第24話 みきわめ

 唐突で申し訳ないが、今、俺はとても追い詰められている。

 仕事が忙しかったのもあって、何だかんだで、教習期限が残り二週間を切ってしまったからだ。

胸の中でうごめく焦燥感は凄まじい。

 今なら魔界をイチゴパンツ一丁で走り回る男の気持ちがわかる。

そもそも、方向転換も終りあとは見極めを残すのみなので楽勝だろう。

 と、余裕をかましていた僕が馬鹿だったんだ。

本当になんで俺はいつもいつもこう詰めが甘いのか。自分という人間が嫌になる。

まず結論から言うと、一回目の見極めに落ちた。

 方向転換等の所内はソツなく運転できたのだが、路上でいろいろやらかしてしまった。

 教習終了後、しばらく弱気になっていた俺だったが、明日を掴む強い意志がすぐに内からみなぎり、頭の中はいかにして見極めを突破するかで一杯になっていた。

 このとき、俺は自分が追い詰められたときほど力を発揮するタイプの人間だということを確信した。

いい年して自分の一面をよく理解できていなかったのは恥ずかしいかぎりだ。でも単調な毎日を生きる現代人達は

大抵どいつもこいつも己を着飾ってばかりで、自分の知られざる一面を知る機会に恵まれる人は恐らくかなりの幸運に違いない。

 もしかしたら、今回の免許取得の一番の収穫は、自分という人間のとある一面を深く理解することができた

、という事かもしれない。

とりあえず。もう取るしかない。教習所に来られるのはあと2日。

残り2日で、決着を付けてやる。

翌日、俺は2回目の見極めに挑んだ。

 指導員は、初技能教習のときのあの無口な強面のオジサン。

なんという不運。初めての技能教習、このオッサンにいきなり復習項目にされたのだ。それからは本当にいろいろあった。紆余曲折だった。もう免許は諦めようかと思ったことも何度もあった。それでも逃げたい気持ちをぐっと堪えてここまで来られたのは可愛いあの娘をドライブに連れて行くため。

 これは由々しき事態である。

 なんでいつも俺の人生は壁にぶち当たるのか。

 でも頑張ろう。

 乗り越えよう。

 この見極めが一番の山場だ。

 ということで早速教習スタート。

 「・・・で、前回は何言われたの?」

 「えっと、特に進路変更のタイミングが悪いといわれました。」

 しばしの間が空いた。

 「・・・ふ~ん」

 いや、ふ~~んって・・・。ふ~~んで終わらせるなら聞くなよな、全くもう・・。

 とくに会話も無く、縦列駐車を2回。

 方向変換を2回行った後に路上へ。

前回大失敗した歩道橋のある大きな交差点に差し掛かる。

 この交差点は酷い。右折車用の信号の位置が悪くて、

セパレート信号が歩道橋に隠れて全く見えない。

 教習所に行く前に交差点の右折信号の変化を確認したところ、赤→、黄色点滅、赤信号で右折矢印が標示、最初に戻る。

 この右折の矢印が運転席から死角になっているのだ。  

 なのでここは事前に信号の変化を知っていないとスムーズには進めないところなのだろう、と当時未熟者の俺は思っていた。流石にもう理解したので問題なく通過できたが。正直この信号は別のところに設置しなおした方がいいと思う・・。元々右折事故が多い交差点らしいし。

 2度目の見極めは特に問題もなくスムーズに進行していく。

 残り教習時間20分を過ぎた辺りには、了をもらえると確信した。

 それぐらい、俺の運転は完璧と自画自賛できるものだった。

 もうクラッチワークは苦にならない。当たり前だが、ギアチェンジもギアを見ずにソツなくこなせる。

 東京のど真ん中、多彩な道を安全に走行できるというのは本当に嬉しい。

 これで免許を取ったら殆どの道は苦にせず走れるだろう。

 教習生泣かせの過酷な環境ではあるが、実戦的な運転方法をを学べるという点ではこの教習所は最高だったと思う。

余談だが、その日の見極め自主経路中、もうすぐゴールという右折地点で、俺は、これまでの教習体験の中でももっともヒヤリとさせられる出来事にであった。

 大通りに差し掛かり、信号が青になったので右折しようとしたところ、対向車線の横断歩道前に大型トラックの姿があった。左折レーンだと思うのだが、ハザードも無かったし、左矢印も出ていなかったので、直進してくるのならやり過ごしてから行こうと思い、僕は一旦止まった。

