第2章 Birth day
『スペロウズ』の艦隊は五艇の艦を中心に構成されている。
旗艦『オペレッタ』――ワーキテクト4機分の格納庫、および2基のカタパルトデッキを持つ。団員の居住区画も兼ねる大型艦であるが、単独での大気圏突入も可能とするため、おおよそ単独で運用されることが多い。
作業艦『ジョウルリ』――中型艦。艦隊規模の二酸化炭素レーザーメスなど、作業機械に特化した装備がなされている。大がかりな修復作業などはこの艦を中心に行われる。
巡洋艦『シグルド』『ユリウス』――作業宙域の警備や護衛を担う小型艦。小型ながら戦闘用ワーキテクトをそれぞれ格納しており、銀河連合の定めた協定の範囲内での火器を有する。
情報管制艦『オラトリオ』――情報処理に特化した中型艦。他組織との通信の中継基地ともなっている情報戦略の要石。
ジカードであるレオンはこの『オラトリオ』の艦長を任されている。『オラトリオ』のブリッジにて、そのレオンが珍しく大きなため息をついていた。
「だからね、団長。それをボク様ちゃんに丸投げするのはやめてほしいんだよ。」
レオンの後ろで銀河ネコのボブが、レオンの束ねた灰色の髪とじゃれあっている。
映像通信機の向こうには『オペレッタ』にいるルブランが映っていた。
「拾い物しました~、どうも未開惑星人みたいです~、未知の文明がありそうです~。それはいい。ボク様ちゃん的にも大いに興味をそそられる。添付で送ってくれた文字の解読もものすごく楽しい。だけれども、銀河連合への報告までなぜにボク様ちゃんがやらにゃならんのか。」
『できないのか。』
「できないね。」
『人工知能にはできるのに、か。』
ルブランの言葉にレオンは顔をひきつらせた。
「団長、今、なんと?」
画面上のルブランが仰々しくかぶりを振る。
『いやいや、銀河に名高い情報処理能力をもつレオンさんが、実は銀河連合へのレポートを書く演算能力さえ持ち合わせていなかったとは。』
「その手には乗らない。あいにくボク様ちゃんは暇じゃないのだ。」
『あ、ミズハ、どうした?』
画面の端からにゅっと女性が顔を出した。
「ぎゃあ!ミ、ミズ―――。」
『ミミズ?』
「ミズハ!なんでそこに!」
『なんでも何も、私が副団長だからですが。』
ミズハがそつなく答えた。
『あ~、そういえばレオンさんは女性恐怖症でしたね。忘れていました。』
「わかっていて言っているだろ!」
レオンがぎゃあぎゃあとわめきたてる。背後にいた銀河ネコのボブがにゃあと叫んで逃げ出した。
『こうしましょう。レポートを書くために、今から私がオラトリオに行きます。』
「来ないでいい!来るな!」
顔色がどんどん蒼白になっていくレオン。
『じゃあ、レオンさんがレポートを書いてくれるのですか?』
「なんでそうなる!」
『では私がオラトリオに行って書きますね。』
「その二者択一はおかしい!」
『どちらにしても銀河連合への仲介はオラトリオの仕事でしょう。私が書くのなら、オラトリオに私が行って書いた方が早いでしょう。』
「そうかもしれないが!」
『私が行けば、レオンさんはレポートを書くという仕事から解放されますよ?』
「だから来るなって!くそっわかった。ボク様ちゃんが書いてやるよ!」
『さすがレオンさん!宇宙一のジカードです!頭のとんがり方が違う!』
「貴様!ボク様ちゃんのおでこが出っ張っていること気にしているのをわかっていて言っているだろ!」
『そうなんですか?ジカードはおでこがより出っ張っている方が優秀だと聞きましたけれど。』
「ボク様ちゃんにとってはコンプレックスなんだよ!」
『自分の弱みを見せられる男性って素敵です。』
ミズハがにこりとほほ笑んだ。瞬間、レオンの大きな額からぶつぶつと蕁麻疹が浮き出てきた。
「通信を切るぞ!」
『だめですよ。もっと遊ばせ…いえ、話を聞いてください。その未開惑星人のことですが、先ほど、ユウリから名前がわかったと報告がありました。すさまじい速さで銀河統一言語を習得しているようです。』
「それは興味深い!」
『レオンさんより頭がいいかもしれません。』
「いいから名前を教えろよ、この女野郎!」
『失敬な。野郎って男のことですよ。セクハラです。連合裁判所に訴えますよ、でこっぱち。』
