第3話 サラマンダー発生中!

 俺たちは翌朝早くに起床し、手早く支度を済ませ、宿の主人にこの辺りで一番大きな街はなにかと訊くと、大陸街道を循環する【定期馬車】で楽に行ける街なら、【バダス】ってのがあるらしい。


 俺はとにかくデカイ獲物クエストが欲しかったので、迷わず次の行く先をそのバダスに決めた。


 この提案にカイも特に不満はないようなので、早速、定期馬車の発車時刻を確かめようと、村の前の街道に向かった。



 ◆◇◇


「えーと、バダス、バダスーと…。ん?バダス行きは、ただいま【運休中】だとぉ!?」


「えっ?あ、本当だ。このソクトンの隣村近くの街道で、炎蜥蜴サラマンダーの群れが暴れてるから通れないみたいだね…残念」


「おいカイ、その炎蜥蜴ってのはなんだ?」


「え?あぁ、ボクも魔物図鑑で読んだだけなんだけど、その炎蜥蜴はね…」



 ◇◆


 ふむふむ、どうやらその迷惑な魔物とは、大人の男ほどの大きさの凶暴なトカゲで、その体には常に炎をまとっていて、その上、炎のフレイムタンとかいう灼熱の吐息を吹くらしい。


 うーん、きたきた!コリャオークなんかよりダンゼン魔物って感じだよなー、っておい!


 俺は指を鳴らして、運休案内の【炎蜥蜴】の文字を差した。


「おいカイ!こりゃまたメチャクチャラッキーだなっ!!」


「えっ?ラッキー?バダスに行けないのがどうしてラッキーなの?」


「おいおいカイ?お前まだ寝ぼけてんのか?これぞラッキー以外のなにもんでもないぜ!だってよ、今隣村に行きゃー、トーゼンこの炎蜥蜴討伐のクエストが出てるに違いねぇだろ!?」


 お利口なカイ君もやっと気付いたのか、ナルホドなるほどと何度もうなずいた。


「そっか。この辺りは田舎だから、炎蜥蜴の群れともなれば、さすがに村の自治体だけでは手に余る状況だよね。なら早く行かなきゃね」


「そーだな。他の冒険者たちに横取りされちまわねぇよーにな!」


 幸先もよく次の獲物を見つけた俺たちは、早速、その魔物騒動でてんてこまいの隣村までの定期馬車を待って、それに意気揚々と乗り込んだのである。



 ◆◇◆


 その《リロイ》って村は、あちこちサボテン、いや俺たちの飼ってる手乗り猫のサボテンのことじゃなく、あのトゲトゲの方のサボテンだらけの寂しい村だった。


 俺たちはその村の入り口で冒険者カードを提示して、そこで冒険者ギルドの場所を訊き、寄り道なしで鼻息も荒く駆けつけたのである。



 ◆◇◆


 おっ!!あったあった!


 俺様の見立て通り、そこのほったて小屋みてぇに小さな冒険者ギルドの掲示板には、デカデカとした貼り紙で、《超急募!街道の炎蜥蜴討伐!》と告知がしてあったのだ。


「やったねルカ、ちゃんとあったね。それに、このクエストのランクもボクたちが受注できるギリギリのCだよ!ツイてるね!」


「ニーニー!」


「サンキューサボテン!よーしっ!コイツでまた大英雄に一歩近づけるってもんよ!」


 俺は闘志に燃え、上機嫌で冒険者ギルドの受付へと向かった。



 ◇◆◇


 うえっ!?結構混んでるじゃねぇか!こんな田舎になーんでこんなに冒険者がいるんだよ?


 俺はご立派そうな鋼鉄鎧の戦士、女魔法使い、革鎧の盗賊、神官服の僧侶たち等々、様々なライバルらを眺めて頭を抱えた。


 ◆◇


 そこでそいつらの話をよくよく聞けば、村の近くの街道に炎蜥蜴が異常発生してから早半月が経つらしく、近隣の冒険者たちが我こそは!とこぞって駆けつけ、もう幾つものパーティが討伐へと向かっているらしい…。


 あらま、完全に出遅れたってヤツだな、コリャ。


 俺が落ち込んでいると、不意に待合室のドアが開かれ、また新たなパーティが入室してきた。


「おいおい!まーだ増えんのかよ!勘弁してくれよなっ!」


 舌打ちして言うと、カイが俺の肘をつついた。


「ルカ!見てよ、あの冒険者たち全身包帯だらけだよ!それに装備があちこち焦げていない!?」


 俺はうなだれるのを止めて、その四人組を見上げた。


 確かにそいつらのローブや鎧には【スス】がついて黒く変色していたし、手足には包帯を巻いていた。

 中にはひどい火傷面のヤツもいた。


 そいつらはビッコを引きながら俺たちの向かいの席に腰掛け、悲壮感タップリに呆然とたたずんでいた。


「お、おい。もれなく悲惨な感じのとこ悪ぃんだけど、ちょっと訊きてぇんだがよ?」

 

