第16話 壁

 大変なことをしてしまった。

 初路上教習の後、仕事が忙しくなり、免許どころではなくなってしまった。莉来ともデートしなければいけないし。そんなこんなで前回初路上教習から三週間も俺は教習所に通えなかったのだ。

 路上教習に入ってから感覚を空けるのはとてつもなくまずい。

 今の俺の状態は、さしずめ王位争奪編で戦士墓場から帰ってきたばかりのウォーズマンのようなものだ。

 せっかく第一段階で蓄えた運転技術が初期化されてしまったのだ。

 さらに最悪な事に前回は30分ぐらいしか路上を走らなかったが今回は一時限みっちり路上を走りこむことになる。

 正直本当に今回こそ俺の命日になるかもしれない。

 今日の指導員がバラクーダ様なら良いのだが・・・

 指導員は30代の若くて情熱的な訛りのある男性指導員だった。

 開口一番、指導員に

 教習項目3・4適切な通行位置・進路変更。

 教習項目5・6信号などに従った運転・交差点の通行。

 教習項目7・8 歩行者保護・状況に合わせた運転。

 上記項目終了までが第二段階のもっとも重要な部分で

ここがしっかりできないと後半確実に詰んでしまうからね!

 と宣告された。

 そしていよいよ本格的に始まった路上教習。

 とても大変だった・・・。

 都内での路上教習はとても辛い。とにかく交通量は多いし信号は多いし駐車車両もバカみたいに多いし教習生には厳しい環境だと痛感した。

 右も左もわからず狼狽しながら運転するからアクセルワークが甘く速度超過してしまったり、ブレーキよりもMT減速チェンジを多用して怒られたり、ハンドルを強く握りすぎてしまっていて補助しようにもできないと苦笑いされたり本当に路上教習は恐怖心が無くなるまでが大変だ。

 第一段階のみきわめで不良を頂いた星一徹風の厳しい指導員さんの時限の際にはカーブで壁にぶつかりそうになってハンドル補助されてしまった。

 てっきりメッチャ怒られるだろうと思っていたら

 「今、ぶつかりそうだったよ、もう怖いよ・・・」

 と、涙目で訴えられてしまった。

 信じられない。

 あの怖そうな人が、そんな潤んだ瞳で俺を見るなんて・・・。

 よっぽど怖かったんだろうな。

 あまりにも予想外の反応だったので逆にこっちが怖くなってしまった。

 まあ全部俺のせいなんだけども。

 別の日別の指導員には左折中に大回りになってしまい、

 「キミは所内で何やってきたのかね!」

 とガチ説教される始末。

 いや、ホントすいません・・・。

 第一段階で何度も世話になったライダーさんなど、所内でのあの余裕たっぷりな笑顔はどこへ行ってしまったの?

 というぐらいに厳しく、もはや別人。5分に一回は怒られまくり。それもかなりの剣幕で。

 教習終了間際、ライダーさんを横目で見たら、彼女、すっごいうなだれていました。

 よっぽど怖かったんだろうな・・・。ホント、ごめんなさい。

 「もう復習です! プンプン!!」

 って言われちゃった。

 路上は所内とはまるで世界が違う。

 いくら補助ブレーキがあるとはいえ、

俺がハンドル操作以前のところで何かミスをしたら指導員もろとも巻き添えにしてしまうのだ。

 俺は教習中で未熟者にも関わらず、指導員の命の半分を握っているのだ。

 サイドブレーキなんて、ホントに危険なときにはどうにもならないこともある。

 路上では、俺が的確に状況にあわせた運転をしなければいけないんだ。

 なんといっても人の命がかかっている。

 自分で事故って自分だけ死ぬならまだいいさ。

 ガードレールにぶつけでも無保険なら6万程度自腹で済むそうだ。

 標識なら数十万。

 でも人の命はお金じゃ済まされないんだ。

 教習所の路上環境は凄まじく入り組んでいて厳しい。

 山の手通り・国道256号線・環七と都内でも有数の大通りを毎回走らされる。

 ぱっと見どう通行すればいいのかわからないような交差点もあった。

 指導員曰く、免許を持っている人でも初見では混乱するかも、とのこと。

 そんなとこ教習で走らせるなよ・・・。

 難易度高めな交通環境に比例して指導は厳しくなり実戦に即した形になる。

 みんな言い方は微妙に違うけど、でも誰も間違ったことは言っていないのだ。 

 指導員は厳しいぐらいが丁度いい。寧ろもっと厳しくしてほしい。

 基本褒め殺しで多少注意されつつもポンポンハンコもらって実は運転に不安を抱えたまま卒業して事故起こすよりは、今のうちに一杯怒られたりヒヤッとした思いを体験して復習して、ある程度自信を持って運転できるような状態で免許を取りたいと思ってるんだ。

 そんなこんなで第二段階5・6まで終わった。

 やっぱりブランクはあけるもんじゃないな。

 第二段階からは一気に取らないと。

 三週間も間隔あけて路上に行ったら怖くて怖くてしょうがなかった。

 当然復習もバッチリついてしまった。

 今は毎日涙目だ。でも、大丈夫。

 俺の心は鋼でできているから。

 そう簡単にはくだけないのさ。


派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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