一章二話『いざダンジョン!金を稼ぐために!』
『神秘』。
それは、地上に顕現した神達が地上の生命に与える奇跡。神秘なしでは生命は厄災に抵抗できなかった、だからこそ神達は地上の生命に力を与える為『神秘降ろし』を生み出した。
ということにはなっているが、実際はそこまで都合がいいものではない。『神秘』をその身に降ろしたとしてもいきなり大地を割り、天空を裂く空前絶後の力を手にできるわけではなく、少し体が強くなる、頭が冴える程度のもの。だが、それだけでは神秘という大層な名はつかないのではないか?結論は、そんなわけがない、だ。その程度であれば、『神秘』がダンジョンに挑む際に必須とされるわけがない。
「それじゃ、ちゃっちゃと始めよう。君の始めてを私が受け取ってあげようではないかぁ、グへへへ。」
「神様、眷属として申し上げます。そのように誤解される発言をしているから誰も眷属になりたがらないのでは?」
「ぐっ、わわわ、わかっては、いる!わかってはいるのだが、名案だと思ったら実行せずにはいられんのだ!」
「僕を勧誘した時も名案だと思ってあれを?・・・なるほど、では僕は一生独り身ですね。」
「辛辣!辛辣だよ!!!だ、大丈夫さ!レンリ、君が大成すれば勝手に眷属志望者が増えまくりになるに決まっている、君は結構容姿も良いのだし、お嫁候補も、愛人も、セフレも、幼女も熟女もJKだってより取り見取りだ!」
「せふれ?じぇーけー?なんですかそれ。ところで、神様は下品でいなければならない理由があるのでしょうか?」
「真面目な顔できかないでおくれ・・・。どうにも君は真面目が過ぎる。ジョークの一つでも学んできなさい。」
呆れ顔を浮かべ、両の掌を上に向け首よりやや少し下あたりまで持ち上げ、同時に肩を竦めるアモル。レンリはそのしぐさが何を意味するかはわからなかったが、馬鹿にされていることだけはわかった。だからといってレンリは何も思わない、そういったことに意識の欠片すら向けないからだ。
下らない掛け合いが一通り終わった頃合いで、アモルはさて、と切り出した。
「それじゃ、始めるよ。」
上半身裸のレンリの背に、アモルの暖かい掌が触れる。その暖かさは心地よいものだったが、徐々に熱を帯びる。それは瞬く間に燃えるような熱さになるが、レンリは苦痛を覚えなかった。むしろ高揚感に包まれ、体の内側から力が溢れるようだった。意識は自然と自我の深層へと達し、瞼を閉じて周囲の景色を遠ざけるのと交代するように、己の心象風景が眼前に広がった。
レンリは無論『神秘降ろし』は初めてだ。そしてこの儀式を行っているところを見たことももちろんない。だから、アモルの手から迸る、夕日のような色の炎が盛大に吹き上がり、されど周囲の家具や建材を燃やすことなくレンリの背中に文字を刻んでいる光景は、想像もつかない。神の力の欠片にも及ばない『神秘の炎』が、レンリの背中でこの世のどんな炎よりも美しく盛大に燃え上がっていた。
レンリの精神はどんどんと心象風景の詳細を生み出していく。
広がる雲一つない青空。地面は灰色一色の、凹凸のない無限の平野。否、そこかしこに、意識を向けなければ気づかないほどの盛り上がりが無数に存在している。それらが何か、レンリはすぐに察する。気が付けばレンリの足元はひざ下ほどまで灰色に埋まっていた。灰色の正体は、事実そのままに灰だった。レンリのよく知っている大森林の、そのすべてが燃え尽きた後に残った大量の灰。何度夢で見たことだろう、己の心の有り様を忠実に再現している景色に、レンリはため息が出そうになる。
その時、凛然と輝く太陽に熱さが生じた。と同時に今まで温度など感じていなかったものが急に熱を帯びる現象を不可解に思う。だが変化は止まらない。風が吹き抜け、その心地よい涼やかさに体がふわりと浮く。いや、知らぬ間に首の下まで積もった灰が吹き上げられ体の自由を取り戻したのだ。目や口に侵入するでもなくさらさらと風にのって舞い上がっていく灰、灰、灰。ああ、レンリは知っている、この下にはあのおぞましい―――
その下に埋まった何かを目にする前に、レンリは顎をそっと誰かに持ち上げられた。次回は白く染まっている。なるほど、その存在はつい先ほど己の心象に熱を与えたものだ。
―――ああ、帰る場所、か。
