第1章 Antinomic theory


自己紹介をせねばなるまい。

ユウリは休憩室で謎の金髪少女と対峙し、そんなことを考えていた。

 言葉が通じるのかどうかがかなり怪しいが、言葉はある民族のようだ。ボディランゲージやニュアンスぐらいは通じるかもしれない。

「僕は、ユウリ。この艦で、ワーキテクトの、パイロットをやっている。」

 できるかぎりゆっくりと話してやる。

 ワーキテクトとは、ユウリの身長の約三倍の大きさを持つ、作業用パワードスーツだ。様々なオプションを取り換えることで多様なミッションに力を発揮する。高精度なマニュピレータ、自分の身体をイメージしやすい構造により、ヒト型モデルが主流である。

 スペロウズのワーキテクトは戦闘用ではないため、装備なども含めて、巨大な大工の姿をしていることが多い。中でもユウリは自機を茶色のパーソナルカラーで塗装しているため、格段に地味に見えるワーキテクトだった。

 こんな説明をして未開惑星人がわかるはずもないのだが、しないよりはましだろう。

「そしてここは『スペロウズ』の旗艦『オペレッタ』の休憩室だ。『スペロウズ』ってのは宇宙をまたにかけるジャンク屋集団だ。縄張り内のデブリやら何やらを回収して他組織に売って生計を立てている。僕は、その一員、ってこと。」

 金髪の少女が再び頭に「?」マークを浮かべている。

 それはそうだ。未知の事態に戸惑っているのはこちらも同じだった。

「私はセクラ。ガウシアンの十七歳。」

 セクラが細い指を自身の長い耳に向けながら言った。

「〇×△・・・?。」

 金髪の少女がなんとか答えようとする。しかし、うまく聞き取れない。

「ユウリ。すごい拾いものね。」

 そういうと、セクラは自身の茶色の長い髪をくしゃくしゃにかき回した。

「ガウシアンの言葉の意味がわからないんじゃ?」

「そうか。私とユウリはガウス星系第4惑星出身の人類なの。」

「耳がいいのが特徴かな。長くてとんがった耳を見たらだいたいガウシアンだ。」

 金髪の少女は変わらずきょとんとしている。

「売るわけには・・・いかんわな。」

「当たり前です。」

 団長のルブランと副団長のミズハが物騒なことを言っている。

 ルブランは筋骨隆々が売りのロークナー(ロークン星系出身者)。ミズハの素性についてをユウリは知らない。筋肉が特化しているわけでもなく、理知的な女性だから、ユウリやルブランとは異なる出自だろう。

「本当に意思疎通できるんでしょうか? 文明なんてなかった可能性も。」

 作業着姿のモロボシが言った。それにユウリが答える。

「限りなく低いな。理由は大きく3点。まず、あの石碑。完全に人工物だ。次に、服を着ている。『服』は少なくとも道具を作ることができる文明レベルはあったことを示している。もう一点は、モロボシもさっき見たよね。」


 話は寸刻前に遡る。突如石碑の中から現れたか細い少女は、それを呆然と眺めていたユウリ達を見て、目を見開いた。そして、にっこりとほほ笑んだ後、右手の指を一本、ユウリ達に見せるように差し出した。

 ユウリ達がわからないでいると、続いて二本目を立てた。

(何かを伝えようとしている?)

 セクラが不安そうにこちらを見ていた。

 次は三本。そして次は五本差し出してきたのだった。

「うそだろ!」

 ユウリは息をのみながら、両手で恐る恐る七本を再現した。

 謎の少女はにっこりと笑いながら、ユウリの手を取った。

(気に入られた?いや、これは)

 かなり高度な文明を持っていることをお互いに確認する技法だ。

 少女が指で表したのは『素数』だ。『素数』の概念は知的生命体が文明を発展するにあたって『必ず』必要になる考え方だと言われている。数学が無ければ文明は発達しない。

(はじめまして――ってことだな。)

