第9話つかんだ手
自分が生まれつきの女の子だったら……。
それは瑞樹が何百回、何千回、何万回、と思ったことだった。
ポロポロと真珠のような涙を流しながら、彼、いや、彼女は息をきらしながら走っていた。
こんなのさえなければ。
一人呟く。
あの小柄でふんわりとした百合という猫のようなかわいらしい女の子みたいだったら。
ストーカー紛いのことをして近づかず、真正面から彰に交際をもうしこめたのに。
あの子が言った気持ち悪いという言葉は普通のひとの感覚そのものだろう。
きっと彰だってそう思っているにちがいない。
こんな形でばれたくはなかった。
足早に歩く瑞樹の細く白い腕を何者かが力強く握り、引き留めた。
両肩をつかまれ、強引に振り向かされる。
瑞樹を引き留めたのは彰だった。
「彰くん……」
小さな声で震えながら、瑞樹は言った。
ぜぇぜぇと息をあらげながら、
「追いついた。思い出したよ、あの病院にいたのは君だろう」
にこりと少年のような顔に笑みを浮かべながら、言った。
されるがままに瑞樹のほっそりとした体は彰の腕の中に抱かれていく。
「男とか女とか関係ない。たぶん、そんなことはささいなことなんだ。君でなければいけない。君がいいんだよ瑞樹……」
柑橘類を連想させるさわやかな瑞樹の体の香りを胸いっぱいに吸い込み、彰は瑞樹の白い体を骨が折れるのではないかと思わせるほど、強く抱きしめた。
その感覚は例えようのない快楽であった。
心地よく、そのうえ、楽しい。
なにものにも代えがたい。
けっして代わりになるものはいない。
唯一無二なもの。
その感覚の前では常識や道徳や普通であることは本当にどうでもよいことだった。
誰かがつくった普通であるこたが大事という価値観を快楽という感情は、そんなものを簡単に飛び越し、優先させてしまう。
何よりもである。
「彰くん、大好きです……」
心のそこから瑞樹は言った。
こんなのいらない 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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