第5話 教習漬け

 7月の上旬の気候としては肌寒く、雨の日が続いていた。この波を乗り越えれば楽しい季節、夏がやってくる。8月に東矢と海に行く約束をした。当然莉来も行きたがったので連れて行くことにした。それまでに免許の取得を進めておかないといけない。いい目標が出来てモチベーションも上がって来た。ありがとう、東矢。

 本日の講習は学科メインで進めていく。車にのる機会は3回。今日は一日中教習所漬けだ。昼の弁当も手作りして持ってきた。気合を入れて講習進めるぞ。

 連日、俺の頭の中で流れているのはビッグブリッヂの死闘。だれか俺の心の中のレディオを切ってくれないか。

 教習所の雰囲気にも大分慣れてきた日曜日、所内でライダースーツ姿の女性指導員を見かけた。とても綺麗な人で、教習所の指導員にしておくのはもったいないほどの人だった。名前はなんていうんだろう。彼女を指名したいな。これは別に浮気じゃないぞ。男と女では教え方も違うだろうし、色々参考になることもあるだろう。それにしてもこの教習所は事務員からして美人が多い。教習所ってもっとむさ苦しい場所だと思っていたのに、意外だ。

 余談はおいといて早速本題に入ろう。 

 一見順調かと思われた初回運転だったが、送りハンドルをやらかしてた俺はステップ1~5までを再教習することに。

 さっそく事務室で教習原簿をもらい、教習車両へ向かい、俺は運転席に乗り込んだ。

 するとライダースーツ姿の教習員が助手席に乗り込んできた。

 「はじめまして、本日指導させて頂きます。黛まどかと申します」

 と丁寧に挨拶をしてきたのでこちらも丁寧に挨拶をした。

 「車乗っちゃったんですけど、一度運転前の基本動作から始めたいので一旦降りてもらってよいですか」

 「運転前の基本動作ですか?」

 「そう、車の安全を確認してシートベルトを締めるところまでです」

 俺は指導員の言うとおり、一旦運転席から降りて、車の前面に立ち、車の下を見たりして安全であることを確認した。そして後方から車が来ていないことを確認してドアを開ける。そして素早く車に乗り込んだ。ドアを勢いよく閉めると、さそおくライダーさんから

 「ドアを閉めるときは直前で止めてくださいね」

 とやんわりと注意が来たのでドアを開け、一旦停止させ、静かに閉めた。

 「半ドアになっていないか確かめてドアをロックしましょう」

 再びライダーさんから注意が来たので、言われたとおり、半ドアでないことを確認し、ドアをロックした。

 そしてシートベルトを締めようとプレート部分を引き出して、プレートをバックルに差し込んだ。

 「おっけです。ちょっと先の話になるけど、卒業検定で最初の動作をしないと減点になるんでやる癖を身に付けといてくださいね」

 とライダーさんはハキハキとした口調で俺に言ってきた。彼女の指導の意図がわかり、俺も納得した。

「それじゃあ講習に入りますので教習原簿ください」

  俺はライダーさんに原簿を渡した。

 「なるほど、蛇行運転ですか。わかりました。じゃあ今日はハンドル操作を徹底的にやりましょう」

 「はい」

 「そうだ、クラクション鳴らしてもらえます」

 言われるがまま、俺はクラクションを鳴らした。

 「このクラクションの音、正月に絞め殺したニワトリの断末魔にそっくりで好きなんですよ」

 そうなのか。唐突なカミングアウトに俺は笑顔で返すしかなかった。

 「この車はグッドですね」

 どこがグッドなのかわからないが、彼女の中ではそうなのだろう。

 それにしても彼女、ライダースーツということはバイクの教習も行っているってことだよな。指導員は両刀使いなのか。車とバイクで指導員は分担されていると思っていたからこらまたびっくりだ。指導員って奴も大変だな。車だけじゃなくバイクも教えなきゃいけないのか。しかも学科まで。本当に頭が下がるわ。

