最終話 約束③
残された部屋で、セイとリアが向かい合っている。
お互いに何も口にしようとはしない。
その状況に対してハコは何か言いたげな様子であったが、主の胸に抱え込まれているので何も言葉を発することが出来ないようであった。
膠着した状況をリアが崩す。
口を開くと、視線を下に向けたままセイへと声をかけた。
「やっぱり、帰っちゃうんだね……」
セイもまた同じようにうつむくと、少女の言葉に返答した。
「うん……。向こうの世界の事も気になるし、それにやっぱりボクがいるとこっちの世界にとってあんまりよくないみたいだから……」
神が持つ力と言うのは人間の世界には過ぎた力だ。
長居するべきでは、やはりないのであろう。
リアはセイの言葉を聞いて、一柱の神に問いかけた。
「もう、会えないのかな……?」
セイはそれに答えた。
「…………たぶん」
セイを元の世界に戻す送還術は、召喚術の対となる魔法だ。
召喚術によって結ばれた繋がりを、全て解消し対象を元の世界へと戻す魔法であった。
「あの遺物も、どこか人の手の触れない場所に封印されるって話だから……。リアちゃん一人だと……ボクを呼び出せないと思うし。それにやっぱりこっちの世界の事を考えると、再召喚とかもしない方がいいと思うんだ……」
言葉を言いながら、胸にちくりと痛みが走るのをセイは感じていた。
言いたくないことを口にしている。そう自覚する。
出来ることなら、リアと離れたくなどない。
少女は千年の孤独の果てにようやく見つけた友人だ。
それにやっと仲直りして、これからまた楽しい日々が始まるはずだったのだ。
それが今になって離れ離れになるなんて、そんなのあんまりではないか。
だが、自分一人の思惑だけで世界は動いていないと、動かしてはいけないと、セイはよく理解していた。
元の世界には戻らなければならない。
こちらの世界にあまり長居して、悪目立ちでもすれば、多くの人間の人生を変えてしまうことになりかねない。
良い方にも、悪い方にもだ。
リアのように良い方にばかり作用するならいいが、セイの持つ圧倒的な力を求めて、善良な人間が悪意に染まってしまう可能性だってある。
ディートフリートにしても、セイの力がなければ、人を奴隷にしようなどとは思わず、細々と学内の政治闘争に明け暮れただけであっただろう。
過ぎたるは及ばざるが如しなのだ。
強い力を持つという事には、相応の責任が伴う。
自分の力のせいで、人の運命が変わってしまうかもしれないという自覚を持っているだけに、セイは帰らなければならないと意志を固めていた。
その心を押し殺して、一柱の神はそれを受け入れていた。
リアがうつむいたまま、セイへとまた問いかける。
「こっちの世界には、もういられないんだよね……」
「うん……」
「戻ってくるのも……もう無理なんだよね……」
「うん……」
「なら、なら――」
リアがセイの事をまっすぐに見た。
遮る物のなくなった少女の深緑色の瞳が、一柱の神を捉える。
セイはその視線を受けて、一瞬息を止めた。
リアの瞳に、今まで見たことがないような輝きが、力強さが宿っていることにが気がついたからだ。
エメラルドのように
リアが言葉を続ける。
「――今度は私から会いに行くよ! セイ君がどこに帰ったって、きっと見つけ出して、きっと会いに行く! それなら問題はないでしょ?」
「それは……そうだけど……」
セイはリアの言葉に戸惑いながらも返答した。
リアが自身の胸に手を当てた。
何もないそこに、確かに何かがあるのを少女は感じ取った。
今までの自分にはなかったものが、セイと出会ったからこそ手に入ったその温かな何かが、確かにそこにあった。
もう一度息を吸うと口を開く。
あの時に、あの天空で、セイの胸の中で、自分の大切な友人に言うことが出来なかった言葉を。
少女の胸に宿った固い決意の願いを。
リアはセイへと告げた。