 俺はベコベコになった鉄兜をかぶった、茶色のもじゃもじゃヒゲの先を焦がして白くした、ごっついチェーンメイルの戦士に話しかけた。


「ん?なんだ?」


「あぁ、それってさ、ヤッパリ炎蜥蜴にやられたのか?」


「ちっ!そーだよ。あの忌々しい炎蜥蜴どもめ!聞いてた情報とはぜんぜん違ってよ、スゲェ強さだったぜ!」


「へぇ。そら災難だったな。で、殺ったのか?」


「いんや、今回はしくじった……。ヤツらときたら遠慮なく炎を吐くわ、大きさも馬車くらいあるわで、そんなのが十匹もいやがったんだぜ!?あれでクエストランクCはあり得ねぇわ!」


「あ、あのボク、カイっていいます。炎蜥蜴って氷魔法に弱いらしいですが、どうでした?」


 カイがヒゲもじゃの隣の大きなツバの帽子をかぶった、包帯グルグルの痩せた女魔法使いに訊いた。


「あら、あなたも魔法使いみたいね。私はタバサ。一応クラスBの魔法使いだけど、あんなに大きな炎蜥蜴なんて、みたことも聞いたこともないわ」


「ど、どうも。タバサさんはクラスBですか…とっても強いんですね」


「痛たたたた…ん、まぁね。でもヤツらには自慢の【アイスエッジ】も【ブリザードストーム】もまさに焼け石に水だったわ…。で、カワイイあなたは氷魔法をどこまで修めてるの?」


 ん?あいす?ぶり?なんだそれ?あーあれか?氷魔法の名前か。


「そ、そうですか…ボクは、今のところ氷魔法は【コールドアロー】しか使えません」

 

 なぜだかカイはうつむき、なにかを打ち明けるように、ひどく辛そうに言った。


 すると、焦げた冒険者たちはお互いの黒くすすけた顔を見てから、誰からともなくプッと吹き出し、一斉に笑い始めた。


「おいおい!コールドアローってのは氷魔法の初歩の初歩じゃねぇか!?そんな腕であのトンでもねぇ化け物たちに挑もうってんじゃねぇんだろうな?」


「オホホホ!あ痛たたた!お、お願いだから、あ、あまり笑わせないでちょうだいな!」


「ん?なーんで笑うんだ?」


 俺はヤツラの爆笑の訳がまったく分からず、首をひねってカイを見た。


「う、うん…。えと、この人たちはみんな凄く優秀な、クラスBのベテラン冒険者みたいだよ……」


 俺様の親友は泣きそうな顔で言った。


「ん?それがどーした?」


「う、うん。あのさルカ……このクエストに挑むのは《なし》にしない?」


「はっ?なんで?せっかくのチャンスをボウに振ろうってのか?」


 ベテランどもがまた大笑いした。


「だぁら、お前たちヒヨッコ二人じゃーどう逆立ちしたって無理っつってんだろ?火傷が痛むからあんま笑わせねぇでくれよな?」


 神官服のツルッパゲの男も陰気に笑って、トドメにコンッとプリーストスタッフを床に突いた。


「あぁ可笑しい。ズバリ、このクエストはキミたちにはまだ早い。あの炎蜥蜴の群れは、私の精神力が回復して、もう一度みんなに治療魔法をかけて再度挑戦するから、キミたちはもっとやさしい他のクエストに挑みなさい、ね?」


「うるせー!なんでテメェにそんなこと指図されなきゃなんねぇんだぁ?俺たちはちゃーんとクラスDだから、このクエストを受ける資格はじゅーぶんにあんだよ!!それにな、こう言っちゃなんだが…」


 ヤツラは俺の冒険者クラスを聞いて、またバカ笑いをしてのけぞった。


「も、もういいよルカ…。ボク、は、恥ずかしい…」

 

 ん?なぁんで泣いてんだコイツ?


「あー、次のパーティの方どうぞ!」


 声に振り返ると、冒険者ギルドの担当者が受付の申請書に指を差して待っているのが見えた。


「おっ!やっと俺たちの番か!はいはーい!」


 俺は尚も爆笑するベテランの負け犬どもを完全に無視して、颯爽と受付へと向かった。


 よーし!ちょっと火を吹くデカイだけのトカゲなんて、この俺様のバッドコンディションでボッコボコにしてやるぜっ!!

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