第8話 地獄の狭路
免許取得なんて、教習所に通い始める前は楽勝だと思ってた。にもかかわらず、今、俺は内心では免許を諦めようと思っている。
それぐらい精神的に追い詰められている。
もう吐きそうだ。
クランク。
現在俺を悩ませている地獄の狭路だ。
年齢のせいだと思いつつ、MT向いてないのかなと日々弱気になっている。
運転教本を読んでクランク通行時のハンドル・クラッチ操作、視線の合わせ方は頭に叩き込んだつもりだ。
その日の教習開始までの時間も、所内でずっと運転教本を精読していたし。自分でもとても頑張っていると思ってる。もう本当に自分で自分を褒めてあげたい。メダルをあげたい!
俺が必死に教本を暗記していた頃、教習所のTVではアンパンマンが放送されていた。
毎度のごとく力が無くなりダメパンマンになったアンパンマンに新しい顔が付けられて元気百倍になってバイキンマンをぶっ飛ばしていた。バタ子さんの強肩にぶりには何時観ても驚かされる。それにしても、顔を付け替えたあとの古い顔はどこに行ったんだ? 大人になるといろんなことが引っ掛かる。アンパンマンの住む町では、彼の顔が至る所に散乱してひそかにゴミ問題化しているのではないか? なんてことを考えながらアンパンマンをチラ見していた俺。もう注射器先生がコン○ームにしか見えない。
まずい、相当病んでるな。子供番組だとわかってはいるが。
それもこれもクランクが攻略できないからだ畜生!!
前回のケツプリの攻撃、歯を光らせながらの痛恨の一撃は万死に値する。
ダメだもう死のう。ダイブしよう。
気を取り直して、その日の技能教習が始まった。
この日の指導員は教習項目8でお世話になった坊主頭のおじさん。
見かけの怖さに反比例した丁寧な口調と判りやすい指導をする人で、俺は天使と呼ぶことにした。
彼なら。彼ならきっとなんとかしてくれる。
しかし、そんな期待もすぐに泡となって消えてしまった。
とりあえず外周と内週を何回か周り肩慣らし。ここまでは問題ない。
だが、俺がクランクに入ろうとギアをいじろうとしたとき、悲劇が起こった。
「あっ段さん。ここはセカンドでいきましょう」
おまえは一体何を言ってるんだ?
一瞬俺は言葉の意味が判らず混乱した。
前回、ケツプリは狭路に入る前はローに落とせと言った。
しかし天使はセカンドのまま入りなさいと言う。
結局言われたとおりセカンドでクランクに進入。
その結果エンストしました。
なんだよこれ、なんだよこれ!!
ローギアのときよりもエンスト率が急上昇したぞ!!!
ややややっぱりローにするべきなんじゃないか?
え? 違うのかい天使の旦那?!
「ここは本来はセカンドで入るんです。渋滞などの混雑した道路でその都度、止まってローギアにしたりすると車がつかえて迷惑なりますし。路上では、MT車は基本的にセカンドのまま半クラッチで速度を低速に調節して、できるだけ車が停止しないように気を使います。そのためにもここはセカンドのまま通り抜けられるようにならないといけません」
・・・ごめん、ちょっと何言ってるかわからない。
何言ってるかわからないまま、教習が終わった。
狭路は、またもや復習項目になった。
・・・ようするに、これはあれか?
投了ってことか!!
セカンドのままクラッチを調節して狭路をぬけろだと?
ローギアでもエンストするこの俺様に!!!!
そんな高等技術があると思ってるのかあああ?!!
ずっと天使だと思っていた指導員が、
その日に限ってはドドリアに見えて仕方がなかった。死んで働き者に生まれ変わったドドリア。
教習終了後、僕は灰暗くなった心を抱えたまま、原簿をカウンターまで返しに行った。
カウンターのおっさんが言った。
「このあと、乗れるけど、乗るかい?」
気がつけば、反射的にYESと答えている俺がいた。
もう、何度教本を読んだところで駄目だ。
これは体で覚えないと。運転技術は体で覚えるものなんだ!
そうだ、へこんでいる場合じゃない!!!
ブランクで失われた時間を取り戻すためにも俺は乗りまくらなくっちゃいけないんだ!
今、俺は北斗の拳2のタフボーイを口ずさみながら教習車両の中にいる。
必死に自分を奮い立たせているのだ。外はもう真っ暗、夜の教習になるが、でもそんなの関係ないから。
今はただ、無事にこの教習を乗り越えて次のステップに行くことだけを考えるんだ。
今回の教習指導員はおじいさんとおっさんの間を彷徨っている感じの人物だった。小学校の用務員にいそうだな。
さっそく教習は進む。
序盤の所内コースを外周・内週一回りはもはや問題ない。
用務員風の指導員のおっさんの指導は丁寧で判りやすくあらためてこの教習所のレベルの高さを感じさせてくれた。
柔和で話しやすそうな感じの人だったので、クランク突入する際にローギアとセカンドギアのどちらで入ればいいのかを聞いてみた。指導員によって言うことが違うと困るからな。
「基本はセカンドで入りますけど、ローでも問題ないですよ」
・・・・・じゃあローギアで行こう・・・・。
基本はセカンドか・・・・ドドリアの言うことも一理あるわけだな。
「セカンドでの断続クラッチだとどうしてもエンストしちゃうって場合はローギアで入っても全然問題ないです。仮免試験のときに特にセカンドで入らないと減点とかそういうの無いですから。自信が無いならローで入っても全然大丈夫。」
なんかひっかかる言い方だが、とりあえずブランクで運転感覚が鈍っている僕はローでクランクに入る。
カカロット!!! 俺はセカンドを辞めるぞ!!!
日もとうに暮れた本日二度目の路上教習。
夜に運転すると昼とはまったく違う世界に感じるのは何故なんだ。
暗いというだけで、S字もクランクも前回より難しく感じてしまう。
まあでも、この感覚を今経験しておいて良かったかもしれない。
そんなことを考えつつ、慎重にクランクを抜ける。
S字はある程度強引に突破できるが、クランクはそうはいかない。
繊細なハンドル捌きと足捌きが求められる。MT車の辛いところだ。
教習も終わりを迎える頃、僕はクランクをスムーズに通れるようになっていた。
セカンドで入る練習も何度か行い、あたふたしながらも、なんとか無事エンストせずに通ることができるようになった。
そして教習終了。結果は・・・・合格!
復習2回、3度目の正直で次のステップに進めることになった。
だが去り際、指導員の人は気になることを言う。
「次からはいよいよ実際の交通ルールに沿った運転になるから大変だろうけど、頑張ってね」
実際の交通ルールに沿った運転が大変?
今にして思えば、彼の言葉は適切な警告なのだが、そのときの俺には、意味が良くわからなかった。
所内教習は坂道発進から狭路までがピークで後は楽だと思っていたから。
しかし、真実は全く異なっていた。
ここからが、ここからが、まさに、ここからが本当の地獄だったのである。
とりあえず、莉来に合格したことをLINEで伝えた。
「クランクやっとクリアしたよ」
「ホント、おめでとう」
「大変だった。なぐさめて」
「よしよし」
「ありがとう。元気になったよ」
「よかった。教習頑張ってね」
「ああ、頑張るよ」
俺は喜び勇んで家路へと向かった。今日という一日を無事に乗り越えることが出来た。気分はまるで英雄の凱旋だ。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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