第14話 仮免試験
ついにこの時がやってきた。
仮免試験!!!
ここまでは本当に長い道のりだった。いや、本当に長かった。まさかここまで苦戦するとは思わなかった。もっとスムーズにいけると思っていたのにな。どうやら僕には運転の才能という奴が無いらしい。でもなんとか免許は欲しい。どうせ取るならMT免許とここまで頑張ってきたんだ。諦めるわけにはいかない。なんとか無事一発で合格できるように頑張ろう。
前日は体調を壊さないように配慮しつつ睡眠を充分にとり起床。
寝不足は運転に重大な影響を与えるからね。
そして飯を食い、時間的に余裕を持って家を出発。
しかし、戦いはすでに教習所に辿り着く前から始まっていた。
・・・痛ぇ・・・。
はっ腹がいてぇ・・・・!??
ぐっ・・・ぐおおおおおおお。なんということだ!
よりによってこんな大事な日の朝に腹痛になるなんて。
昨日なんか悪いもの食べたか? 思い出せないのだが?!
にじみ出てくるアブラ汗。不安と緊張。脳裏をよぎる悪い予感。
その全てを払うため、俺は全力で駅のトイレへと駆け込んだ。
ところが駅のトイレの大コーナーは二つのドアがある。そしてどちらも閉まっている。
ぐっ・・・ぐおおおおおおおッ。
なんということだ! よりによってこんな大事な日の朝に腹痛になってトイレに駆け込んだら利用中だなんて!!!???
どんどん吹き出るあぶら汗。焦燥と絶望。腹部から来る放出のサイン。
最悪の事態を避けるため、体の下半身にも力が入る。
とても愉快痛快に波打つ自らの腹と戦い続ける俺は、もう仮免試験どころではなくなっていた。地獄だ・・・地獄だ・・・・。
俺がトイレに来てから3分たった。
まだ扉は開かない。
たっ・・・頼む・・・早く・・早くしてくれないと・・・俺は・・もう・・・。
っと、水が流れる音がドアの向うから聞こえてきた。
よし、なんとか耐える事が出来た。ナイスファイト、オレ。
・・・しかし、それから3分ほど経ってもドアが開くことは無かった!!
なんで、なんで俺の周囲には困難ばかり降り注がれるのか!?
こんな人生、泣けるぜ・・・。
それからさらに二分後。
なんと後から水が流れた方のドアが先に開いたではないか?!
先に水を流した奴はトイレを湯船代わりに使っているとでもいうのか??
この糞野郎め!!
などと言いつつ素早くトイレに入るも、あろうことか実が付いている。実というのはいわゆるひとつの、まあ実である。
まずい。
もしこの後他の人が待っていて、入れ替わりで入られたら、間違いなくそいつは犯人を俺だと思うだろう。
終了後。
俺じゃないんだ的な表情でトイレを出るが誰も並んでいない。俺の演技は無駄に終わた。
・・・なんとか無事に用を足し、あらためて教習所へと向かう。
早めに家を出ておいてよかった、とつくづく思った。
ようやく教習所に到着。
戦いが始まる。
今日はとても良い天気だった。雲ひとつない9月の秋晴れの空。とても美しい。
吸い込まれそうなほどの藍を見あげていたら、なんだが勇気も沸いてくるというものだ!
よし、頑張るぞ。大切なのは、いつもの感じ。
いつも感じで、落ち着いて運転するんだ。
受付にて仮免受付用紙を渡し、時間まで待つことに。
運命のときがやって来る。
その日の受験者は7人。MT3名、AT4名。MTは全員男。ATは全員女性。
現在の教習所事情を端的に現す分かりやすい縮図である。
さっそく課題教室に入ると、検定員のオッサンがコースの説明をしてくれた。
どうやらAT車とMT車は別のコースを走るらしい。
そして、今回のMTは全部で4コースあるうちのもっとも簡単なコースを
走るということも明らかになった。
これを知った俺が、やった~超ラッキー!! これなら受かったも同然だぜい!
なんという悲劇。拙者、どうせなら最高難易度の道に挑みたかったでござる。
のどちらを思ったのかはあえて伏せたい。
コース説明終了後、受験生からの質問コーナーに入る。
試験の前、どうしても一つだけ質問しようと思って
手をあげようとした矢先、検定員が先に声を上げた。
仮免試験の本番、直線道路で35k以上ださないといけないのだが、このときMTの人は大抵みんな同じような質問をするらしい。
「ギアは~サードまで入れるんですかぁ~?」
・・・あれ、それ俺じゃん・・・。
それに対する検定員の答えは、別に、だった。沢尻か。
実際の仮免試験のときは、あくまでも35k超の速度で安定したハンドル捌きができるかを確認したいのでギアに関してはセカンドのままでも減点にはならない、とのこと。むしろギアを変えようとしてハンドルがふらつく方が危ないと聞かされた。
ギアを変えるのに越したことはないが、減点方式の試験だし、リスクは最小限に抑えたい。
直線はセカンドのままで突破しよう、と俺はひそかに誓った。
説明が終り、いよいよ仮免試験が始まる。っと、その前に大事な事が二つある。
まず一つ目 検定員は誰か?
