五 覚悟の褥
葉右衛門は雪の降るなか、傘も差さずに笹之介の屋敷にやってきた。道中、道場の方を繰り返し振り返りながら。
市三郎を残してきたという不安と後悔で胸が潰れそうだった。市三郎があそこまでして拒絶され、自害しても不思議はない。あの姿で自害したなら、道場の一日の最後を見届ける責任のある儂はまっさきに疑われるだろう。お殿様の寵愛深い側小姓が不義のために自害したとなったら、家は閉門、父上に迷惑が掛かり、自分も切腹を仰せつかるかも知れない。儂は良い。だが、笹之介は。
彼に詮議が及ぶことは絶対に避ける、守ると覚悟を決めたのは、番傘を差して屋敷の戸の前で葉右衛門を待っている姿を見たときだ。笹之介は見染めたころと全く変わっていない。雉狩りに出た笹之介が獲物を持ち帰れるようにと、雉をわざと放ったことから儂の心を知り、一心にそのこころと身を捧げてくれた。儂はこやつと一生をともにする。家の跡継ぎがなんだ。養子を貰えばよいではないか?
笹之介の気性の激しさもまた好むところだ。何度も喧嘩したことがあるが、怒ったときには凄まじいばかりの美しさを感じる。目が釣り上がり儂を睨むとき、それはまさに興福寺の阿修羅像が怒りの炎天から降臨したと思えるほどじゃ。
「どうされました?」
傘も差さず、遠目で見ても何かを考えながら雪道を歩いてきた葉右衛門に笹之介は少し不安を覚えながらわざと明るく言って傘を葉右衛門の上に翳した。
「いや、なに」
葉右衛門は笹之介の目を避けるように傘の柄(え)を受け取り、そして笹之介の肩を抱き引き寄せる。そうすると笹之介が上目で葉右衛門の顔を見ても、自分は正面を向いて屋敷の離れに導くという理由が出来る。
彼らの褥(しとね)は笹之介の両親の住む母屋とは別棟の二階建ての六畳敷ほどの正方形の家屋であった。中庭はその家の南側の縁側に接していて、周りは塀と木戸になっている。庭の隅にはアオギリが植えられているが今は殆ど葉が落ち、梢が剥き出しとなっている。
笹之介が行灯を左手に持ち、右手に葉右衛門の手を握り、二階の庭側に大きく開く窓がある自分の部屋に導く。
笹之介が念者を持ったということで、中間を住まわせていたこの離れをご両親が笹之介達のために貸したのだ。
父は大身ではないが、昔気質の武士であり、衆道には理解があった。
この大晦日に二人きりで過ごすのを笹之介は心待ちにしていた。ご奉公は始まると一ヶ月は城内でお殿様のそばに侍(はべ)ってなければならない。ご政務のお手伝い、身の回りの世話や常の警護、あるいは指南役とのご修行の時に薬や水を持って見守り、古今和歌集の講義をお殿様が眠らないように注意しながら一緒に聴く。とにかく忙しい。覚えめでたい側小姓の筆頭として緊張もしている。
葉右衛門も毎日道場で側小姓だけでなく、陪臣の子、足軽の子などにも兵法の稽古を付ける。
余暇は積極的に取るのだが、あれやこれやで二人の休日がぴったりとあうことは数ヶ月に一回もないこともある。市三郎が恋をした日はそうした珍しい日だったのだ。これも市三郎の運命だろうか。そして笹之介、葉右衛門の想いが募れば募るほど、逢瀬の際の燃え上がり方は激しいかぎろいとなるのだ。
二階に上がると布団が一筋。枕は二つ。香を焚きしめた白小袖(寝巻き)、が着物掛けに掛けてあり、湯茶と酒肴の用意がしてあった。机の上にはふのりに刀に使う丁字油の小壺が置いてある。
笹之介が葉右衛門の雪で濡れた袴と小袖を脱がせる。褌一枚となった葉右衛門に白小袖を着せた。逞しい体が冷え切っていた。笹之介は葉右衛門の胸に耳をつけその鼓動を聴く。葉右衛門の腕が笹之介を強く抱いた。
「冷たい・・・さぞお寒う御座いましたでしょう・・・」
葉右衛門の脳裏にはまた市三郎の胸の蕾への愛撫で陶酔しきった表情の顔がちらついた。頭を振ってそれを追い出す。
「うむ・・・笹、温めてくれるか?」
笹之介も着ていた鮮やかな染の袴と振り袖を脱いでいった。二人共下帯と皮足袋を履いただけになった。
「笹・・・愛おしい」
「葉右衛門様!兄上様・・・」
葉右衛門は笹之介を脚の間に座らせ後ろを向かせ、その項に口を付けた。
葉右衛門に吸われたまま首を少し廻し笹之介は睦言を言う。まず言葉の戦さをして二人の心は燃え上がるのだ。横から見る瞳が妖艶である。
「葉右衛門様・・・」
「なんじゃ」
「私のどこがお好きでございますか?」
「なんでそのようなことを聞く?」
「愛おしいと仰せられました。でもお好きなところは?」
「お前の指を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を・・・かの」
葉右衛門は言った順番に笹之介の体のそこへ口を付けていった。
「ああっ」
「嫌か?」
「私のからだはあなたにさしあげました。どうなとされませ・・・ただ」
「ただ?」
「もし葉右衛門様のお心が他に移った時、・・・葉右衛門様の命を私にくださりますか」
葉右衛門は背中から冷や汗がどうと出てくる思いがした。そんなことがあるかと市三郎のことがなければ怒鳴っていただろう。だが、黙ってしまった。笹之介は敏感に何かを察知しているのか?葉右衛門はこれも覚悟のうちと、
「よかろう」
「ああ・・・殺すなと生かすなとご勝手に・・・喰らいなさるか、飼うとされますか・・・葉右衛門様のご勝手に・・・」
葉右衛門は無意識に後ろから笹之介の胸の蕾に手を回し、両の手の指でそれを摘み、いたぶり始めた。
笹之介が葉右衛門の胸の中で身を捩る。
「ああ・・・葉右衛門様!そこは・・・!」
葉右衛門の頭には市三郎の口を半ば開け舌を妖艶に出して喘ぐ顔が蘇っていた。笹之介に対する不義とは分かっていながら、まだ身を合わせてはいない未知の肉体をおもうと下腹が滾るようだ。向こうを向いている笹之介の顔が市三郎と代わる代わる重なる。
今晩の葉右衛門は笹之介の胸を執拗に責めた。笹之介の尻に鋼鉄のような鯰が突き当たる。笹之介はそれを双丘の間に挟んだ。
笹之介の乳首は固くなり、葉右衛門はますます力を籠めて捻り回す。
「葉右衛門様!・・・いやや!止めて!」
「ならぬ!」
笹之介は股間の鉄心に会陰を擦り付け、力を挿れ抜くことに専念しだす。もはや葉右衛門に対する疑念は頭から吹き飛んでいる。愛しい念者と身を合わせるのは今ぞ!下帯が緩み、可愛い肉棒がぽろりと出た。いつになく勃起し、そして絶頂に向かい痙攣を始めた。
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