怪談 幽霊女郎

紫 李鳥

怪談 幽霊女郎

 



 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席お付き合いを願いますが。


 ここで、いつもの小噺を一つ。


 あそこに、囲いができたってね?


 へい。


 ま、これは昔からある小噺ですが、これから私がお話しするのは、ちっとばっかり、様相が違いまして。


 何が違うかって? そいつぁ聴いてのお楽しみってわけだ。





 時は明和元年。品川宿の旅籠はたごは、その数93軒。


 ま、近くに寺や江ノ島があるもんですから、潮干狩りや釣り、月見の客で大変な賑わいがあったわけですな。


 そこには、飯盛女めしもりおんなというのがいまして、ま、女中みたいなもんで。


 だが、飯盛女とは名ばかり。つまりは遊女。早く言えば女郎ですな。客の相手をするわけです。


 “品川女郎衆”と呼ばれ、吉原に次ぐ人気があったわけですが。


 女郎の人数で旅籠の人気が決まるってわけで、つまり、人気のある旅籠は、女郎も多いというわけだ。


 その一番人気の旅籠に、“お静”という、そりゃあ、目の覚めるような別嬪がおりました。


 年の頃は、二十二、三。


 キリッとした顔立ちで、その瞳は濡れたように輝き、程よい厚みのある小さな唇には、一寸たがわず紅が引かれ、知性と色気を兼ね備えたような、そりゃあ、いい女だ。


 客が放っておくわけがねぇ。


 毎晩毎晩、お静、会いたさ見たさで、旅籠は大入満員。しっちゃかめっちゃかの大賑わいだ。




 その客の一人に、大山詣りのついでに寄った、“定吉”という、二十五、六の旅人がおりました。


 定吉は滅法、お静を気に入りまして、嫁にもらうことにした。


 お静の方も満更ではなかったもんですから、トントン拍子にことは運んだ。


 定吉は、日本橋にある呉服問屋の次男坊。


 釣りが来るほどの金でお静を買い取ったまでは良かったが、その後が良くねぇ。


 女房にしたはいいが、これが、飯は炊けねぇ、掃除はできねぇ、と来てる。


 ま、そんなことは女中にやらせれば済むことですから、構わないが。


 それより何より、化粧を落としたお静は大して別嬪べっぴんでもなかった。


 白粉おしろいを塗ったくって誤魔化してたってわけだ。


 美人の化けの皮が剥がれ、他にこれと言ってなんも取り柄のねぇお静は到頭、定吉に飽きられちまって、離縁という話になった。


 そうなると、納得いかねぇのはお静だ。


 今更、女郎に戻る気もなく、何がなんでも居座るしかなかった。


 途端、定吉は家に帰らなくなっちまった。


 お静は悶々としながら、眠れない夜を何日も過ごした挙げ句、到頭、気が触れちまって、夢遊病者のように家の中を徘徊はいかいする始末だ。


 そんなお静の噂が広まっては、暖簾のれんに傷が付くってんで、定吉の両親は家からお静を閉め出す画策をするわけですな。


 それから間もなくして、裏庭の井戸からお静の土左衛門どざえもんが上がった。


 お静自らが井戸に身を投げたのか否かは定かではないが、お静の屍体したいは内々で処分し、隣近所には離縁ということにした。





 ――その後、再婚した定吉は人並みの幸せな暮らしを送っていた。


 だが、その幸せも長くは続かなかった。




 或る夜、床に就いてると、











 ポチャッ……ポチャッ……


 と、水が滴るような音が聞こえた。







 パッ


 と、定吉が目を見開くと、目の前にびしょ濡れの真っ白い女の顔があった。







「ヒェッ」


 びっくりした定吉は、慌てて身を起こすと、枕元の刀を手にした。


 ところが、振り向くと女の姿はなかった。







『さ~だ~き~ち~さ~ん』


 女の声がした。







 ギクッ


 その声は、背中を向けて寝ている女房の方から聞こえた。


 女房の肩に手を置いた途端、









 びっしょり濡れたお静の顔が振り向いた。








「ギャーッ」







 グサッ!







「うっ……」





 定吉があやめたのは、言うまでもなく女房なんですな。


 怖いのは女房だけじゃない。女郎もしかりと言うわけでして。


 幽霊が出るとこにゃ、交通機関がないんだって?


 そうなのよ。一台のタクシーも走ってないのよ。


 なんでだい?






 幽霊だけに、足がない。






■■■■■幕■■■■■

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