もうどこにもないと思っていた居場所が心の奥底に出来上がっていく奇妙な感覚を覚え、改めて先ほど自身の視界を上げさせた存在に意識を向けようとする。だが、それを視界に納める前に、沈んでいた意識が急速に浮上する。
遠ざかる地面では、まだ灰が渦巻いていた。
「かはっ!ごほごほ!」
「大丈夫かレンリ!よかった、意識が沈みすぎたんだ、引き戻せてよかった。でも一体なんなんだ君は、あ、えっとその、すまない、『降ろす』関係でどうしても君の心の内は目に入ってしまうんだ、その、すまない!」
「・・・い、いえ。別に大丈夫ですよ。そこまで気にすることでもないですし。それより儀式は成功したのでしょうか?」
あたふたと捲し立てるアモルの様子を見ると、一瞬抱いた己の奥底を覗かれた苛立ちがすぐに霧散していく。気持ちを切り替える意味も含めて儀式の結果を聞く。
「そうか、そういうことであれば私も今はそっとしておこう。君の信頼を勝ち取った時に自然と話してくれるのを待つとするよ。ああ、儀式は心配しなくていい!もちろん成功だとも!」
レンリは一連のあれこれを受けて儀式自体が失敗、つまり神秘が降りなかったのではないかと少し焦っていた。無事成功したと聞いて安堵の表情を浮かべる。となると気になるのがその『結果』だ。
「ふふふ、その期待した眼差し、ギラついていて私好みだ。君を誘ったのは偶然だが!結果として面白いことになりそうだよ、・・・今結果を写す、少し待て。」
アモルはレンリの表情から期待の色を見て取ることができ、本当に何も気にしていないことにひっそりと安堵する。だからつい、いつものノリで揶揄おうとし、レンリの眼差しが微塵も変わらないのをみて、さっさと結果を出した方が今後の関係に響かないだろうと判断する。すぐに羊皮紙を出し、さらさらとペンで『神秘』の内容を記載していく。
そう、『神秘降ろし』には、身体強化の微弱な強化の他に、生命が持つ限界の一部を開くという特性がある。それは特異な形で現れ、神秘を『神秘』たらしめる。
「君の新たな力だ、受け取りたまえ。」
レンリはその内容を見てほくそ笑んだ―――
◇◆◇◆
アモルの持つ所持金とレンリの持つなけなしの金から当分の生活に必要な金を抜き、残りの金をまとめたレンリが勢いよく家を飛び出る。感情が見えづらいレンリだが、ただ周囲や己のことに無頓着なだけであり、一度興味のあることができるとそれに向かって一直線になり、感情が先走りがちにもなる。そのことをアモルは学習した。今後何かお願いするときなどに活用できたらと頭の中で試算する。
「・・・不思議なものだな。『神秘』は普通、その人間の特性に合わせて発現するはずなのだが。あれはどうしたってレンリ向けではない気がするんだがなぁ。」
アモルはそう独り言を吐く。ただそうした理由も分からなくはない。なにせ、レンリにもたらされた『神秘』は明らかに玄人向けだからだ。
「体も細く、ひ弱と言うほどではないが頑強とも言い難い。性格は冷静だが、こと戦闘において熱くなるようなタイプには到底思えん。まぁあの夢中な姿を見るにその可能性もありうる、のか?」
ゴリゴリと調味料になる材料たちを、すり潰しては別な器に移しての作業をしながら、『神秘』を通してレンリの人となりを、それをさらに通してあの『心象』の意図を探る。アモルは郷愁と慈愛の神、帰る場所そのものを象徴する。だからこそ、自身の眷属のあの痛ましさは、本人が気にしてない風だとしても知らなければ、感じなければならない。
◇◆◇◆
一方レンリは使える金を全て持ってホームを飛び出し―――元々持っていた外套すら忘れて―――一目散に質屋に向かっていた。
「すみません!!この前売ったやつ、まだありますか!!!」
扉を蹴破る勢いで入店するレンリ。店主の顔を見るなりこの店10個分の面積でも軽く通るくらいの大声で問いを発した。
「ああん?お?お前あの時の死にかけた顔した坊主か!でけー声出すんじゃねぇよ、聞こえるってんだ、たくっ。で?この前のがどうしたって?」
「あ、すみません、気をつけます。それで、この前売った剣、まだどこにも売られてなければ買い取りたいんですけど。」
レンリがこの店を訪ねた理由、それはつい先日売り払った小剣の買い戻しのためだった。店主はその旨を聞いてとある疑問を口にする。