時を同じくして、指導員が「ちょっと止まれ」と囁いてきた。

 しばし停止。

しかし一向にトラックが直進してくる気配は無い。

 「・・なんだありゃ? もういいよ、行け行け」

 「はい!」

 っと車を動かし始めたそのときだった。

 そのとき、俺は右折する先の横断歩道に歩行者がいないことを確認するために目線を移そうとしていた。俺の目線の左端から、何かが直進して来るのが僅かに見えた。俺が瞬間的にクラッチ、ブレーキで車を停止させるのと、指導員さんの

 「うおっ危ねえ!!」

 という今まで聞いた事の無い叫びはほぼ同時だった。

 直進してきたものの正体は、トラックの右後方からすり抜けてきた二人乗りの大型スクーターだった。恐らくはトラックが巻き込みを防ぐ為に左に寄せていたから右から巻いてくるように直進せざるおえなかったのだろう。右折する際に直進車の左からバイクがすり抜けてくるケースは今まで散々見てきたし、シュミュレーターでも実際やったけど、車の右から巻いてくるように突入してくるバイクはこれまで全く頭のデータに無かったので本当に驚いた。

 当然スクーターは直進だから優先させないといけない。

 もしも、俺がもう少し早く横断歩道に目をやっていたら・・・。

 あるいは横断歩道を見るために首を横に大きく動かしていたら・・・。

 スクーターの接近に気づくのが遅れていただろう。

 そうなれば・・・・。

 指導員さん自身も叫んでいたので完全に虚を付かれたようだ。

 とはいっても流石に補助ブレーキは踏んでくれるだろうが。

 通り過ぎたあと、指導員は謎の停車トラックにひたすら文句を言っていた。

 「一体なんなんだあのトラックは、困っちゃうよな?」

「本当ですよね」

 俺は涼しい顔で相づちをしたが、内心は心臓バクバクで生きた心地がしなかった。

教習中で本当に良かった!! とつくづく思った一幕であった。

 一人のときだったら、ひょっとしたらひょっとしてたぞ。

 教習所の近くになって、指導員が卒業検定の仕上げをしようと俺に告げたとき、見極め了は確実なものとなった。

 教習所に戻り、再度左右方向転換と縦列駐車をそれぞれ一回づつ行う。

 そして教習終了。

 結果は、もちろん合格。

 「次回は卒業検定だけど、間隔をあけたら駄目だからね。すぐに受けるんだよ。あと免許を取ったらとにかく安全運転! これだけは守ってね!」

 そう告げると、指導員は俺にとある紙切れを手渡した。

 検定期限。

 技能教習第二段階のみきわめが終わった時点で新たに数ヶ月の検定期限が発生するらしい。

 俺の場合、第二段階の教習は9ヶ月ギリギリで終わったので、そこからさらに+3ヶ月の検定期限がついたのだ。

 初教習から2ケ月で第二段階の見極めが終わった人の場合は、あと3ヶ月以内に卒業検定に受かって学校を卒業しなければならなくなるわけだが、俺のようにギリギリで見極め突破した人間の場合は、いわゆるひとつの、寿命が延びた形になるわけだ。

 「間をあけたら駄目だからね!」

 言われなくてもわかってる。

 次で決めてやる、決めてやるとも!

 いよいよ、これが本当のラスト。

沢山の出来事があった。辛い事もあった。辱めも一杯受けた。

 それもこれも全部含めて、次が最後だ。

 教習終了後、莉来からLINEが来ていた。

 「どうだった?」

 「了もらえたよ」

 「よかった。嬉しいね」

 「ああ、ありがとう。」

 「次も頑張ってね」

 「おう」

 莉来のためにも、卒業検定一発合格を目指すぞ。


派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る