第15話 初路上教習

 莉来が仮免取得した俺のために家で餃子パーティーを開いてくれた。その席には東矢や日下さんもいた。

 「段ちん、仮免取得おめでとうってことで、乾杯」

 「乾杯!」

 「かんぱーい」

 「乾杯」

 「あ、莉来ちゃんはジュースね」

 「はーい、ジュースでーす。日下さんは何飲んでるんですか」

 「ビアカクテルの一種、レッドアイよ。トマトを使うの」

 「へえ、おいしそう。私トマト好きなんです」

 「なるほど、それでトマトのみのトマト餃子があるわけか」

 「はい」

 それだけではない。通常の餃子は勿論、ほうれん草餃子、えび餃子、納豆としその餃子なんてものもある。それぞれの餃子がバラ型に盛られていて、見た目も美しい。朝から一日がかりで俺のために仕込んでくれていたらしい。われながら良い彼女をもらったものだ。大事にしないといけないな。

 「段ちん、仮免取得おめでとう。今の感想は?」

 「とっても嬉しいです」

 「この先の路上はもっと大変だけど、これまでのとおり運転すれば大丈夫よ」

 「日下さん、アドバイスどうもです」

 「まあその年でMT取ろうなんて無謀すぎる挑戦をしてるんだ。立ち止まるときもあるよな。でもそんなときは一人で抱えず俺らに相談しろよ」

 「東矢・・・」

 東矢の奴、嬉しいことを言ってくれる。

 「あんたはAT限定でしょ」

 「実はついこの前限定解除したんだよ」

 「あんた、いつの間に」

 「へえ、それは凄いな。」

 「これで社用車を遠慮せずに乗りこなせるぜ」

 「うちら界隈だとMT免許持ってるのは牧野さんと指野さんだけよ。いずれも女性」

 「指野さんって?」

 「あたしの職場の先輩。」

 「へえ、女性陣がんばるな」

 「あたしも限定解除しようかしら」

 その後も俺達は会話を楽しみながら、莉来の作った餃子を頬張った。どれもとても美味しく。餃子パーティーは大成功に終わった。


 一見穏やかだが、とても凄然とした感じの朝だった。

 未来のある若者の命が散ってもまるで何事もなかったかのように終わらせてしまえそうな、そんな残酷な程の穏やかさだった。

 俺は今日、初めて車で外を走る。

 教習所第二段階、初路上教習だ。

 もしかしたら俺は死ぬかもしれない。いや本当に。

 もう緊張して緊張して待合室でも手が震える始末だ。

 大丈夫。

 日下さんのアドバイスどおり、落ちついて所内でやった通りに運転すれば問題ないはずだ。

 頑張ろう!!

 今日の目標は生きて帰ること! ただそれだけだ。

 路上教習初めての指導員は学科で何度もお世話になった人だった。ものすごい方言で語尾に~だってぇと付ける不思議な人物だ。

俺は彼にだって先生と名づけた。

 初めての路上教習は車の点検から始まる。

 学科教習で習った点検項目を指導員と2人で確認しあった。

 およそ三十分かけてのチェックを終え、いよいよ教習車は所内を後にするときが来た。

 だって先生はまるで僕にプレッシャーをかけるように

 「MTは所内と違って物凄いギア変えるんだからね。左手が忙しくなるんだかんね」

 などと意地悪い笑顔を見せて囁いてくる。

 普通車免許を持っている友人から路上での大変さは聞いているが、体験していない俺にはイマイチぴんとこないものだ。想像がつかない。

 こればっかりは体感してみないと判らないと思っていたから初路上の日まで余計なことは考えないようにしてきたのだが。

 ついに今日、それを味わう日がやってきたのだ。

 ようこそ初めてのMT路上教習へ!

