第22話 MT車での高速教習
高速教習の当日、俺は朝の4時に目が覚めた。
もう一眠りしようかと思ったが眠れなかった。
とにかくとても緊張していた。路上を走る恐怖心は殆ど無くなったが、高速はまた別の世界。
無事に帰って来れます様に、
ただひたすらに祈っている自分がいた。
運転教本を読むと、高速に乗る前日は充分な睡眠を取りましょうと書いてある。
やべえ、早くも達成できてねえ。。
しかし俺ももう若くない。朝7:00に家を出る頃にはもしも死んだら、運命だと思って諦めよう・・・と気持ちの整理ができていた。
出発前、東矢からLINEが来た。
「おはよー高速教習頑張れよ」
「ありがとう」
「ATだし、楽でしょ」
「いや、MTなんだが・・・」
「え? 高速教習はMTの人もATで行くのが一般的なんだぜ」
「うちは例外らしい」
「ぐはっま、頑張れ」
「うん。頑張る」
日下さんからもLINEが飛んできた。
「おはよう、お土産はあなたの贓物でよろしく」
「朝からグロいっ」
まったくこの二人はいつもどおりというかなんというか。でも、ちょっと元気出てきた。
莉来からもLINEが来た。
「あなたの無事を祈ってます、莉来」
「ありがとう」
莉来、ありがとう。
教習所に着いてすぐに缶コーヒーをがぶ飲み。目が覚めた。
その後、学科教本の高速の項目を何度も何度も読んで
頭の中でイメージトレーニングしようにもイメージのしようがないので、もうなるようになれ!
と思いつつ、そのときを待ち続けた。
高速教習は指導員一人に教習生3名で行われる。
僕以外の二人はどちらも希望に溢れた若者たち。
しかも時代から取り残されつつあるMT免許取得を目指しているときたもんだ。
やっぱ若者はチャレンジ精神が無くっちゃ駄目だよね、などともうすっかり彼らを見守る叔父さんの気分になっていたが、自分もこれからMT車で高速を走ることを思い出してわれに帰る。
今回の指導員はライダーさんだった。掃き溜めに鶴な女性とはよく言ったもんだ。この人なんで指導員なんて仕事してるんだろう。
教習は、まず車の点検から始まった。
エンジンルーム内の七箇所の確認。ブレーキオイル、エンジンオイル、ウォッシャーの液量、パワーステアリングの液量、冷却水の量と色、色は緑か赤、バッテリーの液量、押したらたわむ程度にファンベルトがなっているか、タイヤ回り、ライトの確認。
上記を教習生三人で分担して点検し、いざ出発!
出発後、ライダーさんが
「今日の目標は生きて帰ることだから」
と笑いながら言う。そして
「本来高速教習はATで行くんだけど、うちはMTで行きます。今じゃ珍しいですけどね」
と言ってきた。
その後、話は高速教習中に実際にあった事故の詳細に広がる。
教習者が高速を走っていたところ、自分の車線にトラックが車線変更してきた。
教習生はハンドルを大きく切った。
車は左の壁に激突。
指導員即死。車はすべり、教習生も死亡。
・・・という、とても痛ましい事故だったそうだ。
その話の後、さらにライダーさんは
「高速道路では握りこぶし一個分以上ハンドル切らないでね」
と、少々真顔で付け加えてきた。
理由がよく分からなかったので聞いてみると、時速100km以上の世界でハンドルをちょっとでも大きめに切ると
車体が大きくふら付いてしまうらしい。まして30度以上切ろうものなら
不可避で壁に激突するそうな!!・・・・肝に銘じておこう。
教習前にジャンケンで運転する順番を決め、俺は2番を選んだ。前回のセット教習で2番を引いてババを引いたばかりなのに、またやってしまった。
「2番目が一番大変だから、頑張ってね~」
だってさ・・・。
だがしかし、いざ自分の番になり、高速を走り始めると
普通に路上よりも楽だったので拍子抜けしてしまった。
ただ、やはりMT車での高速走行には路上とはまた違うちょっとしたテクがいるようだ。
加速車線に入る際はギアをサードで目一杯加速する。
なぜかトップには入れないらしい。
その後ウィンカードアミラーとルームミラーで後方と本線の車を確認。
路上のように普通に振り向いて目視すると絶対に速度が落ちてしまい大変危険なので高速の場合のみ、本線に入る前は横をチラ見する程度でOK。
加速車線での合流時のハンドル操作は指二本分まで。
本線に入ったら速度に応じてトップ、オーバートップと繋いでいく。
前方車両との車間距離狭まってきた場合はギアをトップに戻してエンジンブレーキで間隔を空ける。
高速では渋滞気味でもない限り、
基本フットブレーキは使わないそうだ。実際走って、理由は体で覚えた。
絶対踏まない!! 下手に踏んだら掘られる!!!
