たくさん食べましょう。

「いただきます」


 うん、美味しいです。

 ラーメンどんぶりいっぱいによそった米と、その上から溢れんばかりに載せた肉。

 ぷにゃぷにゃの肉とそれと比較すると噛みごたえのある肉の、なんとも言い難い調和に、胃加物いかものは満足げだった。


 親子丼、酷いネーミングだと思う。卵と鶏だからというだけで、「親子」と決めつけるなんて。その卵と鶏はほぼ確実に何の関係もない相手だろうに。その点、この親子丼は誠実だろう。確実に「親子」だし。ああ、それにしても美味しい……




 胃加物は普段からあらゆる人物のブログやSNSなどをチェックしている。持ち主の住所や容姿、生活パターンなどが特定できるような。自宅周辺でコトに及べば犯行が露見してしまうかもしれない。そのため、様々な場所に住む人々をターゲットとしてキープしておく。

 昨日の夜も、仕事を終えて一旦帰宅した後、マイカーを飛ばした。電車で言えば6駅分ほど離れた町。あらかじめ調べた場所に向かった。曲がり角に身を隠し、じっと息を潜める。

 狙い通り、大きな腹を愛おしそうに撫でながらやってくる人物。見ているだけでこちらにも喜びが伝染してくるような、朗らかな表情。華やかというわけではないが、素朴で愛らしい顔立ちの女性。

 元々人通りが多くない道な上に暗くなっているせいもあるのか、胃加物には全く気付かずに曲がり角を通り過ぎた。

 直後、胃加物は音もなく相手の背後に飛び出し、手刀でうなじを強かに打った。

 哀れな妊婦は、痛みを感じるよりも早く意識を失って倒れ込んだ。間髪入れず妊婦を抱えあげ、自身の車の後部座席に横たえた。懐から透明な液体の入った注射を取り出し、少しずんぐりとした右腕を取り、打つ。

 初めはリズムよく、とっ、とっ、とっ、とっと刻まれていた脈拍は、徐々にその間隔を広げていき…… 1分もかからず、完全に停止した。

 確認するが早いが黒いシートで被害者を覆い、後部座席のドアを閉めると、胃加物は何食わぬ顔で、でも内心では食う楽しみではちきれそうになりながら運転席にどっかり腰掛け、エンジンを掛けた。




 丼に残る僅かな米を生臭く赤黒い汁とともに一気にかき込む。下の方に埋もれていたのか、短く切られたゴムのような食感のものも一緒に口に流れ込んでくる。

 母と子を胎内でつなぎとめていたそれを、胃加物は米同様に何度も噛み締めてから咀嚼した。


「ごちそうさまでした」




 全ての命は平等に尊い。誰かはそう言う。

 けれど、命は生きている限り命を食べ続けなければならない。

 だとすればこういうことになるのではないか。

 全ての命は平等に尊い。だから、全ての命は平等に食べて良い、と。

 

 全ての命が尊いならば、食べて良い命と食べてはならない命が存在することは矛盾である。

 胃加物は幼い時、それに気が付いた。


 確かにミニブタと食用に飼育されている豚とでは種類は異なるが、「豚」という生物であることに変わりはない。

 何故同じ生物なのに、食用にしていい者と食用にしてはならない者がいるのだろう。何故ある者は一歳を迎える前に殺害されて食卓に並べられるのに、何故別のある者は人間の家族同然に愛情を受けていられるのだろう。これでは命が不公平だ。


 いや、そもそも。生物の種類に関係なく、命が平等ならば、食べていい生物と食べてはいけない生物がいること自体が不可思議だ。


 豚の命と犬の命は同様に尊い。ならば何故「犬を食べる」と言うと眉を顰める?

 豚の命と猫の命は同様に尊い。ならば何故「猫を食べる」と言うと憤る?

 豚の命と人の命は同様に尊い。ならば何故。


 命がみんな平等ならば、命はみんな食材のはずだ。


 当時は稚さ故にここまで言語化はできなかったものの、このような考えに至った。

 けれど、それを他者に伝えることはできなかった。誰も、そんな風には考えていないから。そんなことを言ったら、きっとあのミニブタの時のように笑い転げられてしまうから。


 他者と明らかに違っていてはならない、その意識は成人した現在も根強い。恋愛感情がどうしても理解できないのは隠しきれず、特に関わりのある何人かには話したら少なくとも表面上は思ったよりもすんなり受け入れてもらえた。

 けれど、食に関する持論は誰にも伝えていない。

 おかしな者だと思われて社会からはじき出されでもしたら食に関わる仕事をしている人達からも見放され、収入が途絶え、食べられるものの選択肢が狭まるからだ。




 とにもかくにも。

 胃加物にとって妊婦を腹の中の赤子ごと食すことは、子持ちシシャモを食すのと同じ感覚なのである。

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