「それはジカード全体に対するハラスメントだろ!デコハラだろ!いいから教えろ!」
『そんなに焦らずとも教えてあげますよ。この欲しがり屋さんめ!』
「だぁぁぁっもういい!もう通信を切る!」
『―――シンシアだ。』
見かねて団長のルブランが割って入った。
「シンシア?」
『そう名乗ったそうだ。』
「なるほどね。添付でもらった文字の中に名前が入っている可能性はかなり高い。解読が進みそうだ。」
『それはよかった。期待しているぞ。』
「わかったよ。銀河連合への報告もボク様ちゃんがやっておく。貸しひとつだぞ。」
『―――帳簿につけといてやる。あ、それと。』
「何か他に?」
『ミズハがもう少し遊びたいそうだ。』
「切るぞ!」
そう叫んで、レオンは乱暴にスイッチを切った。銀河ネコのボブが遠くでぎゃんと鳴いた。
オラトリオとの通信が途絶えたオペレッタのブリッジにて。
「ミズハ。いい加減、レオンで遊ぶのをやめてやれよ…。」
ルブランが呆れたように言った。
「彼、面白いじゃないですか。団長も楽しんでいたでしょ。」
ミズハがけらけらと笑いながら言った。
「そうだが、毎回おでこいじりに収束するのもなあ…。」
「ダメ出しですか?」
「単純にかわいそうなだけだが。」
ルブランが大げさにため息をついた。
「ジカードは文化的に異性との交流が少ないと聞きます。男女席おなじゅうせずだとか。彼にとって初めて出会った女性が私なんです。」
「それは初めて聞いたな。まさか元カレとかじゃないよな?」
「ないですね。ストライクゾーンですらない。」
「それは、なかなか。」
「ですけれどね、まぁ、責任感というかなんというか。コミュニケーションをとらなきゃってなるんですよ。」
「そう思った結果が、いつものやり取りか。」
「そうですね。」
「かわいそうに。レオンの女性恐怖症はお前のせいかもしれないな。」
「団長もなかなか言いますね。」
ミズハがため息をついた。
「団長だからな。だが――。」
「だが?」
ミズハがきょとんと首を傾げた。
(―――お前が大声で笑うのってレオンと話している時だけなんだよな。)
ルブランは続く言葉を飲み込んだ。
誕生日は祝福されるべきものである。なぜならばその人がこの世にいてくれたことを感謝する一つの記念日であるからだ。
この世に誕生してくれてありがとうと。
だが。
レオンは誕生日を祝福されたことは一度もない。
ジカードはそもそも文化として性交をしない。性別は存在するものの、試験管によって生まれ、試験管内で育てられ、物心ついたときには同性のみで構成される施設に入れられて教育を受ける。第二次性徴期に入ると精子バンクと卵子バンクへの生殖細胞の提供を行い、卒業後、仕事をし、金を稼ぎ、業績を残し、果てる。その繰り返しによって成り立っている社会である。
個人はシステムの一部なのだ。誕生日ではなく製造年月日。存在ではなく、その性能を重要視される。そういう社会だった。
しかし、レオンはいささか優秀すぎた。『それ以外の社会』が存在していることを自力で見つけてしまったのである。
その命を祝われることのないまま、様々な道程を経て、スペロウズに転がり込んだ。そこでレオンは生まれて初めて宇宙を体感した。宇宙のひとつのシステムと自分を定義しているうちに、いつの間にか艦を一つ任されるほどになった。
スペロウズのメンバーは全員がワケアリである。だからレオンの『製造年月日』など団長をはじめ誰も知らない。
そんなわけでレオンは誕生日を祝福されたことは一度もない。
「…これは、製造年月日か?」
思考コンソールを並列稼働させながらレオンは呟いた。
件の石碑に書かれた文字を解読していくと、それらしい文言に行きついたのだ。
「独自の暦か。厄介だな。だが、製造年月日とすると、あの石碑は何かの装置か。ユウリ達の考察と一致する。シンシアの居住を考慮した装置か。そうすると…。」
さらに思考を張り巡らせる。
「根本的な文法は銀河統一言語に似通った点もある。起源が近しいのか?だとすると銀河統一言語の起源を辿っていく手もあるか。こちらも並列処理しよう。」
レオンの声が艦内に響いた。
『―――えらく大きな独り言だな。』
強制的に通信がはいった。ルブランからだ。
「うるさい。音声コンソールも併せてフル活用しているんだ。操作ミスがあったらどうする。」
