A.I. (Artificial Intelligence)

賢者テラ

短編

 クリスマスムード一色のにぎやかな街の中を、せかされるように歩く女性が一人。

 夏であればまだ空が明るいであろう PM5:30。オレンジ色の夕日さえ、ついさっき地と空の境界線に吸い込まれて、周囲はすっかり夜の様相を呈していた。

 寒さのせいで冷たくなった手のひらに、ハアッと白い息を吹きかける。

 手をこすり合わせながら思った。明日からはちゃんと手袋を用意しておこう——。



 夏美は、今年28歳になる。

 短大卒業後、四年間OLをしていたが、結婚もせず『お局』と化していた女子社員の姿と待遇を見続けてきた彼女は、「ああはなりたくはない」という理由だけで、キリをつけて辞めてしまった。

 それというのも実家にある程度の経済基盤があり、『パラサイト・シングル』をすることが可能だった、という背景……というか、逃げ道があったからだ。

 OL時代、ロクに出会いもなかった夏美は、雑誌の裏ページに宣伝が載っていた『恋人紹介』の会社に、わらにもすがる思いでハガキを送ってみた。

 入会金を含めかなりのお金を注ぎ込んだが、一人も出会えなかった。

 月に一度、「コンピューターがあなたに相性ピッタリと判断しました」といううたい文句と共に、5人ほどの男性のプロフィールが写真つきで送られてくる。

 夏美はゼイタクは言えない、と身の程をわきまえていたので、よほど生理的に受け付けない限りは、「相手へ交際の意思あり」の項にチェックを入れて送り返すのだが、いつまでたってもデートセッティングまで成立することはなかった。

 一年半続けて、アホらしくなって退会した。

 以来、オトコをつかもうとする夏美の情熱は、かなり冷めてしまった。



 しかし、甘い両親ではあったが「結婚しないんなら、ブラブラしてないでちょっとは働きなさい」と夏美に注文をつけた。

 さすがに夏美も、自堕落な今の生活はやはりよくない、と反省した。

 そして、とりあえず近所のマツモトキヨシがアルバイトを募集していたので、履歴書を持って面接に行こうと思い立った。

 文房具屋で履歴書用紙をゲットした彼女は、その足で証明用のスピード写真を撮ることにした。



 駅前は、線路をはさんでにぎやかな繁華街と、少々寂れた中小企業のオフィス街とに分かれていた。

 夏美の知っているスピード写真の機械は、後者の方にあった。

 あまり明るいとは言えない街灯の明かりの下。その存在を誇示するかのように派手な光を放って、その機械はあった。

 近づいて、入ろうとすると……



「いらっしゃいませ」



 ? 今、何て?

 こういう機械って、こんなに丁寧だった?

 客を赤外線で感知して、中に入ろうとする客に音声で挨拶するようにでもなったんかいな?

 自販機業界も進歩してるなぁ、なんて考えているうちに、機械はさらに驚くべきことをしゃべった。



「恐れ入りますが、履物をお脱ぎください」



 はぁ?

 真紅のカーテンで覆われた撮影スペースの中を覗いてみると……

 確かに、足元には上品そうなじゅうたんが敷き詰められていた。

 ヘンだとは思ったが、根が素直な夏美は、ヒールを脱いで、揃えて置いた。



「本日、あなたの撮影のお世話をさせていただきますキャサリンと申します。以後、お見知りおきを」



 音声ガイダンスは、自己紹介をしてきた。

「ブッ。キャサリン、って何よ、その変なネーミングセンス」

 思わず、夏美は独り言を洩らした。



「……お気に召しませんか? 申しわけありません」



 夏美は、ビックリした。

「今、私の言うことに反応した? あんた、会話できるの?」



「驚かせてしまいましたか」



 若い女性の声を模した音声は、淡々と語りだした。



「え~、私は近頃開発されました自販機システム用A.I.(人工知能)です。実用化に向けて今調整段階なので、まだ日本では三台しか置かれていません。私はそのうちのひとつで、これはテストケースというわけです」

「ふぅん」

 そんなこともあるのか、と思ったが、夏美には写真さえ撮れればあとはどうでもよかった。

 早く用事を済ませようと、財布を取り出し料金表示を見た。

 ……ゲ。900円って、相場よりちょっと高くね?



