第11話 花火を見よう
花火大会の当日は、8月の終わりだというのに煌々と照りつける太陽が異常な温度をたたき出していた。まだ朝の七時だというのにすでに30度を超えている。考えただけでも酷い気象条件だ。パパン牧場は多少は涼しいだろうから莉来の選択は正しかったと言えるだろう。
品川駅で莉来と待ち合わせをし、彼女と無事に会うことが出来た。いつもは長い髪を下ろしていた彼女は、今日はポニーテール姿だった。服装もお洒落なTシャツにスキニーパンツというラフな格好。森林に行くので七部丈の袖のTシャツを着てきた俺は自分がバカみたいに思えた。
「ほら、見てこれ」
莉来が俺にイケメンの写真を見せつけてきた。
「一体誰だい、この人は」
「牧野さんだよ」
これが男装した牧野さんの姿か。事前情報無く見たら男にしか思えないな。しかし女性だと言われるとそういう気がする。
「ね、イケメンでしょ」
「ああ、イケメンだね」
「私、すっかり牧野さんのファンになっちゃった。彼女凄い努力家なんだよ。商業高校を卒業して、今はレインバスっていう大企業で働いてるの。私より年下なのに私より頑張ってる。彼女をみると私も頑張らないといけないなって思うんだ」
「ふーむ、そうか。莉来にとっては牧野さんは憧れの対象になりつつあるんだね」
「もう憧れてるよ。私もジュリエッタでバイトしようかと思ってるの」
「へえ、俺から言わせてもらえばただの女の子にしか見えないけどな」
「段君は夢中になったら駄目だからね。」
莉来は唇を尖らせて俺に警告してきた。でも逆にそれは俺を想ってる証拠なので嬉しかった。
この間の海水浴のように、東矢のバンが駅前に停車し、牧野さんが車から出てきた。彼女はパンクロック風の髑髏のTシャツを着ていたの
が印象的だった。
「おはようございます。お迎えに参上しました」
「牧野さん、おはよう」
「莉来ちゃん、おはよう」
どうやら二人の間には友情のようなものが芽吹いているらしい。早くも二人の世界に入っていた。
「おはよう、段君」
車の後部座席には足組みした女傑の日下さんが居た。彼女もジーンズ姿に無地のTシャツというラフな格好だった。
「ほなはよ乗って」
運転席からは東矢の声がした。
パパン牧場へは車で一時間半ほどで到着した。お盆も過ぎ、行楽シーズンは終わりを告げていたので、車の交通量も少なくなっていたのが幸いしたらしい。東矢が高速で飛ばしていたのも理由の一つにはあるだろう。
「ところでどうなの、あなたたち、最近」
隣の席に座っていた日下さんが俺に声をかけてきた。
「いやあ順調ですよ」
「ふーん。順調なんだ、羨ましい」
「日下さんは彼氏とかいないんですか」
「今は仕事が恋人よ」
「もったいないですね、日下さん美人なのに」
「美人なら必ず男がいるわけじゃないわよ」
なるほど」
「あんたも彼女を大事にしてあげなさいよ。恋って壊れやすいんだから」
日下さんの言葉が俺の心にずっしりとのしかかった。恋多き女性のイメージだが、実際はそうでもないらしい。
8月最後の週末のパパン牧場は沢山の人で賑わっていた。
俺達は莉来が用意したチケットでひつじのレースを見たり、絞りたての牛乳を飲んだり、うさぎをモフモフしたりとパパン牧場を満喫した。人手は多いが牧場自体が広大なのでそれほど人を意識せずに済んだ。夜はジンギスカンを頬張りながら肝心の目標である花火を見た。約4000発の花火はどれも綺麗で花火が上がるたびに俺達は歓声を上げ、過ぎ行く季節を惜しんだ。
パパン牧場のからの帰りは前回と同じく牧野さんと日下さんが交代で運転していた。後部座席に陣取った東矢と今日の話題で盛り上がった。
「まさか牧場がこんなに楽しいとは夢にも思わなかったぜ」
「うんうん」
「ひつじの大行進は見ごたえあったな。」
「それな、俺ちょっとちびちゃった」
「やだ東矢さん汚い」
俺達は爆笑した。
「まあ何ていうの。夏の終わりに良い思い出が出来たわ。サンキューな、莉来ちゃん」
「どう致しまして。皆が喜んでくれて私も嬉しい」
莉来は頬を赤らめ、謙遜気味に言葉を返した。
「でも次は2人きりで来ようね、段君」
「え、ああ、そうだな」
「畜生、見せ付けやがって。お前らなんか嫌いだ」
東矢はそう言って笑った。
最近莉来は明るくなったような気がする。きっと東矢達の陽の気を大量に浴びたからだろう。それはとても良いことだ。出会った頃の彼女は地味目で性格は大人しく、どこか人を避けて生きている節があった。でも今は違う。職場でも明るくなったし、自分の人生に希望を持てているような気がする。彼氏としては嬉しい限りだ。そして彼女を明るくしてくれた東矢達にも礼を言わなければならないだろう。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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