正午
Bei Dao
第1話
『正午』
一艘のクラシカルな大型木造船が大海原を渡っている。しかしながら、船長が「面舵いっぱい」と大声で叫んでいる最中に不運な船は、真っ赤な唇からのぞく、着色汚れで薄黄色い歯によって真っ二つに齧られてしまった。そうだ、これはアルフォートの話だ。そしてここは、大学内の売店前にある休憩所だ。ちょうど12時なので様々な学部の学生が一同に会する。このように状況描写をしているうちに、左手の親指と人差し指で挟まれた船の母体部分も奥歯ですり潰されていた。彼女の意識はスマートフォンを操作する右手を通じてSNSに潜り込んでいる。次々と量産型の船が海上安全という願いを叶えることなく、バラバラに崩壊しながら食道を通過し、ドロドロに溶かされる運命を辿っていた。
ただ航海を続けたかった民間船(だとしよう)に対し、慈悲なき咀嚼行為を続ける怪物ーーーと目が合ってしまった。
「食べたいの?」
彼女は残り少ないうちの一艘を差し出す。
例に習って、二口に分けて食べる。パキッと軽やかな乾いた音を合図に、乗り込んだ人々の悲鳴と嘆きはサクサクとした歯応えへと変わる。コクのある甘いミルクチョコレートと少し塩味の効いたダイジェスティブビスケット。53kcalが込められたこの船は人を何km先まで連れて行く予定だったのか?ちなみにグリコは一粒で0.3km、すなわち300メートルらしい。
「ありがとう」
彼女は既に残すことなく食べきってしまっていた。
「私の好物だから良かったら覚えといて。」
何かあったら"これ"を与えろということだろう。きっとこの悲劇は日常的に起きているのだ。そして誰にも救えやしない。世知辛い世の中だ、どうにもならないことはやはりあるのだ。
「えぇーめっちゃ懐かしい〜〜!」
今度は紫に着色されたゼラチンと砂糖で固められたアンパンマンたちがプラスチック製のトレイから取り出される。愛と勇気が友達のヒーローと彼の同業者たちもまた、10数年前には穢れなき処女だったことを、オトナを知り始めた女の子たちに笑顔のまま身をもって教えていた。童心は思い出せてもサークルや飲み会で失われた少女性が戻ってくることはないのに。あぁ、無情。それでもなお、時折人は甘美なノスタルジアに身をゆだねる。例外はない。意識は遠のく。僕がまだ、本物の少年であった頃ーーー。
どこからかタイマーが鳴り響く。時間切れだ、戻らなくては。
ブラックコーヒーを飲むことで昼下がりの空想世界とお別れをした。
目の前の四人掛けテーブルに腰掛けていた男どもは、待ちに待ったとカップラーメンをすすっていた。
正午 Bei Dao @north-island
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