「血相変えて取り戻しにくらい大事なら売るなって話だろう。それに覚えてる限りじゃてめーさん、売る時あんまり執着してるようには見えなかったが?」
店主が問いを発したのも当然。レンリは金に困ったから小剣を売った、その際の表情は大事なものを手放すときの悲しみを浮かべてはいなかった。むしろ予想よりほんの少し高く売れたことで喜びさえしていたのだ。
「ああ、大事なのは大事なんですけど。困ったら売ればいいって言われていたので。ただ金がね、金が用意できたんです、ダンジョンに向かうに決まってるじゃないですか、そうしたら手に馴染んだ武器が必要ですよね、だからです。」
「はぁ?そ、そういうもんかね。とりあえず、物はあるし、その様子だとなけなしの金って感じだろうし、ほれ、この前払った代金と一緒でいいぞ。」
レンリの言い分に納得したわけではないが多少の理解の色を示し、店主はカウンターの下から小剣を取り出してレンリに差し出した。レンリも代金を袋から取り出しカウンターの上に置いて代わりに小剣を手に取ろうとする。だがそのタイミングで店主に伸ばした腕の手首を掴まれた。
「たーだ一つ、これを渡すには条件がある。これからは俺の店でダンジョンで手に入れたものを売りな。そろそろこっちもダンジョン系の顧客に手を出そうと思ってたところだ。お前みたいなわけわからん奴は他じゃ足元見られるだけだろう。優遇はしてやれんが、正規の値段で売り買いしてやる。どうだ?」
レンリは言われた内容を咀嚼し、自身にとって有益かどうか判断しようとする。故郷の師匠にそう言われたのだからやるだけやってみようという程度のもの。当然すぐにまぁいっかと結論を出す。思考の時間約1秒、人はこれを考えなしと呼ぶ。
「それではその条件で。よろしくお願いします。あ、レンリ・レンリスです。家はこの紙に書いときます。」
そう言ってレンリはスラスラとここまでの道順を思い出しながら羊皮紙に書いていく。店主はあまりの考えなしさにしばし唖然とする。
「お、おう。・・・そんな軽くて大丈夫か?お前さん、よく騙されたりしてないか?もう少し考えたほうがいいぞ?」
店主は決して悪どい取引をしたわけではない、むしろ店主の誠実な性格を鑑みればむしろありがたいとさえ思える提案でさえある。だがレンリはそんなことを知る由もなく、だからこそ店主は心配になった。もしかしてダンジョンに行こうとするのも騙されて行くことになったのではと思ってしまう。
「大丈夫です、大抵のことはなんとかなるので。それじゃ、いってきます。」
「あ、いってらっしゃい、じゃねぇよ!はぁ、意味わからん。」
店主の言葉さえ聞くことなく疾風のように駆け抜けていくレンリ。残された店主は40代相応の顔を顰めて考え事をしていた。
「こ、ここまで心配になる客は初めてだ・・・。」
店主の心配は、続く。
◇◆◇◆
大陸の中心地、世界に一つしかない大陸のそのど真ん中にヴェネフィットは存在した。地上に存在するものは全てヴェネフィットにあると言われるほど、人も物も集まるこの地にダンジョンはあった。そしてそれを目的にするレンリもまた、この街にいる。
「ご説明、ありがとうございます。では!」
ダンジョン直上に築かれた壮大な建築物、偉大なる三神が居城【キング・オブ・ラビリンス】にて、ダンジョン管理局職員の話を聞いているのか聞いていないのかわからない態度で聞き流し、レンリはカウンターを飛び出した。
下級の、つまり登録したての『冒険者』が利用していいカウンターはダンジョンの入り口―――人類が長い時間をかけて工事、舗装した大階段―――からかなり距離があり、且つ階層が違うためそこそこの距離を歩くことになる。そんなことは関係ないし知りもしないし興味もなく、レンリは無表情に見える顔の口角をほんの少し上げながら通路を走った。途中で職員に怒られても、ほかの冒険者に怒鳴られても歩みを止めることはなく、猛スピードで駆け抜ける。
やがて、人を飲み込む大きな穴が視界に入る。
「ダンジョン!!!」
今日一番のテンションで、レンリは歓喜の声を漏らした。ダンジョン入り口の大階段、その威容を前に、レンリは満遍の笑みを浮かべたのだった。
英雄達の叙事詩【ストーリー・オブ・ヒーローズ】 必殺脇汗太郎 @l_wakiase
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