【書籍化記念SS】スケルトンは月を見た
アルファル/DRAGON NOVELS
コットン、という男
これは、コットンがある男と出会う前の話だ。
魔都レヴィアより遠く離れた地に、その村はあった。規模は小さく、家も四件ほどしか建っていない。まるで、何かに見つからないために身を隠しているようだ。
そんな村の中で最も薄暗い小屋の中に、大勢の骸骨が集まっていた。
部屋の中心に一人が座らされ、それを囲むように数十人、上座には少しだけ服装がしっかりとした骸骨が座っている。
その骸骨が、目の前に座らせた骸骨に向かって言葉を投げかけている。
「なぜ、そこまで焦る必要がある」
「焦ってはいません。ただ、私は強くなりたいだけです」
「コットン、強くなることも、見聞を広めることも大切なことだ。ダメとは言わない。が、それが
「村長、なぜ骨人族は表立って生きてはいけないのですか」
「イカロスやレヴィアほどの考えをもつ国ばかりならばまだいいだろう。だが聖国が黙っておらん。吸血鬼族と人狼族がたくさんの血を流したこと知らぬわけではあるまい」
「吸血鬼と人狼はモンスター、私達は亜人です。それを主張するのです」
「そう、彼らは元々モンスターだ。だから反発も大きかった。ならば亜人である我らが主張さえすれば聞き及んでくれると」
「はい。その通りです」
「……コットン、お前ほどの男が我らの迫害される元となった漆黒の悪夢を知らんわけもなかろう。彼はモンスターだ。亜人である骨人族もモンスターではないかと疑われ、迫害を受け始めたが、一族郎党にはされなかった。聖国の風も強かったが、何よりイカロス王国が我らの身を案じ、漆黒の悪夢とは無関係だと言ってくれたからだ。ただひっそりと生きる。それ以上に何を望むのだ」
「それとこれとは別です。骨人族はこそこそと暮らすべきではありません!骨人族として、亜人としての権利を主張し、それこそ次の脅威として奮い立つべきではないのですか!」
「この愚か者めが!!」
部屋の中心に座らせられたコットンがそう訴えると、上座に座っていた骸骨は立ち上がり、怒号を小屋の中へと響き渡らせる。
「お前は吸血鬼や人狼と同じように人間と戦うつもりか!両種族とも人間に勝てず、あまつさえ利用されその数を激減させた!吸血鬼にも人狼にも劣る我らに無駄死にせよというのか!」
「そ、そうではありません」
コットンは俯き、村長の顔を見ることができなかった。
コットンにも、村長の言うことはわかる。迫害されているとはいえ、命はとられず、監視もされていない。ひっそりと森の奥で暮らしているだけで、行商人も来てくれる。もしも骨人族を知らない人間や冒険者が村に立ち寄ったとしても、骨人族という亜人の証明書がイカロス王国から発行されており、それを見せれば襲われることはない。
周りの自然も豊かで、狩りができれば作物も作られる。ただ、コットンはそんな狭い世界からこの種族を掬いあげたいだけなのだ。
「……わかりました」
「おぉコットン、わかってくれたか」
村一番の働き者で、大量の食料をとってきてくれるコットンは、村長だけではなく、この村に住む者たちから一目置かれている。
「私は見聞を広めるためにこの村を旅立ちます」
「……」
コットンの放った言葉に、その場の誰もが言葉を失ったが、それでもコットンは訴え続けた。
「確かに、一族を危機に晒すことは私の本心ではありません。ですが、骨人族の自由を取り戻すことを諦めはできません。私は冒険者として大成し、発言力を手に入れ、必ずや骨人族に自由を取り戻します」
「コットン……」
「それでは、私はこれで」
それだけ言うと、コットンは外へと出ていってしまった。
コットンが村を出ていったとしても、周りに骨人族の脅威となるモンスターは生息していない。村が壊滅することもない。その分の食料を行商人に依頼すれば済むことだ。ゆえに、コットンが見聞を広めるために村から出ていくことを止められる者はいない。
「コットンの旦那!」
小屋での話し合いの翌日。
コットンはすぐに荷物をまとめ、村を出ていこうとしていたが、それを呼び止められてしまう。
「キートン?なんだその大荷物は」
声をかけたのは、長年村で助け合ってきた仲間、キートンだった。その後ろにも数人の骸骨が立っている。
「俺たちもコットンの旦那についていこうと思いやして」
数人の骸骨たちはコットンのように大荷物を担ぎ、仮面も被っている。
「それに、コットンの旦那は仮面の調整が大の苦手でしょう?俺がいたほうが手間が減っていんじゃねーかって」
「だが、お前らも出ていったら村の警備はどうする?狩りは?仮面の手配も必要だろう」
「へへ、今から出ていくコットンの兄貴が何言ってんだか」
「やっぱりコットンさんは骨人族が、いや、村が大好きなんですね~」
口々にコットンを茶化すようなことを言い始めるキートンたちだが、コットンの心配ももっともだ。コットンほどではないが、キートンやついてくると言った者たちは全員が実力者であり、村を支える若者だ。自分らが出ていけば村への負担が増えてしまうことは彼ら自身もわかっている。それでも、そんな彼らの背中を押してくれた者がいる。
「コットン」
「……村長」
見てみると、村長以外にも、この村に住む多くの骸骨達が出てきている。コットンやキートンが村を出ていくのを止めるのではなく、見送りにきたのだ。
「言っただろう。見聞を広めることに反対はしない。キートン達に対してもだ」
「ですが、俺やキートンが村を出ていけば」
「はっはっは。心配するな。食料などは行商人に話をつける。無理だとしても、この村には勇ましい戦士がまだまだたくさんいる」
「……」