「私、強くなる……。きっと、きっと強くなって……。今度は私の方からセイ君に会いに行く! 今よりずっと、これからもっと、強く、強くなって、セイ君に会いに行く! だから――」
少女は薄い涙を浮かべながら、セイへと笑いかけると言葉を続ける。
「――待っててセイ君。きっといつか。いつかまた、絶対会いにいくから!」
セイはその言葉を聞いて、思わず涙ぐんだ目を乱暴に拭うと、リアへと言葉を返した。
「うん! いつか、いつかきっとまた――」
そして泣き笑いのような笑顔を浮かべると少女へと告げる。
「また会おう、リアちゃん!」
「うん! セイ君!」
二人は両手を繋ぐと、笑いあい別れの言葉を告げあった。
――――――
シンシアの私室に敷かれた、幾何学模様の魔法陣のその両端に二つの名前が書かれている。
一つには『アメノセイ』
もう一つには『リア・パンテン』
陣の中心にセイが立っている。
バングとシンシアは既に部屋に戻ってきていて、送還術についての最後の確認を二人がかりでリアへと教え込んでいた。
所在なさげに立つセイへ、ハコが誰にも聞こえないように声をかけてくる。
「よろしいのですか、セイ様」
「何がだい、ハコさん」
セイもまた小さく式神へ声を返した。
「散々帰ろう、帰ろうと言っていた私が言うのもなんですが、今帰ってしまえばもうあの少女と再会することなど不可能でしょう。人間風情が世界を越えて神の元まで会いに来るなど、出来るはずがございません」
「フフッ……。ハコさんってば、ほんとに分かってないんだぁ……」
「何がですか?」
自分の事を馬鹿にしたような声音に、ハコは少しムッとしたような態度を取ると主へと聞いた。
「何度か言ったけどね。人間は強いよ。ハコさんが思っているよりずっとね。だから、もしかしたらリアちゃんは、本当に世界の境界を越えて、ボクのところまでやってきちゃうかもしれないよ?」
「ありえない話です」
「ふふーん。過去の神々もみーんな似たようなことを言ってたんだ。人が自分たちの加護を必要としない日など来ないってね」
「それは……」
セイの言葉にハコは言いよどんだ。
それを見て、セイはまた薄く笑みを浮かべると、自身の生み出した式神へと告げた。
「それに、実はいい作戦があるんだ。ちょっとずるかもしれないけど、いい作戦がね」
「いい作戦ですか?」
「そう! 詳しいことは向こうに帰ってから教えるよ」
そう言い合ったところで、丁度人間達の会話が終わったらしい。
リアが前に出てくると、セイが立つ魔法陣のその前に立った。
「セイ君……それじゃ、始めるよ」
「うん……」
別れの言葉は必要ではなかった。
再開を誓う言葉も、もう言い終わっている。
リアは一つ頷き前に出した手から魔力を放つと、送還術の、その行使を始めた。
「刻む時に輝く精霊よ! 我が名はリア・パンテン! 盟約に定められし、送還の門を今ここに! 二つの約定は今ここに解き放たれる! すなわち、我と
魔法陣が少女の詠唱を受けて、雷光に似た輝きを放ち始めた。
セイもまた、自身の力を開放して魔法陣の補助を行っている。
その体が、少しずつ薄れ始めた。
召喚された時と同じように、自身の存在が少しずつどこか別の場所に送られ始めているのが分かった。
それを見ながらも、消えゆく友人の姿を見ながらも、リアは言葉を続ける。
「
陣の光が大きくなる。
薄れゆく体を見た後、セイはリアへと向き直り笑顔を向けて、一つ頷いた。
少女もまた同じように頷き返す。
「精霊よ! 彼の者をそのいるべき場所へ運べ! 帰るべき場所へ! あるべき場所へ!」
魔法陣が爆発するような光を放ち、部屋の中一面を覆った!
その光に負けないようにリアは大きな声で、最後の一文を叫ぶ!
「さぁ、精霊よ! その力を行使せよ! 彼の者を彼の地へと確かに帰せ!! 我らの契りの、その終わりを確かに見届けよ!! さぁ、精霊よ!! その力を行使せよ!!」
一際大きく光が輝いた!