 少なくとも今のところ敵意はない。ユウリはルブラン達と協議し、少女をひとまず検疫したのちに交流を深めることにしたのだった。


「彼女の対応は完全に他文明との交流を意識したものだった。」

 ユウリは顎に手をあてて言った。

「意思疎通は、可能だというのがユウリの見方か。とりあえず、銀河連合に通達するのが筋道だな。ブリッジに戻るわ。当面、この娘の世話はユウリとセクラに託す。では解散。」

 ルブランはそういうと、手のひらをひらひらと振って休憩室を出ていった。モロボシもその後ろをついて出た。

「というわけで、チャンスです。セクラ。」

 にっとくちびるの端を上げて、ミズハが言った。

「本拠地に到着するまでに何をするべきか、わかっていますね?」

「何がですか?」

「だめだこの女。」

 ミズハはそう言うと、がっくりと肩を落として休憩室を出ていった。

 しんと部屋が静まった。

 休憩室にはユウリとセクラと金髪の少女の三人だけが残っていた。

「まいったな。僕の管轄になるのか。」

「一番気乗りしていたくせに?」

「●△×?」

 改めて、金髪の少女を見た。

 長い金髪。色素が薄く、血色の悪い肌。白いタイツのような服装。声は高音域。瞳の色は青。耳は小さいためガウシアンの可能性は低い。背は自分よりも小さい。何やら無垢な笑顔を浮かべている。

「今はとりあえずいろいろやってみたら?あなたは誰?」

「セクラ、もっとはっきり、ゆっくり、身振りを加えて。」

 ユウリはセクラを指さして続けた。

「セ・く・ら。」

 そして自分自身に指を向ける。

「ゆ・う・り。」

「し・ん・し・あ。」

 金髪の少女が自分を指さして言った。

「うそだろ?」

 ユウリがはっとした表情をした。セクラが慌ててユウリの行動をまねた。少女が同じように答えた。

「シンシア?」

 セクラが少女を指さして尋ねた。

 少女が大きくうなずく。

「◇●×△シンシア・・・▼□。」

 少女とユウリ達は発音からして言語が異なっている。それをおうむ返しの文字列とはいえ、ユウリ達の発音で発声した。とんでもない学習能力をもっているようだ。

 しかも、その意図を理解し、応用して見せた。「シンシア」つまり少女の名前である。

「意思疎通は思ったよりも早くできるかもしれない。」

 ユウリは口を斜めにしながらぼやいた。

 瞬間、船体が大きく揺れた。

 シンシアが戸惑うような声を上げた。

「大丈夫。これからパラドクスドライブに入る兆候だから。」

 セクラが諭すように言った。

「・・パラ・・・?」

「パラドクスドライブ。聞いたことはない?」

「?」

「復元律は?」

「名前を発音できたからって、いきなり難しい言葉教えるなよ。もう少し意思疎通出来てからだ。」

 ユウリがセクラに釘を刺した。

 パラドクスドライブは復元律を利用したワープ航法の一種である。世界が何らかの数学的な矛盾を抱えた時、その矛盾をなくすように世界自体がそのありようを変え、矛盾ない世界へ復元することが発見された。その性質に関する基本法則を「復元律」と呼ばれるようになった。時空間操作など様々な技術により複数個所に同一存在があるという矛盾を発生させると、復元律に従い、世界はその矛盾を生じないように復元する。その結果、同一存在が一座標に収まることになるわけだが、この過程を制御することで、発動前と発動後で別の座標に収まることができる。矛盾を利用した航法ゆえ、パラドクスドライブだ。

 矛盾が生じれば、矛盾がないように「つじつまを合わせる」そのありようはまるで造物主、もしくは神の存在を肯定する。これだけ科学技術が発展しても決して宗教はなくならない。