「あ。今、高いとかって思われませんでした?」



 人工知能『キャサリン』は、必死で言い訳をしてきた。

「料金は割高ですが……その代わり写真スタジオできちっと撮ったかのような仕上がりの美しさを実現しておりますので、履歴書用でしたらそこらの機械の撮影よりもかなりの好印象を与えることができますざますでございます」

 敬語の使い方がスネオのママのようにおかしくなったキャサリンは、そう言ってオホホホと高笑いをした。

 納得したというよりは単に他を探すのが面倒だった夏美は、ため息をついて財布の中身を確認した。

「しまった! 一万円しかなかった……あとは十円ばっかり」



「それは残念です」 



 機械とは思えないほど本当に申しわけなさそうな語調で、キャサリンは夏美に語りかける。

「大変申し上げにくいのですが、当販売機は一万円は入りません。近くで両替してきていただけませんか……」

 最新式のA.I.搭載のくせに1万円が入らない販売機って、いかがなものだろうか?

 でも根が素直な夏美は、足元のバッグを抱えなおすと、両替に行くため脱いだヒールに足を突っ込んだ。

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 キャサリンの声に見送られ、夏美は駅の売店に向かった。



「お帰りなさいませ。お寒いのにすみません」

 ……丁寧なヤツ。

 撮影スペースに足を踏み入れた夏美はコートを脱ぎ、丸めて足元に置こうとした。

「あ、うしろにハンガーがございます。そちらにどうぞ」

 振り返ると、確かにある。せっかく勧めてくれたのだから、と夏美はコートをハンガーにかけ直した。

 両替してきた千円を投入口に突っ込むと、機械音と共に紙幣が吸い込まれる。



「はい、1000万円のお預かり。さぁ、お釣りは100万円だよっ。持ってけドロボウ」



 キャサリンは、八百屋のオヤジのように急に調子よくなった。

 ……最近の人工知能は、冗談まで言うの?



「それでは、お飲み物をお選びください。ボタンは右側にございます」



 は? 夏美が見ると壁には紙コップの自販機のような取り出し口と、ボタンがふたつだけ。

 選択肢少なっ。ウーロン茶と……『ドクターペッパー』? 何じゃそら?



「あ、ご存じないですか? 結構イケますよ」



 キャサリンにそそのかされ、夏美は見るからにあやしい名前の飲料のボタンを押してしまった。

 カポッとカップが降りてきて、ウィ~ンという機械音とともに、心なしかコーラよりも毒々しい色をした液体がなみなみと注がれた。

 紙コップには、『キャシャリン写真館』 のロゴ。

 宣伝まで手が込んでるな……って、『キャシャリン』って、字が違ってへん?

 夏美は一口飲んでみたが、あまりのマズさに咳き込んだ。

 ヘンに苦く、まるで何かの薬品みたいだ。

「なっ、なにこれ! 全然おいしくないやん!」

 思いっきりキャサリンに毒づいた。

「はぁ、スミマセン。お気に召しませんでしたか? 私は大好きなんですがねぇ」



 ……自分の趣味で人に飲ますなよ。ってか、大好きったって、機械は飲めんだろうが!



「それでは、コースを選択ください」

 夏美は、目の前のパネルに表示された映像を見た。

 そこには選択項目が表示されており、タッチパネルになっていたので客は望むコースの表示を手で触れればよいようになっていた。



 『美白コース』 ・ 『髪型変更コース』 ・ 『プチ整形コース』



 ???

 ……特に最後のやつって、思いっきりインチキやん!