 車は教習所を後にした。

 帰ってくるときは俺が運転しているんだな、などと考えながらだって先生との交代を待つ。

 大きな通りを右折した先の三車線道路の端に教習車が停車。

 そしてついに運転席に座る俺。

 この瞬間の緊張感を、俺は当分忘れないだろう。

 頭の中は冷えていた。

 不思議と何とかなりそうな気がした。

 発進前、じゃあ行こうかと自分で言った後、突如だって先生はギア操作の練習をしようと言い出す。

 「路上ではトップまで入れるんだってぇ。ギアチェンジ毎に視線が流れるようでは駄目なんだってぇ!」

 ・・・・だそうだ。ということで練習。

 常に正面を向いた状態で左手だけを動かす

 ローギアからハンドル。

 セカンドからハンドル。

 サードからハンドル。

 トップからハンドル。

 これを一セットで計四セット行う。

 なるほど、これはいい。おまけに緊張もかなり和らいだ。

 免許取得後に初めてMT車乗るときにも使えそうだ。走るまでがとにかく大変だった。

 一旦車が動いてしまうと、もう怖いとか大変だとか行っていられなくなる。

 前の車が止まれば自分も止まり、進めばまたローギアにして進む。後続車が来ない事を確認し、ウィンカーを右に出して発進。

 走り初めの頃は車が混んでいてあまりスピードは出せなかったが、後半になるとだんだん空いてくる。

 っと、ここで隣の指導員は

 「よし! もっとじゃんじゃんスピード出しちゃってぇ!!」

 ・・・オイ・・・ちょっとあなたそれはちょっと・・・

 「交通の流れに合わせた運転が出来なくっちゃ駄目なんだってぇ!

 もっとアクセル踏み込んじゃって!」

 そっそれはそうだが、俺は今日初めての路上で緊張してるしスピード出すのが怖すぎるんだが・・・。

 前方に大型トラックが強引に割り込んでくる。ビビル俺。

 「ああ、ほら段さんの車が遅いからトラックさん怒ってるんだって!」

 いや、そういう問題か? そういう問題なのか?

 あきらかに強引に割り込まれたんだが??

 「路上の最高速度は60キロだけど、実際はみんなもっとスピード出してるんだって!

時間内に荷物運ばなきゃいけない業者もいるからこれは仕方ないんだって! 

スピード守るのも大事だけど、流れに合わせた運転が出来るようにならなきゃ駄目なんだって!!皆速度出してるのに自分だけトロトロ走ってたら迷惑になるんだってぇ!!」

 なっなるほど・・・それは大変まことにごもっともだ。

 彼の言う事はとても正しい。交通社会の現実に即した意見だと思う。

 だがしかし、それを初めての路上教習で言われても、実戦するのは難しいのだが・・。

 その後もポンピングブレーキの否定!

 「実際の路上ではポンピングブレーキはむしろ危険な場合があるんだってぇ! 基本エンジンブレーキを使ってブレーキは一気に踏み込めばいいんだってぇ!ハンドルはあまり曲げなくてもいんだってぇ!」

 等など、路上での暗黙のルールを沢山教えられた。

 ちなみに路上に出てみて分かったのだが、指導員には基本的にスピード出せ出せタイプ、スピード守れ安全運転しろタイプ。二つのタイプが存在するようだ。

 殆どの指導員は後者だが、たまにいるんだ出せ出せタイプが。

 俺の初めての路上教習の指導員はまさにそのタイプだ。

 そして、俺の初めての路上教習は終わった。

 怖かった・・・。

 初めての路上でガンガンスピード出しまくった・・・・。

 ある程度運転に習熟した状態ならともかく、初心者で初路上の俺にはこの指導員さんは敷居が高すぎた・・。終盤あたりで一緒になったらもっと有意義な教習になっていただろう。

 おかげでなんか微妙に緊張がほぐれたような気もした。

 ギアに関しては発進直前にトレーニングをしたおかげで忙しくはあったが苦痛は感じなかったし。たしかに忙しかった。例えるならばワンコそばでワンコを食べる人に次のワンコをお椀に盛る人ぐらいの忙しさだ。・・・・あれはホントに忙しそうだもんな。

 それにしてもMT車の操作は本当に気が抜けない。

 どんなに運転に習熟しても、必ず緊張する一瞬がありそうだ。

 まあそれが車の運転には逆に良いのかも知れないけども。

 とりあえず、俺は生きて帰ってきた。

 生きている喜びを痛感した、そんな初路上教習だった。

 「段君生きてる?」

 日下さんと莉来から同じ内容のLINEがきた。

 俺は二人に

 「まだ生きてるよ」

 と返信した。

 とにかくこれで俺は路上童貞を卒業したわけだ。

 始める前は緊張したが、事が済めばあっという間だった。

 この調子で路上もガンガン行こう、乗ろう。


派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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