#4 井高野 弘司 ―発生― ②



 現場に到着すると、ハザードランプを点滅させた大型トラックと、脇に停められているパトカーが目に入った。少しだけ人だかりが出来ており、トラックの運転手と思しき男の前で、警察官が二名事情を聴取している。

 弘司がそこに近付くと、警察官の一人がすぐに反応した。「井高野さんですか?」という問いに対し、こくりと弘司は首肯する。


「息子は……颯太は?」

「落ち着いて聞いて下さい。順を追って説明しますと、息子さんはコンビニを出てすぐに、あの大型トラックにはねられたそうです。持ち物のスマートフォンと財布が事故現場に落ちていたので、そこからご自宅の電話番号が分かり、連絡を差し上げました」

「はい。はい。それで――」


 促す弘司に対し、警察官は一度息を吸う。

 言い淀んでいる、ということが薄っすらと分かった。


「落ち着いて下さいよ。その、事故に遭われた息子さんですが――

「…………はい?」


 颯太の姿は事故現場にはない。てっきり、弘司は颯太が救急搬送されたのではないかと思っていたが――今思うと、それならば病院から連絡が来るだろう――警察官の言葉は、弘司の予想を大きく裏切った。

 即死したわけでもない。大怪我を負ったわけでもない。


 颯太は、


 その事実を弘司が何とか認識するのに、たっぷり数十秒掛かった。


「あの、すいません。もう一度、詳しく」

「分かりました。まず、息子さんが事故に遭われたことは、恐らく事実です。相手方であるトラックの運転手が、人をはねてしまったと正直に証言しています。また、トラックの車体にも人にぶつけたような痕が残っていますし、スマートフォンと財布が残っていることからも、まず間違いなく被害者は井高野 颯太さんです。ただ、その後の颯太さんの足取りが、未だに掴めていません。フラフラと歩いて現場を立ち去ったのではないか、と予想されますが」


「……その、運転手の方は何も見ていないのですか」

「気が動転していたとのことで、警察や消防へ連絡している間に、見失ったと言っていますが」

(どういう……ことだ? 颯太は、どこに行った……?)


 もし、はねた車が軽自動車で、掠った程度の軽症だったのならば、トラブルを面倒に思ってそのまま立ち去った可能性はある。

 だが、どう見てもはねたトラックは大型で、バンパー付近に凹みが見える辺り、結構な速度で激突したように思える。無傷で済んだ、とは到底思えない。


 それに、財布やスマートフォンを残したままこの場を立ち去るのも不可解である。

 それらを見捨ててまで、向かいたい場所が存在していた……とも考えられない。

 様々な思考が弘司の脳裏を巡ったが、それでも第一に考えなければならないのは、現在の颯太の居場所だ。携帯を落としている以上、連絡の取りようがない。


「警察としても、颯太さんからお話を伺いたいのですが、捜索をするには手が足りていない状況です。お父さんは、息子さんの居場所について何か心当たりなどは?」

「いえ……残念ながら、すぐには浮かびません。財布を落としているので、遠出は出来ないと思いますし、こんな夜更けにふらりと遊べるような友人も居ないはずです。それこそ、そこのコンビニぐらいが、夜中に行ける関の山とばかり」

「あ、あの!」


 警察官と弘司が話し込んでいると、間に入るようにしてトラックの運転手が声を出す。

 その応対を決めあぐねていると、運転手はその場で地面に額をこすり付けた。


「申し訳ありませんでした!! おれ……いえ、私、不注意で息子さんを……!!」

「…………」

「あー、すいません。当事者同士の話し合いはもう少し後で」


 やや面倒そうな顔を警察官は浮かべている。

 交通事故のトラブルは、民事の部分では当事者同士でやり取りをすることになるが、警察が介入するのは刑事の部分である。

 ごちゃ混ぜになってしまうと、収集がつかなくなると思ったのかもしれない。

 特に、被害者の父である弘司が怒り狂った場合、宥めるのに時間を要する。


 が、弘司は不思議なくらいに冷静であった。

 まだ、事態を完全に飲み込めていないというのもあったが、目の前の運転手に対して、烈火のように怒るということはなかった。


「息子は……行方が分からないようです。どういう流れで、事故が発生したのかは、追々聞かせて頂くとして――行方が分からないということは、少なくとも即死ではないということでしょう。命がある、ということが分かるのであれば、それは私にとって不幸中の幸いです」

「すいません、すいませんッ! か、必ずお詫びしますので!」

「井高野さん。積もる話もあるでしょうが、まずは色々とお伺いしたいことがあります。ごくまれに、こういうケースはあるのですよ。はねられた側がトラブルを忌避し、現場から立ち去るというのは。今回は被害者の身元もハッキリとしていますし、時間帯から考えても、息子さんはご自宅に戻られる可能性が高いでしょう。つきましては――」


 どこか浮ついたような気持ちで、弘司は警察官の質疑に応答する。

 確かに、颯太は現在行方が分からないものの、そこまで遠くには行けないはずだ。

 何より、行くアテがそもそも颯太には存在していない。必ず、家に戻る。それは、弘司にも確信出来るものだ。

 それなのに――何故なのだろうか。



 颯太が、どこか遠くへと行ってしまったような、そんな気がするのは――



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