「ちょっとぉ! フツーの撮影、ってないん?」

「あらら。結構お客様にはご好評いただいてるんですがねぇ」

 心外そうな口調で、キャサリンは応じた。

「だって……履歴書の写真のほうが本人よりもキレイなんて! 余計ヘンに思われるでしょ?」

「そうですかぁ?」

 キャサリンは、あきらめて言った。まるで、ため息まで聞こえてくるようだ。

「当方はその三コース以外の機能はないんです……申し訳ありませんが、どれかを選択していただく他ありません」

 マツモトキヨシの店長が寛大な人物であることを祈りながら、夏美は『美白コース』を選んだ。



「それでは、顔が画面中央まで来るように、椅子の高さを調節してください」

 驚いたことに、ここの椅子には背もたれがあった。普通はただの丸イスなのだが。



「あ、調節は椅子の右側に付いているレバーで操作してください」



 よく見ると、車のサイドブレーキのようなレバーが、ニュッと突き出ていた。

 夏美は何も考えずに、ガクンとそのレバーを引いた。



「あっ! お客様、レバーはそっと引いていただきませんとタイヘンなことに——」



 理容店の椅子が高速で上昇したら、ちょうどこんな感じであろう。

 いきなりグインと1m上昇した椅子のせいで、夏美は頭をブースの天井にしたたかぶつけた。

「いたああああぁぁぁぁぁぁ~い!」

 キャサリンは、冷たく一言。

「……だから言ったのに」



「それでは、三回フラッシュがたかれます」



 夏美は真っ直ぐに前を向き、すまし顔を作った。



「間もなく、ただ今撮影した画像の確認画面がでてまいります。三つのうち、一番お気に召しましたものをご選択ください」



 10秒ほどして現れた画像を見て、唖然とした。

 そこには、ゼンゼン違う顔が映し出されていたのだ。

 ひとつは長澤まさみ。二つ目は 『家政婦のミタ』ルックで無表情の松嶋菜々子の顔。三つ目は……『丹下段平』の役どころの香川照之だった。

 ……何でオトコの顔が混じるのよ!

 優しい夏美は、男がどうこう以前に違う顔が出てきたことには腹を立てないのであった。



「あ、申し訳ございません。先ほどのお客様の画像データがそのまま残っていたようです」



 はぁ?

 有名人の長澤まさみと松嶋菜々子と香川照之が、こんなところにスピード写真わざわざ撮りにくんの?



「こちらでよろしかったですか?」



 やっとれっきとした夏美の顔画像が呼び出されたので、気を取り直して決定ボタンを押した。




 機械の外に出て、写真が現像されるのを待った。



「……あと二分お待ちください」



 両腕で自分の体を抱きながら、自分の口から吐き出される白い息をしばらく眺めていると……

 甲高い機械音とともに、取り出し口にストンと写真が落ちてきた。

 手にした写真を持つ夏美の手は、ワナワナと震えた。

 どう見てもパタリロの『クックロビン音頭』を踊っているとしか思えないポーズをとっている夏美。

 そして、パパイヤ鈴木の後で汗だくになって踊り狂っている、ちょうちんブルマー(今時そんなものが存在するのか?)姿の夏美。

 いったい、何をどうやればこんな写真になるのか?

 怒りのボルテージが最高潮に達した夏美は、暴挙に出た。

「バ、バカにするんじゃないわよっ! 何よこれ、お金返しなさいよっ」

 腰にひねりをかけた回し蹴りが、機械にヒットした。



「ひいいいいっ」



 何と、機械の中から、一人の男性が転がり出てきた。

 彼は打った腰をさすりながら、申し訳なさそうに夏美を見上げた。




 喫茶店で、男性と夏美は向かい合った。

 真相は、こうである。

『復活! ドッキリカメラ』 という番組の撮影のために、手の込んだイタズラの機械を設置して、待ち構えていたらしい。

 キャサリンの役は、実は目の前の番組プロデューサーの男性だった。

 ボイスチェンジャーを使って、女性の声に変えていたのだ。

 キャサリンと夏美の爆笑物のやりとりは、全て隠しカメラによって撮影されていた。プロデューサーは、是非このフィルムを番組で流すのに同意して欲しい、と頭を下げてきた。



「いやぁ、本当はもっと早い段階で怪しまれるのを覚悟してたんですがね……あなたがあまりにも素直なんで、最後の仕掛けまで使い切ることができましたよ」



 ほめられてるんだかバカにされてるんだか良く分からなかったが、要するに私がウンと言えば目の前のこの男性は助かるんだ、と思った夏美は、最後には首を縦に振った。

 その代わり、喫茶店を出た後でフレンチのコースまでおごらせたのは、言うまでもない。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一年後。

 プロデューサーの男と夏美は、結婚した。

 キャサリンを演じながらあまりにも素直な夏美を気に入った彼は、夏美の電話番号とメルアドを聞き出した後積極的にアプローチしてきた。

 何だかんだで一年の交際期間を経て、見事ゴールインと相成った。披露宴では、当時のどっきりカメラの映像が紹介され、式に大爆笑を巻き起こした。



 結局、あの後夏美はマツモトキヨシでバイトしなかった。それ以前に、面接にさえ行かなかった。

 なぜなら、彼のせいでデートの予定がいっぱい詰まってしまったからだ。

 ドッキリのあとにちゃんとした証明写真を撮って貼った履歴書は、思い出の品として、今でも夏美の引き出しの奥に大事に保管されている。

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