「か・み・さ・ま?」

 少女がきょとんとしたように言った。

「そう。君にもいたんだろう?信仰する神様が。」

 ユウリはにこりと笑った。

「この宇宙にはいるんだよ。カミサマが。」

「ユウリ、あまりブラックなことはまだ教えちゃダメだって。」

「そうだなぁ、じゃ、わかった。僕はしばらく自室に戻るよ。」

「こら、どうせ事典ばっかり眺めている気だろ!」

「その娘について何かわかるかもしれないだろう?セクラは引き続き、この娘とコミュニケーションをとり続けてくれたら助かるよ。」

 そう言って、ユウリは休憩室を軽やかに去っていった。

「火のついた花火みたいな顔しちゃってまた・・・。」

 セクラが遠い目でぼやいた。


 休憩室でセクラと言葉の通じない少女シンシアは二人きりでいた。

「ユウリの話は聞く?」

「ユウリ?」

「そう。さっきの男の子。」

「おとこ?」

「そうね。私は女の子。」

「おんな。」

 セクラの言葉にシンシアがおうむ返しで応えた。

「シンシア、おんな。」

 ゆっくりとシンシアが言った。

 すさまじく飲み込みが早い。セクラでも銀河統一言語は話せるようになるまで五年、文章を理解できるようになるまでさらに五年かかっている。比較すると今のシンシアがどの程度のものか想像に易いだろう。

「とりあえず、いろいろ話した方がいいわけね。」

「ユウリのはなしきく。」

 シンシアがきょとんとした表情で言った。

「すごいなぁ。会話が成立し始めた。え~と、じゃあ始めようか。」

 セクラが苦笑してうなずくと、シンシアはにっこりと笑った。

「さっきの男の子がユウリ。ガウシアンの十七歳。私とは同じ集落で育った。幼馴染ね。そして、二人とも孤児だったの。集落全員で育てられた。」

 セクラはあえてシンシアに解りにくい言葉で語っていた。それは、ただ、『誰でもいいから誰かに伝えたかった』胸の奥にあったしこりが、シンシアという言葉のわからない少女という言いやすい相手と、言葉を教えるという名目を得て、無意識に言葉となって吐き出されたものに近い。

「ガウシアンはね、感覚器官がとても鋭いから、宇宙船乗りや職人的な技術者に重宝されているの。若い夢追い人はどんどん集落から出ていく。若い人がどんどん出て行って、その結果、私達みたいに孤児がうまれることだってある。ガウシアンは食い扶持には困らないけれど、その代わり、ガウシアンの故郷はどんどん廃れている。」

 シンシアは真剣にセクラの話を聞いていた。

「私は集落が好きだった。その頃のユウリは、ずっとこう言っていた。『必ず雀に合う。』って。事典眺めながらずっと。変わっているでしょ。でも、その瞳は何かとても大きなものを見つめているようだった。何かに取り憑かれていた、というべきかな。夢を抱く瞳。ああ、この人はこの集落を出ていく人なんだなって思った。そうしたらね。」

 セクラは少し逡巡したあと、続けた。

「ものすごく寂しくなって。出ていってほしくなくて。いろいろ考えていた時だった。」

 セクラは一回、息をのんだ。

「私、人買いに買われたのよ。集落は貧しい。若手はいろいろなことに使える。だから、集落は、私を人買いに売ったの。―――。

その時だった。ユウリが集落のワーキテクトを持ち出して、人買いの艦を潰したの。たいそうご丁寧に脱出艇まで。くまなくね。こんなのってある?」

 セクラはにかりと笑った。

「そのあと、集落の非常艇を奪って二人で逃避行。そこを拾ってくれたのが、この『スぺロウズ』ってわけ。ユウリは外宇宙に出たいと考えていた。その手法をいくつも考えていた。その中に、このやり方があった。それだけなのかもしれないけれど。」

 セクラはシンシアの目を見ながら幸せそうな笑みを浮かべた。

「やられちゃったのよね。私が居たかったのはあの集落じゃなくて、『ユウリのいる』集落だったんだって気づかされちゃった。だからね、私も一緒に、ユウリの夢を追いたくなっちゃったの。」

 セクラの顔が段々と赤色を帯びてきた。

 シンシアが悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「セクラ」

 シンシアが右手人差し指を立てた。

「ユウリ」

 シンシアが左手人差し指を立てた。

 どうやら二本の人差し指をセクラとユウリに見立てているらしい。

「どうしたの?」

 セクラが尋ねると、シンシアは二本の人差し指をくっつけてねちっこくこう呟いた。

「ぶっちゅう」

 次の瞬間、セクラは鼻血を噴出して倒れた。

 ユウリはまだ戻ってこないが、なんだか平和な時間だった。


                            to be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る