そうしてしばらくして、魔法陣が放っていた光が徐々に収まっていく。
強い光に当てられて弱まっていた視力が戻ってきた。
リアの瞳が、現実世界の風景を捉える。
魔法陣の上に、セイの姿はもうなかった。
それでも、リアはうつむいたり、目を逸らしたりはしなかった。
ぽつりと誰にも聞こえないほどの声で、その誰もいない空間に向かって少女が語り掛ける。
「またね、セイ君……!」
――――――
「帰ってきたかな……」
「どうやらその様ですね」
あまりの光に目を閉じていたセイが、その目を開いて辺りを見渡してみると、見慣れた白い執務室に一柱の神は立っていた。
召喚される前に取り出していた本が床に落ちている。本棚も出現させっぱなしだ。
セイはとりあえず一つ指を鳴らしてそれらを元のように虚空へと消した。
壁の見えない広大な執務室の中心の黒い机に、セイの決裁を待つ書類が山になって出来ているのが見えた。
「うげぇ……案の定めっちゃ溜まってる……」
「致し方ありますまい。ひと月足らずとはいえ、完全に留守にしてしまってましたから」
セイはため息をつくと、机に向かって歩き始めた。
その後ろをハコが付いていきながら、疑問に思っていたことを主へと問いかける。
「セイ様、送り返される前に言っていた、いい作戦とは一体何なのでございましょうか?」
「作戦? あぁ、気になる? 気になるでしょ?」
「そりゃもう。貴方が考えつくのは、いつも突飛で考えなしな事ばかりなのですから、配下としては気になるに決まってます」
ハコの皮肉にも動じず、セイは胸の前で手を合わせると、その神の力を行使し始めた。
「ふふーん。まぁ見てて。さぁ出でよ! 我が『神々の歴史書』よ!」
一巻の巻物が中空に姿を現す。
それは一人でに開くと、何も書かれていない白紙の部分をセイへと向けた。
「あの、セイ様?」
「まぁまぁ見ててってば。ハコさん、『聖筆』を出して」
「はぁ……」
疑問気な雰囲気を浮かべていたが、ハコは自身の上面を割ると少女から返して貰った聖筆を主へと差し出した。
セイがそれを持つと、手に『記述』の神としての力を込めて歴史書へと字を書いていく。
「さらさらさらーっと」
『神々の歴史書』に流麗な文字が浮かび上がった。
ハコがそれを覗き込む。
描かれた鳥が、書かれたその文字を見て、口をあんぐりと開けると、それを何度も読み返した。
「どうだいこれ! いい作戦でしょ! これなら絶対いつかまたリアちゃんと会うことが出来るよ!」
「あ、あ、あ、あなたという神はぁ……!」
ハコは嘴を尖らし、その体を主へとぶつけながら抗議を始めた。
「ご自身の御力を何だと思っているんですか?! 世界の歴史を記述するべき権能の力をこのような私事に使うなど! しかも過去の記述ではなく未来の願望を書くなんて! 信じられません!」
「や、やめてよ、ハコさん体ぶつけないで!」
「いいえ、やめません! この際だから日頃溜まった
「わかったよ! わかったからやめてってば!」
セイは神々の歴史書を中空に浮かべたまま、ハコから逃げるようにして広い執務室を走り回り始めた。
配下の式神は主の事をおいかけ、鳥がつつくようにしてその体をぶち当て続けている。
残された歴史賞にはこう書いてあった。
『そう遠くない未来年 某月 某日 夜と記述を司る神アメノセイ、異世界の少女リア・パンテンと再会す』
執務室にセイの声が響く。
「だって絶対にまた会いたいんだもん! いいじゃんかこれ位の職権乱用!」
「神としての自覚を持てと何回言われれば気が済むのですか貴方は! あぁもう本当に!」
二人の追いかけっこはしばらく続き、根負けするような形でハコがセイを追い回すのを止めた。
「勝手にしてください! どんな悪影響があっても、私はもう知りませんから!」
「大丈夫だって、これ位ならそんな酷いことにはならないよ」
「良く分かりますね、そんなこと!」
再び噛みつくハコへ、セイが言葉を返す。
「だって、ボクがそんなことさせないからね」
またハコが言葉を失ってセイの事を見た。
一柱の神は自身の部下のその視線を受け止めながらも、それを顧みることなく、宙に浮いた歴史書を手に取り、そこに書かれた文をもう一度見た。
ただの願いだ。
ほんの小さな、神にしてはあまりにも小さな願いがそこに書かれている。
だが、その小さな願いは今、セイの心の中で一杯になって、体を温かく包んでいた。
一柱の神が口を開く。
少女がセイを送り出した時と同じような声音で、夜と記述を司る偉大なる神は言葉をこぼした。
「いつかまた会おうね、リアちゃん……!」
そう言い終わると、一柱の神は積み上がった仕事を片付けるために、執務室の机に向かって行った。
アメノセイはやさしい神様 ~ぼっちな神様に友達ができるまでの話~ 逆境 燃 @say-gyakkyo
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