第4話 バッドコンディションの弱点

 なんでも聞くところによると、クエスト評価があいまいになんのを防ぐため、この焔蜥蜴サラマンダー討伐クエストも含め、すべてのクエストに挑める冒険者パーティは、一日につき一つだけらしい。


 つまり、順番からいって俺様とカイの二人パーティが焔蜥蜴とやり合うのは三日後らしいのだ。


 うーん。待たされるのはちっとも構わねぇが、明日か明後日にこのクエストに挑む冒険者たちのどっちかが、それこそとんでもねぇ凄腕で、俺様の獲物の焔蜥蜴を退治しちまわねぇか、それだけが心配だ…。


 ま、悩んでも仕方ねぇ。そんときゃ他の村にでも行って、別のクエストを探すまでよ。


 ◆◇


 俺たちは三日後のクエストまでは暇なので、テキトーにポイント稼ぎになるようなクエストはないかと、ここ《リロイ》の冒険者ギルドに相談してみた、今あるのは赤ドングリ拾いとか、もめ事の多い酒場の用心棒だとか、どれもこれも大英雄様がやる仕事じゃーなかった。


 仕方ねぇから、俺は宿屋でぐーたらと有意義に過ごし、カイはカイで村の魔法使いギルドで氷魔法の講義を受けることに決めたみてぇで、俺たちは昼の間は完全別行動になった。



 ◇◆◆


 そして、いよいよ明日が焔蜥蜴討伐となった前夜、ヤッパリというかなんというか、カイのヤツの得意技、例の心配性が発動した。


「だ、大丈夫かな?…ば、馬車みたいに大きな焔蜥蜴が十匹も…」


「ん?あぁ任せとけって」


「きょ、今日の夕方なんだけどね、魔法使いギルドからの帰り道で、ボク見ちゃったんだよね…」


 ベッドに横たわり、お気に入りの大英雄伝記、その名も《エメロード王立志伝》を読んでいた俺はパタンとそれを閉じた。


「あん?何を見たんだ?」


「う、うん…。えと、多分、焔蜥蜴に挑んだ冒険者たちだと思うんだけど、全身が真っ黒に焦げた、生死不明の人たちが荷馬車に乗せられて治療院に運ばれて行くのを見たんだ…」


 俺は呆れ顔で青ざめたカイの顔を眺めて、溜め息をついた。


「ふーん、あっそ。ソリャまたソイツらにゃ災難だったな。寺院での神聖治療が間に合ってなんとか生きてるといーな」


「……う、うん」


 カイは思い詰めたような顔で魔法杖にすがるようにして、ボーゼンと床を見おろしていた。


「よし!てこたぁよ!焔蜥蜴はまだまだ退治されてねぇってことになるよな!?うんうん、俺の一番の心配がいっぺんに解消したぜっ!そっかそっかー!」


 俺は安堵して、思わず寝転んだままガッツポーズになった。


「そ、そりゃそうなるけど……ほ、本当にルカは怖くないの?馬車より大きな焔蜥蜴が十匹だよ?それにボクの使える氷魔法は初歩の【コールドアロー】だけだし…」


「あん?ちーっとも怖かねぇな。なにせヤツらを倒すのは、お前の二番目の得意技の魔法でも、この長剣でもねぇ、この俺様の最強の能力【バッドコンディション】なんだからな」


「あ、うん。そりゃそうだけど…もしも、もしもだよ!?そのバッドコンディションが上手く発現しなかったらさ」


「ん?そーだな。俺様のバッドコンディションにも弱点はある。そりゃお前の心配性がこの俺にうつって、俺自身がバッドコンディションを疑うことだ」


「……」


「たった一度だけだが、村のガキ大将のデカブツのカペタとケンカしようっていう前の晩、お前がカペタのワンパクさをアレコレと言ってくれて、俺様を不安にさせたから、翌日の俺はカペタからさんざんに殴られて、もうちょっとでやられるとこだったぜ」


「あ、うん。あのときはゴメン!」


「まぁ今となっちゃゼンゼン気にしちゃいねぇし、そいつが良い教訓になって、俺は二度とバッドコンディションを疑わなくなったから、いいっちゃいいんだけどよ」


 カイは心底申し訳なさそうな顔になって、気まずそうにうつむき、テーブルの上で丸くなって、小さな寝息を立てるサボテンにハンカチを掛けてやった。


「うん。ルカ、弱気な事を言ってゴメンね。明日は頑張ろっ!」


 俺は小さくうなずいて寝返りをうつと、壁にかかった滝の油絵が見えた。


「まぁ心配になるお前の気持ちも分かるけどよ、まぁ火を吹くだけのデカトカゲの十匹なんざ、この俺様にかかりゃイチコロよ!ここは泥船に乗ったつもりでドッシリ構えとけ…ふぁぁ……」


 洗面所に行ったカイが何か言ったみてぇだが、俺はそのまま寝入ったみてぇだ。


 ◆◆◇


 そうして待ちに待った俺たちの出番の日の早朝――。


 宿屋の一階の食堂で、この間冒険者ギルドで会ったベテラン冒険者たちとはち合わせになった。


 ヤツらはスッカリ火傷も癒えて、健康そのもので朝飯を喰っていた。


 その中の大きな鍔のハットをかぶった女魔法使いが、頬杖でずーっとこっちを見ていたが、俺は無視を決め込んだ。


「いよいよ今日ね」


「ん?だな」


 俺の短い返事にヤツらは喰うのを止めて振り返った。


「死ぬわよ。間違いなく」


 へいへい。本当予想通りのお言葉だよな。


 ズングリムックリの髭もじゃも俺を睨み付けるように見た。


「そーだぜ。アンちゃんよぉ、悪いこたぁ言わねぇから俺たちと交代しな。若い命をムダに散らすこたぁねえよ」


「おい、カイ。行くぞ!」


 俺はとっくに朝飯を済ませた相棒に向き、外へとアゴをしゃくった。


「うん」


 なぜか今朝のカイはクヨクヨとしてなかった。どっかチョーシ悪いのか?


 そして魔法杖を取ってから丁寧に椅子を押して元に戻し、少し歩いてベテランたちにお辞儀した。


「あの、ルカはああ見えて結構、いや、スゴく強いんです。だから心配しないでください。行ってきます!」


 おっ!中々頼もしいこと言ってくれるねぇ!


 そーそ!どんなバケモノ相手だろうが俺様は負けねぇ!

 さぁて《普通》のベテランども!この近未来の大英雄様の活躍を見てろよ!


 俺はまだギャーギャーと何かをわめくヤツらを放って、早朝のクセにカンカン照りの外へと、意気揚々と出て行くのだった。

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目指せ大英雄!!~平凡戦士のルカは今日も最強でした~ 有角弾正 @arukado

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