#1 井高野 颯太 ―2017年6月23日(転生前夜)―①
まあハッキリ言って、俺の人生はクソみたいなものだった。
クソにも種類はあるが、ハナクソか耳クソ、歯クソ辺りのクソだろう。肝心なのはどれであろうとクソはクソってことで、そしてクソに救いなんざありゃしないってところだ。
高校生活自体はマジで何の感想も出てこない、無味無臭の三年間だった。
が、現状に比べると、何でもないその三年間の方が遥かに良かっただろう。
ケチが付き始めたのは、大学受験の時だった。
まあハッキリ言って、俺の学力はクソだ。これが突き抜けたバカだったら、まだ他に進む道もあっただろう。
俺は中途半端だった。学年だと真ん中よりちょい下ぐらいの、バカとも呼べないし賢いとも呼べない、反応に困るどうだっていいランクの学力だった。
けど、何もかも諦められるような学力じゃなかった、ってのは事実だ。
だから俺は進学を選び、身の丈に合わない偏差値の大学を選んだ。
そして失敗した。
大学選びには気を付けよう! 以上。あーダルい。
そっからはもう転落一本の人生だ。
一浪して、予備校に通って、んでまた失敗した。
二浪して、予備校の金を親が出さねえって言うから、独学でやって、んでまた失敗した。
ぶっちゃけ一浪した時点でやる気は死んでたってのは秘密だ。が、結果しか見ないのが親って生き物である。特に俺の親はそうだ。
働け、と。ある日親父にそれだけ言われて、俺の脳内はクエスチョンマークで満たされた。
いやいや、こんな二浪した高卒のゴミクズがまともな企業に行けると思ってんのか?
仮にどっかの企業に採用されたとして、んなもん労基もクソもない、過労死するまでコキ使われるクソブラック企業に決まってる。
人生棒に振るようなもんだろそんなん。社畜やってんのにそんなこともわかんねえのかよ、このクソ親父は。
結論から言うと、俺はニートであることを選んだ。
逃げたと思われるかもしれないが、これは人生を長い目で見た戦略的撤退である。
親父はギャーギャー言っていたが、ブラック企業でアホみたいに働かされて、俺がポックリ死んでもいいのかって言ったら、その場で黙り込んでいた。ざまあ。
「あ、クソッ! っぜえなコイツ! 死ね! 死ね! 殺してやるから死ね!」
現在、俺は日課である人気FPSゲームを、大絶賛プレイ中である。
何かこう、フィールド内に何名ものプレイヤーが同時に放り込まれて、そこでアイテムを拾って殺し合い、最後の一人になったら勝利する感じのゲームだ。
いわゆるバトロワ系のゲームと言うんだろうか。バトロワ……まあ、名前は知ってっけど、原作は読んだことも観たこともない。
けど、そういう状況に自分が放り込まれたら、という妄想は人間誰しも一回くらいはするんじゃないか。
俺はした。結構した。最初の手持ち武器が打撃系で、それを使って拳銃持った頭おかしいクラスメイトをぶっ殺して、銃奪って、そっから勝ち上がっていく。
最後は生き残った戦友数人と支配者側の教師をぶっ殺して、無事脱出する。あ、これが原作の流れなんだっけ? ネットでネタバレ記事読んだだけだから知らんけど。
或いは、俺が最初に持ってるのが反則甚だしいサブマシンガンで、とにかく俺に逆らう奴は全員ぶっ殺して、俺に服従した奴だけ仲間にして、クラスの可愛い女達と毎晩取っ替え引っ替えセックスする。
そうやって、舞台となる小さな島が自分の国になっていく。最終的には、俺を絶対的な存在とするハーレム王国が爆誕し、ハッピーエンド。
……ま、結局全部妄想なんだけど。
昔はそういう妄想をしてたなー、って考えながら、拾った拳銃で俺は名前も顔も知らないプレイヤーをぶっ殺した。
次頑張れよ。うろちょろ逃げ回るのは死ぬほど鬱陶しかったぜ。
「クッソ! おい! どっから撃って来てんだよコイツ!」
画面上の俺のキャラクターが、呆気なく崩れ落ちる。
さっきのドンパチで居場所がバレて、俺が潜伏に入る前に狙撃されたのだ。
狙撃銃は構えている間は隙だらけだし、弾薬もほとんど落ちてないし、エイミングも難しいから、生存者が絞られてくるとお役御免になりがちな武器だ。
それを中盤以降に振り回してるってことは、多分相手プレイヤーは大した腕前じゃない。
が、そういう大したことないゴミ相手でも殺されるのが、このゲームのままならない部分だと俺は思っている。
コントローラーをベッドにぶん投げて、俺はそうクールダウンした。
「狙撃一発で即死とかマジでクソゲー過ぎて笑えんわ。アプデではよ対応しろやゴミ運営。人間そこまでヤワじゃねえだろうが現実見ろボケ」
ヘッドショットなら即死でも文句は言わねえが、胴体に直撃しただけでほぼ即死なのは間違ってんだろ。
ネットの意見とか見てねえのか? 最近のゲーム開発者って。ガイジかな?
