鎗毛長

安良巻祐介

 

 いつもの如く打ち捨てられた古屋敷に入って、通り一遍の検査を終え、役得である物色をしていると、家の主が使っていたらしい部屋の隅に、四曲一隻の豆屏風(掌の上に乗るような、偽の屏風)がちんまりと倒れているを見つけた。

 拾い上げてみると、薄い鴬色の地に、墨で以て淡く霞んだ竹の林を生やし、銀筆にて手足の生えた器物様の滑稽な異形ども(恐らくはであろう)を描き込んだ、なかなか綺麗な代物である。

 雲もそれほど差していない(注:この仕事で、物色品に埃や蜘蛛の巣のない事を言う専門用語である)し、なかなかに趣味のいい感じがしたので気に入って、懐に入れて部屋を出ようとしたところ、がつん。足の親指に、激痛が走った。

 ぎゃっと叫んでたたらを踏むと、ポトポトと音がして、懐から何やら零れている。

 痛みに涙を浮かべながら、足元を見たところ、何とそこには、屏風の中に描いてあったはずの、あの小さな小さな銀色の付喪神どもが群れていて、その中の、鳥のような頭をした鬼が、硬そうな鉄の小槌を、こちらの足に振りかぶっているではないか。

 がつん。

「ぎゃあ」

 またすぐに、小さな、しかしひどく重たい一撃が振り下ろされて、私は足を抱えて飛び跳ね、悶絶した。

 さらに恐ろしい事には、その金槌坊主に追随するように、懐の屏風から零れ落ちた他の器怪どもも、各々の品を身に手に構え、こちらの足先を攻撃しようとしているらしい。

「堪忍、堪忍」

 叫び、懐から必死の思いで豆屏風を抓み出すと、私はずきずきと痛む親指を庇いながら、逃げ出した。逃げ出す足で、そこらにいた付喪神の何匹かは踏みつぶしてしまったが、仕方がない。

 ほうほうの態で戸の外へ出て、そのまま逃げ帰った。

 足袋の中の親指は、後で診てもらうと、爪と骨が砕けて散々な事になっていた。治療をしてもらったものの、ひどい形になってしまって、元には戻らないそうだ。

 さめざめと泣きながら、査定報告書に、「主人思いの品々が思わぬところに残されて、乙也」と書き加えた。

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鎗毛長 安良巻祐介 @aramaki88

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