『ちょっと作業を中断してくれないか。』
「今中断した。問題ない。ボク様ちゃんに何か用か。」
レオンは口をとがらせながら応えた。
『解読進捗は?定時報告がまだだ。』
「あぁ、それか。さっきのボク様ちゃんの声を聴いただろう。以上。珍しくボク様ちゃんは本気モードなので邪魔しないように。」
『わかった、わかった。あぁ、そうだ。ミズハから聞いたんだが―――』
ルブランがにかりと笑った。
『―――明日誕生日だそうだな。おめでとう。これからもよろしくな。』
「―――は?」
レオンは口をあんぐりと開けた。
『ん?違ったのか?』
「そうじゃなくて……。」
なんで知っていたんだ。誰にも言った覚えがないのに。と、言いかけたところでルブランが続けた。
『まぁ、明日を楽しみにしとけよ。盛大に祝ってやる。』
そういえば、確かに自分の誕生日は明日だった。ジカードの役所くらいしかその記録はないはずだ。
だが、ミズハからの情報と聞いて、心当たりはあった。先月ミズハがオラトリオに来た時、レオンはたまたま銀河連合への報告をしていた。銀河連合への報告の際には自分の生年月日が要求されるので、律義に答えていたのをミズハに目撃されていたのだ。
(覚えていたのか…!)
レオンはぐうとうなった。しかし、悪い気はしなかった。
「それだけなら、通信を切るぞ。」
乱暴に通信を切った後、レオンは自分が泣いていたことに気が付いた。
レオンは誕生日を祝福されたことは一度も『なかった』。
「まったく。明日が楽しみになってきたじゃないか。」
再び思考コンソールを起動させる。目の前には『誕生日』の文字。
「何がめでたいのかね。」
思考コンソールが何パターンもの『誕生日』を検索し始めた。思考コンソールに入り込むほどにはレオンはうれしかったのだった。
刹那、ひとつの可能性がレオンの思考を止めた。石碑がシンシアの居住を前提としているならば、シンシアの生年月日と石碑の製造年月日はかなり近しいものではないのか。シンシアの遺伝子から年齢は推定できる。つまり製造された年代をある程度絞ることが可能であるのだ。
ルブランより分析データはもらっている。遺伝情報としては根本的に我々銀河連合に登録された様々な人類と近しい。充分に可能である。
レオンは分析データをもとに検証を開始した。
シンシア。遺伝情報から算出した結果、およそ十六歳。性別は女。銀河連合に登録された人類に近しい遺伝子だが、そのどれにも属していない。もうひとつ特筆すべきは―――
―――出土した惑星の環境に適応した形跡がないこと。
様々な惑星の環境において、ガウシアンは感覚器官を、ジカードは演算能力、ロークナーは運動能力をそれぞれ特化させた。この少女においてはその形跡がない。
「あの荒れた惑星出身にしては、この遺伝情報は貧弱すぎる。それにあの環境から生まれるタンパク質としても構成があり得ない。」
十六歳であるならば現在とさほど環境は変わっていないはずだ。
レオンははっとなって通信機を起動させた。連絡先はユウリの自室である。
「ユウリ!いるか?シンシアと話がしたい!」
『レオン、こちらユウリ。シンシアは疲れたのか今は寝ている。何かわかったのか?』
「解読に当たって、必要性を感じたのでシンシアの遺伝子情報の分析結果を検証したんだ。結果、彼女の性質とあの惑星の環境は大きく矛盾すると考えられる。ひとつの可能性ではあるが、シンシアはあの惑星の人類ではなく、偶然あの惑星に不時着した未知の惑星の人類かもしれないのだ。ならば、どちらにしても一度直接喋って情報を得るのがよいと判断した。それに我々の言葉を覚えさせるのも解読にプラスになる。」
『そうだな。じゃあ、とりあえず、そちらに着いたらあってもらうよ。だけど。』
「だけど――?」
『女の子、ダメなんじゃなかったっけ?』
「―――対処を考えておく。」
そう言って、レオンは通信を切った。
スペースオペラに雀の喜歌劇は必要か? シュガーリン @syugasyuga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スペースオペラに雀の喜歌劇は必要か?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます