第6話 NHKにローキック

俺の彼女の濡木莉来は大学でスペイン語を習っている。何でも2030年には英語を抜いて世界でもっとも喋られる言語になるらしい。  まあトランプの移民規制法案でどうなるかわからなくはなったが、覚えておいて損はない言語になりつつあると莉来は俺に力説してくれた。 そして来年から一年間語学留学したいと俺に言ってきた。そのぶれない信念の強さを信じて、俺は彼女の夢を応援し、サポートすることにしている。

 彼女のためにも早く免許が欲しいが、焦って日常をないがしろにしても仕方がない。今日は土曜日だが最近カレーに嵌っているという莉来と一緒に神保町にカレー屋食べ歩きを決行した。

 彼女とはカウンター席がL字型の小さな店からおしゃれなカフェ風の店まで5軒食べ歩いた。正直久しぶりにお互い胃が切れそうになった。

 「ちょっと食べ過ぎたね」

 「ああ、食べ過ぎた」

 笑顔を見せる莉来は可愛い。彼女のためにも何としても免許が欲しい。そう俺は心に誓った。

 莉来と遊んだ翌日の日曜日、俺は肩で風を切って教習所にやってきた。今日の技能は坂道発進だが、復習にならずに技能を終えたい。

 今回の指導員はちょっとイケメン風の若い男だ。

短髪で浅黒い肌をしており、スポーツマンっぽい印象。弁舌はさわやかで、脇には独自に作成したと思われるファイルを抱えている。まさに指導員って感じだ。

 ・・・なんかカタそうな奴が来たな。

 第一印象はそんな感じだった。

 教習が始まると案の定、とても真剣に坂道発進の解説をしてくる。まあちょっと冗談の通じなさそうな感じだが、わかりやすい。いかにも私が指導員ですって感じの人物だ。まともだ。これまでちょっと変なキャラの指導員にあたっていたからなおさらそう感じるのかもしれない。

 というか、坂道発進って簡単!!

 平地でやってる発進をそのままするだけ!!

 ただ、踏んだままのブレーキを素早くアクセルに切り替えて半クラッチ。発進。

 というゆるい坂用のチャレンジ項目はまったくできなかった。

 そんな高等技術は俺はまだ持ち合わせていない。

 いや、多分生涯身につきそうにない・・無理だろ、これ。

 坂道発進に関してはチャレンジ項目を除けば問題ない。

 しかし今回はそれ以上にまずい、自分の弱点が明らかになった。

 MT車を発進させるので精一杯の俺はいまだにアクセルのメーターを見てから半クラッチにする習慣が抜けずにいたのだが、今回そこをイケメンに指摘された。

 MT車も坂道発進に到達する頃には足の感覚だけで素早く発進できるようにならないと厳しいらしい。俺の場合、いまだにメーターを見ながら発進をしているので

対向車を見落としたり、左折などの機を逃してしまう。

 これは非常に問題である。

 運転手は常に正面を見て安全を確認しないといけないのに、

発進時に下を向いているようでは重大な事故につながりかねない。足の感覚だけで素早く発進できるようにならないと路上はおろか、今後の教習も苦戦は必死だ、そうだ。

 イケメンの指導のもと、後半は多少改善されたが、MT操作の難しさが、ボディブローようにジワジワと俺の心に効いてきた。

 いまだに停止の仕方もうろ覚え。教習終了の鐘が鳴ると、・・・まず何からやればいいのか記憶が飛んでしまった。

 死ぬほど狼狽している俺に、イケメンがそっと囁く。

 「まず、ギアをニュートラルに、その後ハンドブレーキ、そしてエンジンキーを時計表示が消えるまで回す。最後にギアをローにしておきます。N・H・Kと覚えましょう!!」

 いったい何を言ってるんだ、こいつは? ん? まてよ。なるほど、ニュートラルのN、ハンドブレーキのH、キーをまわすKでNHKか。まさかこんなイケメンの口からしょうもない語呂が出てくるとは。

まじめな人だと思ってたのに・・・・。好感度ダウンだわ、マジで。

 教習中は常に真剣でまさに指導員って感じのイケメンが最後の最後でついに壊れたか。

 しかも言った後自分でちょっと笑ってるし!!

 きっと彼は受験生の頃英単語を語呂の本とかで必死に覚えてたんだろうな。って見たくないバックボーンが透けて見えたぞオイ。

 なんかこの教習所の指導員って腕は立つが変なキャラが多い気がする。彼は違うと思っていたのだが・・・・・。

 教習課程の○はもらえたが、いろんな意味で不安の残る一日だった。しかし、その後、NHKという語呂を普通に使っている俺がいたりする。最後にギアをローに戻すから、NHKにローキック、と付け加えておいた。

 どうでもいいことだが、イケメンの指導員はお尻をプリプリさせながら教習者から離れていった。そっち系の人なんだろうか。東矢も時々けつをプリプリさせて歩くけど、彼はストレートだ。あの教官はどっちだろう。どうしようもないことが気になって、俺はこのあとの学科地獄に集中できなかった。

 授業中、莉来からLINEが来た。

 「今何してる?」

 「学科を受けてる」

 「そっか、邪魔しちゃったね。免許取得がんばってね」

 「おう」

 莉来からの力をもらい、今日の教習は全て乗り越えることが出来た。



派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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