もまだまだ全然武器に似合わねーけど、ちょっと頑張ってるよな。」

「そう見える?」

「おう。いいと思うぜ。おどおどしてるとこう、変な所に力が入るっつーか……余計な体力使うしよ。」


 それは確かに、と光人は素直に同意した。ジェンの三白眼がまだ怖かったら、きっと今頃もっと緊張して胃が痛くなっていたことだろう。ジェンが書見台部屋の扉をノックすると中からミシュリーが顔を出した。


 「おはよー。がんばろうね!」


 ミシュリーに返事をするのと同時に、部屋の中が目に入る。何かしらの書類に目を通すルートヴィヒと――なぜかその隣にはロデリックがいた。

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