これはとても重要である。
教習生として過ごす中で一緒に乗る指導員との相性は重要であると気付かされたから
尚更検定員が誰なのか気になるのである。最低でも過去にお世話になった人であって欲しい。
そう思っていたら、今回の検定員は第一段階で何回も乗った天使さんだった。
しかも凄く教え方が上手く、柔和な指導員。正直これはもらった!と思った。
少なくとも乗車前の緊張はかなり和らいだのは間違いない。
いける、いけるぞ・・・!
しかし、まだもうひとつ重要なことがある。
それは、運転する順番である。
正直トップバッターは避けたい。
いくら教習中散々走ったコースとはいえ、検定という特別な状況下における緊張感は相当なもの。
ましてトップバッターなんぞになれば
相当なあがり性の俺はまともに運転できるかも怪しい。
できれば最初に誰かの運転を見て、実際に走ったコースを脳裏に焼き付けた上でのぞみたい。
いや、だれでも普通はそう考えるはずだ。
だがしかし、この俺の引きの悪さは本当に病的なほどで呪われているんじゃないかと時々自分でも思うほどなのだ。
ここはトップバッターのつもりで心の準備をしておいた方が良いだろう。
それが成人男子の危機管理というものだ。
案の定、俺はトップバッターだった。どうやら本当に呪われているらしい。呪われし勇者、段手毬・・・。人は俺の事をイバラの貴公子と呼ぶ。
ついに検定開始。
さっそくエンジンをかけ、ローギアにいれ、ウィンカーを出してアクセル→クラッチと繋ぎ発進する。
・・・・はずだったが、クラッチを上げた瞬間、やっちまった、と思った。
ギアをローに入れたはずだが、上手く入っていなかったらしい。車がギャリギャリ音を出していやがる。
あわててギアをローに入れなおし、気を取り直して発進。
しかし、早くも心は平穏とはかけ離れた状態になってしまった。
精神状態と運転操作は互いに影響を与える。
認知、判断、操作。運転はそれの繰り返しだ。
認知が遅れれば判断が遅れる。
判断が遅れれば
どんなに運転操作が早くて正確な人でもいざって時に間に合わない、こともある。
俺は踏み切りの入る道の認知が遅れてしまった・・・。
しまった通り過ぎたと思ったらもうアウト。
間違って別の道に入りそうになってしまった。
・・・終わった。
これはもう一度試験かな、と思いつつも、まだ検定中止にはなっていない。諦めたらいかん!と、なんとか踏ん張り最後まで走りぬいた。
検定終了。
正直手ごたえはあまり感じられなかった。
エンストこそしなかったが最初にローに上手く入らなかったところとコースを間違えそうになった部分がどう採点に響くのか。
他に、自分では完璧と思っていても検定員から見ればマイナスになる点は沢山あったかもしれない。
とりあえず最悪の想定を心がけ、僕は結果発表まで、あかん落ちてもうた! 的な気分で憂うつに浸ることにした。
結果発表は最初に集められた課題教室にて行われる。
トップバッターの俺は当然最初に発表される。
他の検定員と談笑しながらゆっくりと入ってきたMT車の検定員。
俺をじっと見て、さっそく発表しますときたもんだ。
「では、まず段さん」
きた・・・運命のこの瞬間! はたして、結果は???
「おめでとうございます。合格です」
合格の言葉を耳にした瞬間、俺はそのままテーブルに崩れ落ちた。
どうやら緊張の糸がプツンと切れてしまったらしい。
案の定検定員の目は厳しく、減点ポイントを散々指摘されたが、全体的には良い運転だったと褒められたので良しとしよう。
結局その日は俺を含めて全員合格。
7人そろって午後からの学科試験に挑む事に。
学科試験に関しては、もはや言うこともあるまい。
散々勉強して学科だけ落ちたらやるせない気分になってしまうだろう。
結果発表は、後日受付での口頭か、教習所に電話するかのどちらか。
学科試験に落ちると効果測定を一回受けた後に学科を再受験となる。
臆病な俺は口頭で告げられたらその場に倒れこんでしまいそうだったので実害が少ない電話での確認を選んだ。
さっそく電話をする俺。
結果は・・・合格!!!
決まった!
俺は電話越しで思わずガッツポーズ。
頭の中ではジョホールバルの歓喜のシーンが反芻されていた。
こうして、俺の免許取得体験。前半戦が終わった。
次からは第二段階に突入する。仮免試験を取ったんだ。
安心して路上を走っちゃるけえのお。そんな風に思っていた。
だがしかし、この俺の認識はすべてにおいて甘く、路上にて露骨に思い知らされる事になるのだった・・・。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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