Chapter : 2 時間を超える方法
ぼくとマユは、単純にいえば、1日ごとに若返り続けている。やがてそれ以上逆戻りできないときがきたら、それが、死ぬときだと、マユから教えてもらった。
逆戻りする時間には、ぼくとマユしか知りえない法則が存在する。
時計を見れば分かりやすい。時計は、あきらかに正常に作動している。日付は逆戻りしていないのだ。でも、言うなれば正常なのはその時間だけだ。あとはすべて、1日ごとに集積されたものをその前日から次の日に送り込み、さかさまに進んでいる。
ぼくたちが1月1日から1週間生活するとする。1日目、1月1日の営みをとおして得られた情報を基にして、2日目が構築される。その2日目はたしかに1月2日だが、ぼくたちは逆成長している。1日経つごとに、1日ぶん若返る。つまり1月1日から7日まで過ごしたら、7日ぶん若返ることになる。
たとえば、ぼくたちの学校生活は、1日というスパンで見ればなんの変哲もなく進行している。朝、校舎のなかで友達と交わす「おはよう」の言葉。退屈な授業。給食の時間。清掃。帰宅。そうした1日の流れは順序通りに進む。だが、次の日になってみると、ぼくたちは1日分逆成長している。
ぼくたちが過ごしている日常は、いかにも未来に向かって進んでいるように見える。実際未来に向かっているのだ。けれどどうも、時間は、ぼくたちふたりが若返るのに都合のいい段取りを呈示する。ぼくが前の日に友達に「明日はサッカーをしよう」と話したとする。友達はぼくと話したことを次の日まで記憶しており、「サッカーをしよう」と話してくれる。
それだけなら、時間が逆行しているというよりか、ぼくたちがただ若返り続けているというべきだろう。
けれど、ぼくたちは、2000年1月1日を折り返し地点にして、過去にたどった道を引き返している。
つまり、1991年に、よそからここに越して来たら、2009年に越してきた場所に戻ることになる。逆行の過程で、物理的に重要なファクターは、ちゃんと残存している。
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「――だとしたら」
頭に考えをめぐらせていたぼくは、思わずそう口にしていた。
「なあに?」
マユは、自分で書いたノートのページを、ぱらぱらとめくりながら反応した。
「あ……突然ごめん。でも、ちょっと気になったんだ。なぜ、ぼくたちは1991年の時点で、まともに話しあいもしなかったのか。お互い、同じ場所にいるって知ってたのに」
「それは」マユはくすっと笑いながら、ノートをめくる手を止めて、ぼくの方を見た。「だって、今じゃないと、お互い逆行していることに気付かないじゃない」
きりっとした双眸に、ぼくは不意に照れてしまう。マユはそれを察知したように、話題を切り替える。
「それよりさ。わたし、きょう、あることを発見したの」
彼女とぼくに残された時間は、ほんのわずか。彼女はその時間のなかで、なるだけふたりの時間を大事にしようとしているのだろう。そんな心意気を感じた。ぼくはもう一度マユの目を見た。マユはにこやかに告げる。
「なにを発見したと思う?」
「マユのクイズはいつも突然だな。うーん」
ぼくは少しだけ言いよどむ風をみせて、
「さあ、分かんないや。バレンタインデーのプレゼントかな?」
そういうと、彼女は指を口に添えて微笑み、
「あはは。バレンタインデー終わっちゃったじゃん。もっとすごいものだよ。……結論から言うと、時間を超える方法」
ぼくは目をぱちぱちさせながら、首を傾げた。
逆行は、止まらないのではないか?
「それは、タイムマシンみたいな?」
「過去や未来に飛べるわけじゃない。けれど、これ」
マユは手にしていたノートを、ぼくの前にばんと突き出して、読むように促した。ぼくは左上から、ノートに書かれた文章や図表を読みだした。ほとんど意味をなさない、あるいは意味がわからないものだった。ただ、右のページの端には、強い筆圧で、見出しのようにこうあった。
――書いた文字は、時間が経過しても残る。
「文字は残る……」
ぼくがそう呟くと、マユは大きく首を縦に振った。
「そう。タイムカプセルとおんなじだよ。自分が書いたものを、たしかな形で持っておけば、それは未来にのこる。たとえば、明日の自分に手紙を送れば、明日の自分に手紙がとどいて、前の日の自分を明日に送ることができる」
「それは、まあ確かにそうかもしれないけれど――」
「わたしね」マユはぼくの言葉を遮った。「じっさい、試してみたんだ。次の日の自分に手紙を出したら、次の日ちゃんと手紙が届いた。だからたとえば、3年後の自分に現在時点から何か伝えたかったら、手紙を送ればいいの。それを保管しておけば、過去から未来にメッセージを送ることができる」
まくし立てるような早口で言いきったマユは、ノートをまたぱらぱらとめくり、最後のページをぼくに見せた。
そこには、うねうねと蛇のように曲がった曲線が、スペースいっぱいに描かれていた。そしてその隅にはこうあった。
――海の定理。
「これは、どういう意味?」
「わたし、確かめたいことがあるんだ」
マユはノートをぼくの机に置いて、夕暮れ時のグラウンドが見える窓を見た。
「颯と、最初で最後の、デートをしたいんだ。だめかな」
彼女は、囁くように言った。
半分、話に置いてけぼりにされていたぼくは、それでようやく彼女がなにを欲しているかを理解した。そのとたん、急に胸がざわめきだした。
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