「強くなれ、コットン。我らのためでも、種族のためでもない。お前の為だけに強くなれ。それが、巡り巡って我らのためになる」
コットンの肩を掴み、言い聞かせるように呟く。コットンが静かにその言葉を胸に刻んでいると、村長に一つの戦棍を手渡された。
「儂が昔使っていたメイスだ。ふふ、恥ずかしいが、儂もお前のように強さを求めたことがある」
そのメイスは銀一色に統一されており、ヘッド部分には獅子の装飾が施されている。
「だが、本当の強さとは争わない、ということに気づいた。お前もいつかわかるときがくる。その時まで、強くあれ」
「……ありがたく」
コットンは村長からメイスを受け取り、キートン達と共に村を出ていった。
そこからは苦難の連続だった。骨人族という種族がら、血もなければ皮膚もない。弱点である頭蓋骨と核は晒されており、普通のモンスターと戦うだけでも危険があった。
それでもコットンたちは戦った。村長に託された獅子の戦棍に負けぬよう勇ましく戦い、人間の国や街で冒険者として活動した。
当然、冒険者ランクを上げるためには昇格試験を受けなればならず、コットンはその都度仮面を外して臨んでいる。
初めこそ、スケルトンのユニークモンスターだとも言われ蔑まれていたが、D、C、Bと実力を示す度にそんな声は少なくなっていき、凄まじい強さの
「へぇ。あんたが噂の粉砕骨コットンか」
「お初にお目にかかる。Sランク昇格試験、よろしく頼む」
「ははっ、お喋りはあんま好きじゃないみたいだな?任せな。それじゃ、いくぜ」
Sランク冒険者になるための昇格試験、コットンは眼帯をした大男と戦い、死闘の末に武器を破壊されてしまったものの、その強さを認められ、とうとうSランクという高みに登っていった。その頃には、コットンというSランク冒険者は骨人族という亜人である、という認識が広まり、そのおかげで骨人族という種族がいるということも広まっていった。
Sランク冒険者として、コットンはさらに様々な国を巡り、その名前を広めていった。
しばらくしてコットン達は拠点を魔都レヴィアに移し、そこにいる骨人族たちと友好を深めながらも活動を続けていった。だが、魔都レヴィアには元々人間が少なく、ほとんどが亜人だった。迫害こそされないものの、骨人族としての知名度はまだまだ低い。
「コットンの旦那、もうすぐですね」
「あぁ。S1ランクになれば、イカロスの英雄達たちに近づける。そうすれば骨人族の自由も訴えられるはずだ」
「そうでやすね。あそこには吸血鬼もいるんすよね」
「あぁ。今は魔族に分類されているらしいが、吸血鬼ロンドという男がいる」
「あり?老骨のお話では吸血鬼最強は、女性だって話じゃなかったですかね」
「キートン、昔話には多少の脚色がつきものだ」
「あぁ~。俺も小さい頃、無駄に脚色された漆黒の悪夢の話された気がしやす」
「ははは。そういうものだ」
「そうでやすかねぇ」
「それじゃ、私はそろそろ行くよ」
「はい!コットンの旦那、レッドドラゴン、くれぐれも気を付けていってらっしゃいやせ!」
「ははは。その前に図書室に寄ってドラゴンの情報を集めなければな」
「レヴィア様より強いドラゴンなんてここら辺にはいやしませんよ」
「用心はしなければな。これが終われば、S1ランクは目と鼻の先だ」
「目も鼻もありやせんがね」
「はっはっは!それでは、また後でな!」
「はい!俺も準備して待ってますね~!」
Sランクから、S1ランクへの昇格試験を受けるための条件はいくつかある。一つは自分と同等のランクの討伐依頼を100件達成すること、もう一つは自分よりもランクの高い討伐依頼を1件達成すること。コットンが今から受けようとしている依頼は後者である。
魔都レヴィアの王のように、知性のあるドラゴンはその他の種族にあまり干渉をしない。だが、知性を持ちながらも人に仇なすものも少なくはない。
今回相手するレッドドラゴンのランクはS1ランク、SとS1ランクの差はとてつもないほど開いているが、コットンは自身が負けるなど微塵も思っていない。それは、自分の武器である雷神の大戦棍と、これまで培ってきた戦闘技術を信じているからだ。
だが、万全を期すため、冒険者ギルドにある図書室にてドラゴンの情報を仕入れようとしているのだった。
「ん?」
いつもは閑古鳥の鳴いている図書室に、一つの人影があった。
身体を完全に覆うようなローブをきており、手袋に足袋、肌を一切見せない格好だ。
それは、コットン達骨人族が人間の国に立ち入るときの服装と似ている。いくらコットンの名前が知れ渡り、骨人族という種族が公になっても、見た目はアンデッドそのもの、無用な争いを避けるための服装だ。
だが、ここは魔都レヴィア。多彩な種族が行き交い、骨人族も仮面はしつつも頭蓋骨を晒して歩けるほど開かれた場所だ。
「おい」
コットンは思わず声をかけてしまった。そのものはモンスター図鑑のスケルトンの項目を熟読しているようで、返事をすることはなかった。
(なぜスケルトンのページを見ているんだ?)
魔都レヴィアでは骨人族でも顔を晒せる。ここへくる骨人族達はそのことを承知しているはずだ。ならば、この男はなぜそれをしていないのか。はたまた、知らないのか。
「おい、聞いているのか」
それでもコットンは話しかけるが、やはり返事をしなかった。
「話を聞け!」
何を焦っているのか、コットンはつい高鳴る胸をおさえきれずに大きな声を出してしまった。その甲斐もあってか、目の前の男が壁を指差し、ようやく声を出した。
「あの張り紙を見ろ、図書室では静かに。だそうだ」
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