そしてさっそく教習開始。前回の反省点を踏まえ、丁寧なハンドル捌きを心がける俺。しかしハンドル捌きが硬いと注意され、ハンドルを奪われること数回。

 「もっと滑らかに回せばいいと思いますよ~」

 っといきなりぐいぐい回されるハンドル。さらにカーブを回るときに視線が近いと指摘される。

 「ハンドルは滑らかに、力まずに、常に先を先を意識して視線を合わせて切る!」

 美人女性指導員はなかなかに親切で分かりやすい指導をしてくれたので

実りの多い時間となった。少なくとも前半までは・・・・。

 カーブを曲がり終えた直後、ハンドルを戻すのが遅いのを指摘される。

 「戻すときはピュッと!!! 戻すときはピュッと!!」

 う~~んなかなかに茂雄っぷりなお姉さんだ・・・。

 いや、言いたいことは判るんだ。

 それから。

 前半こそ送りハンドルだったりハンドルを切るのが多少遅れたりしたものの美人指導員の教えを受け、外周を滑らかに運転することができるようになった。

 しかし、直線に入ったとき、悪夢が訪れる。

 それまで直線距離ではセカンドで20kを目安に走っていた俺だったが、あるとき隣の指導員の目がギラリと光った。

 「アクセルもっと踏んでみましょう」

 言われるがまま、おそるおそるアクセルを踏み込む俺。30kを超えた。

 怖い・・。

 「さあ! もっと踏んで~~~!!!!!」

 「えええ~~~~」

 「さあ!! もっともっともっともっとおお~~~!!」

 あんたどんだけ走らせたいんだ。この女性指導員、とんでもないスピード狂だ。お姉さんの目がギラギラしている。きっと彼女は走り屋だと思う。

 ああ・・・・百年の恋も冷めるわ。

 しかし、その後、目標40k超まで速度を上げてブレーキで速度調節という練習がしたいからよ、と飛ばし屋発言の意図を説明され、納得。

 俺の中での彼女の飛ばし屋疑惑はとりあえず払拭した。

 しかし、彼女と路上にでたら、再び豹変するかもしれない。

 まあ確かにこんなにトロトロ走っていたら教習にならないしな。

 実車に乗って約2時間。失敗でのエンストはまだ一度もしていない。半クラッチの感覚はすでに理解した。

加速ギアチェンジもスムーズに行えるようになった。そろそろ速度を出すことにも慣れておかないとまずいだろう。

 その日は連続教習だったので、一人目の美人指導員とはお別れ。次のステップ6は内回りを走るとのこと。外回りに比べてカーブが急だったりと難しいらしいが、しっかりと遠くを見てハンドルを切っていけば大丈夫よ! と励まされた。

二人目、角刈りで大体イメージどおりのいかにも指導員って感じの男性だった。

正直ニックネームが思いつかない。ちょっとメタルギアのスネークに似てるからスネークとしよう。

 教習開始後、スネークは言った。

 「直線上でサードに入れて、カーブの曲がり際でセカンドに変えてほしんだよね~~。あとはスローイン・ファストアウト。これができれば~この項目マルあげるからね~~~。」

 あれ、試験?

 まあ、最初に課題を言われた方がこちらとしても都合がいい。

 ・・・というか減速? サード?って とにかく初めての減速チェンジか。

 同じ所内でも別車線から回ると世界が違って見える。

ましてやもう日も暮れてきていたから対向してくる教習車も怖い。

 絶対にぶつからない間合いだ、大丈夫! と瞬間的に分かっていてもやはり怖いものは怖い。

 俺は、アクセルを踏んでないときの右足は常にブレーキペダルに乗せるようにしている。

これが正しい足の位置だとは教えてもらっていないのだが、自然とブレーキに足を乗せるようになった。これは本能なのかもな。

 後で指導員が運転してくれているときに足捌きをガン見してたのだが、右足はアクセルを吹かすとき以外、常にブレーキペダルに乗せてた。

というか基本的にブレーキペダルに乗せていた。初日、足を寝かせるなと何度も注意された意味が分かった。

 スネークには、適度に厳しく、的確に教えてもらった。この回もなかなかに実りのある時間だった。

 ここの教習所の指導員は素人目で見てもレベルが高いな。毎回違う人でもまったく不安を感じない。最初の野坂先生も口調は乱暴だが教え方は下手ではなかった。

 すでに夜だったので昼間より集中して運転することができた。

 正直今回が一番上達したかもしれない。やはり指導員は男の方が運転に集中できていい。キレイなお姉さんだとなんだか落ち着かない。

 とりあえず夜の路上は絶対に経験しておいた方がいいだろう。

 夜と昼は世界が違う。

 本日の項目であるスローイン・ファストアウト。

 スローインは出来た。しかしファストアウトは殆どできなかった。

 というか怖い。そんなカーブ曲がり際でアクセル吹かすなんてまだ出来ない。

 しかしスローインファストアウトは仮免試験の際のチェック項目になっているらしい。教本にはそのようなことが書いてあった。試験でチェックするということはよほど大事な技術なのだろう。試験でチェックするということはよほど大事な技術なのだろう。ポイントはハンドルをピュッと戻し際にアクセルを踏み込むことだ。

 正直怖いが慣れるしかない。ギア減速チェンジよりもファストアウトが課題だな。

 教習終了後。

 俺はスネークに、路上ではサードギアぐらいが限界じゃないのか?4速なんて使うのか? と聞いてみた。今考えれば馬鹿げた質問だったと思う。

 スネークは真顔で、

 「いや、路上教習は常に4速までいれるよ。チェック項目だよ。」

 俺はそのとき初めて指導員にさらに質問を重ねた。

 「何故ですか? 別にセカンドとかで走り続けても良くないですか!?」と。

 すると指導員は神妙な顔でこう言った。

 「ギアを上げた方が燃費効率が良くなるんだよ」

 納得した。

 そういえばタクシーとかバスとかトラックは大抵MTだもんな。最近はATのタクシーも増えてきたけど。そういうことか・・・。

 自分でギア操作した方が多少は燃費節約できるんだろうな。

 ATはギアを自動で設定しちゃうから

必要以上に燃費がかかってしまうんだな。

 燃費の観点から考えればMT車の方が地球に優しいというわけか。

 環境保護団体とかは皆MT車なんだろうな。間違いない。

 ・・・まあ、ローの後セカンド入れてアクセルふかしてサードの流れに慣れればあとギアチェンジは一回だけだから、意外とたいしたことないかもな。

5速は高速限定みたいだし。バックギアは名前の通り。そう考えると、なんだMT車ってたいしたことないじゃん!!

 所内3時間目。少しだけMT車での教習に自信が持てた。

 しかし、まさか、ここからが本当の地獄になるとは、そのときの俺は夢にも思わなかったのである。


派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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