ゲームごときでイライラするのは、精神衛生上よろしくない。
が、ゲームごときに本気になれない悲しい存在にもなりたくないので、俺はベッドに寝転んでスマホでツイッターを開き、エゴサして、俺と似たような意見を呟いてる知らねえアカウントのツイートをリツイートしておいた。
別に俺がわざわざそういう意見を世界に向けて発信する必要はない。
俺と似たような意見、似たような考えの奴は世間にゃごまんといて、人気のゲームに対してなら尚更だ。
それでも、そういう意見をリツイートした時、俺は何というか一撃カマしてやった気分になる。
電子の海で自分の喉を震わせずに、他人の声を後押しする。
んー、詩的表現。才能あるわ。
俺はぼんやりと、ツイッターのタイムラインを眺める。
フォローしているのは、なんJのスレのまとめブログ垢とか、ゲーム関係のニュースを乗せるサイトの垢とか、エロコスレイヤーの垢とか、エロ漫画家の垢とか、エロ同人の更新情報を淡々と呟く垢だ。
ああ、あとクソしょうもねえbotも何個かフォローしてる。
「……クク…………」
俺はまとめブログの記事を読みながら爆笑していた。
この場合の爆笑とは、いわゆるネット上での『草』を呟く状態だ。めちゃくちゃ笑ってるわけじゃないが、まあでも普通に面白いから、とりあえずネット上ではクソ笑ってることにしておこう、みたいなアレだ。
っていうかこういうクソスレ見てリアルで爆笑するとか、頭おかしいだけだと思う。まあそういう頭おかしい奴ばっか集まってんのが、このなんJとかいう掲示板なのかもしれない。
詳しいことは知らねえし、わざわざ2ちゃんねる……ああ今何か名前変わったんだっけ? ともかく、そこまで行って眺めたくはないけど。
こういうまとめサイトは、詩的な俺から言わせれば『レストラン』みたいなもんだ。
なんJ民という農家が、クソ垂れながら作ったクソスレを、まとめサイトの管理人がいい感じにフォントと色変えて美味え部分だけ抽出して、俺のような客に出す。
その見返りとして、アフィリエイト? とか言うので金を稼いでいる。
俺はタダで『草』だし、管理人は金儲けが出来る。ウィン・ウィンって感じの状態だろう。
ああ、農家については知らねえ。せいぜい頑張って、俺達の為に面白いクソスレを作ってくれとしか。
「…………」
まとめサイトに飽きた俺は、レイヤーの新しく上げた画像を拡大しながら眺める。
微妙だわ。っつーか元がかなりブスだろうから、修正をガンガン利かせている。空間歪んでんじゃねえか、ってくらい修正してやがる。まあでも乳はでけえから許す。
後はもうちょい過激っつーか、そういやフォロワー増えたら昔の乳首だの何だの出てた画像消したんだよな、コイツ。
多少名前が売れたら攻めの姿勢をやめるって、お前ふざけんなと言いたい。
俺含めて当時の画像を保存してる奴は結構居るだろうし、ぶっちゃけちょっと考えりゃ無駄だろって思うんだが、やっぱエロコスしてる奴は頭足りてねえのか?
「…………」
何人かお気に入りのエロ漫画家のツイートをチェックしたが、別にエロ絵は上げてなかった。こいつらの普段の生活とか、そういう感じのツイートはマジでどうでもいい。っていうか絵だけ上げろや仕事だろうが、とすら思う。
フォローしてる作家のエロ画像だけピックアップするツールとかねえのかな……ああでも導入とか面倒そうだわ。
最後は、エロ同人が何か新しくアップロードされてないかチェックした。
違法ダウンロードだの何だの言われているが、別に個人で使う分には構わないだろうと俺は思う。
っていうか、エロ同人自体が著作権的にグレーだか何だかで、それで金を稼いでるエロ同人作家もグレーな存在だろう。むしろ金稼いでる分アウトだろう。
なら、営利目的じゃなく粛々とその絵だけを拝見する俺の方が、よっぽど法的に白いと思う。いやこれはマジで。著作権とかよく知らんけど。
違法ダウンロードはダメだって頭では分かってっけど。まあでも男は股にある操縦桿の指令には逆らえないし。
つまるところバレなきゃセーフ。ツイッターじゃ偉そうに著作権云々だの作家の権利云々だの言っている奴も多いが、そいつらだって裏じゃ絶対にエロ同人の一冊ぐらいダウンロードしてシコってんだろ。
一発ヌいてっから、偉そうなツイートが出来るんだろ。
人間なんざそんなもんだ。偉そうに正義を振りかざす奴ってのは、つまり精神的にシコってんだよ。さぞ気持ちいいんだろうよ。だからやめらんねえんだろうよ。
著作権一つにしたって、じゃあお前まとめサイトとかにあるエロ画像一枚すら見たことないのか、って話だ。
別にエロ画像に限ったことじゃない。漫画の一部分は、アニメの一部分は、ラノベの一部分は、正義を振りかざす奴は、そういうの全く見たことないし、見ないってことか?
……非現実的だな。この現代において。
「ねえ」
ドアの向こうから妹の声がした。
ああ、クソ、始まった。オナニーの時間だ。俺がやるんじゃない。見せられる方の。
「お父さんが呼んでるから。下降りてこいって」
「後で行くっつっとけ」
「今すぐ来いって言ってる」
「…………」
仕事疲れを飛ばしてえから、息子使って精神的オナニーか? クソ親父。
息子のことを生きてるTENGAか何かとでも思ってんじゃねえのか?
ふざけんな。
「聞いてんの?」
「…………」
「……お父さーん! お兄ちゃん――」
「っせえな!! 今から行くっつってんだろ!!」
「言ってねえだろ、クソニート」
ぼそっと呟くように罵倒した後、妹が部屋に戻る音がした。
俺は露骨に溜め息をついて、スマホと財布をジャージのポケットに突っ込み、蹴っ飛ばすようにして部屋の扉を開けた。
完璧な奴なんて居ない。誰だってエロ画像を無断で見てる。AVをタダで観てる。
完全な正義を貫くなんざ、不可能だ。非現実的だ。なのに、口から正論を吐くのは、卑怯だろ。
……同じ非現実なら。
剣と魔法の世界にでも、行ってやりてえ。
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