なので状況に応じてギアを切り替える必要がある。
といっても4と5を行ったり来たりするだけなので楽だ。
減速車線に入ったらブレーキを気持ち軽く踏んでオーバートップから一気にサードへギアチェンジ。理由はトップギアではエンジンブレーキが足りないかららしい。緩やかに出口へと向かう事。
・・内容は少ないが、MT車で上記の操作が出来ないと死ぬ確率が跳ね上がると思って必死に頭に叩き込んだ。
やっぱり人間って命が関わることはしっかり覚えるんだな。
AT車はもう普通にキックダウンして本線入って
走り~の戻り~のって感じで楽なんだろうな。AT車ならまったく問題なさそうだ・・・。
ちなみに最近の教習所はMT車でも高速はAT車で行く場合が多いらしい。逆にMT車で実際に高速教習に行く教習所が極少数だそうな。
なんでもギア操作ミスによる事故を防ぐ為らしいが。
だが俺が通う教習所は違う。普通にMT車で突入する。
なんというスパルタ。いや、でもこれでいい。
MT免許取る人が高速教習AT車で行ったら怖くて高速をMT車で走れなくならないだろうか・・・? 結局AT車しか乗れなくなるんじゃないか?
俺は今回普通にMT車で高速教習行って実際に高速走りました・・・。
大変貴重な経験でした。本当にありがとうございました。
だが流石に路上散々走って高速まで来てギア操作ミスする人はMT車は辞めておいた方がいいだろう・・・。
別にほんの0.78秒ぐらいNのままでも
ハンドルさえ真っ直ぐなら車は走るわけで・・。
ただ改めて振り返ってみると、確かに危ない場面はあった。
他の教習生の運転時だが、車間距離がかなり迫ってきたので減速チェンジをしようとしたのだが、彼はエンジンブレーキをきかせるためギアをトップから一気にセカンドに入れようとして!! あわててライダーさんが制止する、という一幕が・・!
なんでも80キロ以上速度が出てるときにセカンドに入れるとギアが壊れてしまう可能性があるらしい。
・・・ヒヤッとしたぜ。
他にも冒頭で教えてもらった高速では拳一個分ハンドルを動かすな、も実際にライダーさんが実演してくださいました。
死ぬかと思うほど揺れました。
・・・教習中にいろいろ体験できて本当によかった。
とにかく物凄く為になる高速教習だった。
これで免許取った後も後も安心してMTで高速行けるぜ!
高速教習が無事終り、インターにて特別項目の車庫入れが始まるまでの休憩時間に、俺はみんなへのおみやげの買い物をすることにした。
買ったのは無難に饅頭。全く我ながら糞ほども面白くない人間よね、と日下さんに言われそうだったので目玉親父のキーホルダーも合わせて買うことにした。高速関係ないね。
特別項目終了後は三番手が高速を出るまで走り、自主経路を行いつつ教習所まで帰った。
高速という一歩間違えれば危険と隣り合わせの世界を経験した後の路上は今までで一番落ち着いて運転することができた。
まるで初めて自転車に乗れたときのような喜びを感じていた。
これまで何度もフラフラしたり、転びそうになったり、実際転んだりもしたけれど、いろんな意味で吹っ切れたような気がした。
さすがにMT車で高速を無事に走れてしまえばもう怖いものなんてない。
本当に、本当にここまで来たんだな・・・!!!
これまで上手く出来なくて悔しい思いも沢山したし、
途中現実逃避をしたりもしたけれど、MT車を諦めないで頑張ってきて、本当に良かった。残り少ないけれど、これからも安全運転第一で教習を頑張っていこう!
高速教習からの帰り道、ライダーさんにMT車の各ギアの限界速度図を書いて見せてもらった。
なぜかというと、帰りの自主経路で坂道をトップで登り始めた後、途中の停止時にエンストしてしまったからだ。これで、路上3回目・・・。もう死にたい。
しっかりクラッチブレーキで止まったはずなのにエンスト。
まったく理由が分からない。ライダーさんに聞いてみたところ、図を描いてもらった。学科で習わなかった? と聞かれたが、全く記憶なし。
その図を見たとき、俺の中で今までいろいろとモヤモヤしていたものが一気に吹き飛んだ。
特にMT車の減速チェンジに関して。
ローギア0~20、セカンドギア10~40、サードギア30~60、トップギア40以降。
簡単に言えば、トップやサードで10km前後まで速度が落ちるとエンストする確率跳ね上がりますよ~、という事だ。
普通右左折の際はATMTに限らず、かなり速度を落として走行するだろう。
左折時は巻き込みや歩行者の確認があるので徐行して進む。当然速度はいつでも止まれる状態に留める。そんなとき、MT車のギアがサードやトップに入っていると
本来の速度に適したギアではない為に車が苦しがってしまうのだ! ガタガタと車が揺れはじめ、しまいにはエンストしてしまう、というわけだ。
万が一交差点内でエンストしてしまったら・・・!
これまではなんで減速チェンジしなければいけないのかもよくわからず、ただただ指導員に言われるままに減速チェンジをしていたが、この表を見れば納得だ。
つまり俺が坂道停止時にエンストしてしまったのは
減速チェンジを怠ったから、ということになる。
ライダーさんによると、坂道をトップで走るのは相当きついらしい。
これからは登り始めてからでもいいので坂道ではサードにギアを変えることにしよう。
こうして無事に高速教習は終わった。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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