語り合い木の下

城崎

『学校からの帰宅』というのは田舎の、しかもバスが通っていないほど奥のほうに家が存在している子どもにとっては、とてつもなく労力のいる一大事だ。もちろん学校から出てしばらくは、友だちと笑い合いながら帰れる。しかしある地点を越えれば、そこは滅多に人も車も通らない道だ。その道を共に行く友だちは皆無。一面に広がる田んぼの間を、ただひたすら1人で歩き続けるだけ。それはもはや、己との戦いだ。その最中に自分は、さまざまなことを考える。学校のことだとか、友だちのことだとか、家のことだとか。

こうやって自らの状況を客観視しているのも、そのさまざまなことの内の1つだ。こうしていると自らが小説の中の語り手になったみたいで、帰るのも少しは楽になる、ような気がする。

そうこうしている間に、森の木陰に差し掛かった。さっきまでおかしくなりそうなほど照りつけていた西陽は木々らに阻まれ、自分には届かない。むしろ涼しい空間へと入ったことに安堵しながら、絶えず歩みを進める。

もうすぐで家だ。そう思うと自然と足が速くなる。

そんな時。ポンポンと肩を叩かれ、なんだろうと反射的に振り返る。振り返る途中で伸びてきた指に、頬を突かれた。

「うわっ!」

「ニシシ! また引っかかったッスね!」

子どものように笑うのは、自らのことをドラゴンだと称する”ディアナ・ファーヴニル”さんだ。事実、彼女の頭上には黒く艶のある角が堂々と存在している。

「絶対ディアナさんだと思いました。でも、肩を叩かれると振り返ってしまうんですよね」

「もしも私が悪いドラゴンだったら、殺されてるッスよ」

「ディアナさんは優しいじゃないですか」

「平和ボケしてるッスね。私の世界だったらそんなのは通じないッス」

「う、それは否定出来ません……」

こんなことを言ってはいるものの、ディアナさんは本当に優しい。彼女は自分の隣に並び、同じように歩みを進め始めた。

「ちょっと寝不足みたいッスね? 昨日もラノベ読んでたんスか?」

「そういうディアナさんだって、昨日の夜眠れなかったからさっき起きたんじゃないですか? 寝癖がついてますよ」

「ねぐっ!?」

彼女はいそいそといった様子で、髪の毛を整え始める。

「そ、そういうのは気付いても指摘しないのが吉ッスよ!」

「わ、分かりました。次からはそうします」

ディアナさんは、廃屋だと思っていた近くの家をいつの間にか改築して住んでいたドラゴンさんだ。律儀にもこの地域の人たちに、菓子折りを持って挨拶をしに来た。それは自分の家も例外ではなく、窓から見えた角を見たときには、思わずここが現実かどうか疑って頬をつねってしまった。頬は痛かったし、彼女を出迎えた母もまた「すごいファッションねぇ。その角なんて、重たくない?」と言っていることから現実なのだと理解した。いや、もしかすると彼女の存在をなんでもないことのように理解している母を始めとしたこの辺りの人の方が現実ではないのかもしれないが。……考えておいてなんだが、そんなことはないだろう。そんなことがあったら、かなり困る。

「昨日はディアナさんにおススメされた本を読んでたんですよ」

「えっ、どれッスか!?」

先ほどまでの少々不機嫌な表情は何処へやら。一瞬のうちに目をキラキラと輝かせながらこちらを見つめてくる。率直に言ってかなりかわいい。

「滅んだ先の世界で、魔物と戦う主人公がカッコいいって言ってたやつです。やけに鮮明な人類が疲弊している描写は、めちゃくちゃディアナさんが好きそうなやつだなーと思いました」

「そうなんスよ! そのもはや絶望ともいえる状況の中でこそ立ち上がれるところが、主人公サクマのカッコいいところッス!」

やっぱり人間は危機に瀕してこそ輝くッスねという不安極まりない台詞を聞きながらも、そうですねと相槌を打つ。分からなくもない。危機に瀕する主人公がそれを回避したり脱したり過程には、一種の感動を覚えるから。

彼女は自分にとって唯一の、幅広くライトノベルの良さを語れるドラゴンさんだ。まさか人間ではない人と本について、しかもある程度は読む人を選んでしまうライトノベルの話を出来るとは思いもしなかった。

「ですが、いくらなんでもあんな時代に重火器が量産されてるのは現実みがないかなと思いました」

「多少はフィクションってことで目を瞑るべきッスよ。楽しければオッケーッス!」

「それもそうですね」

そうして話をすること数十分。木陰を超え、日差しは随分と穏やかになっていた。周りではヒグラシが鳴いている。家の目の前まで着いた折、彼女が僕の制服の裾を引っ張った。

「まだ明るいんスから、もう少し話していかないッスか?」

上目遣いに発せられた言葉に、僕は首を縦に振った。夏はいい。明るい時間が長いから。



後日。帰宅途中に肩を叩かれ、叩かれた方とは逆から後ろへと振り返った。

「今日は引っかかりませんよ、ディアナさん」

「引っかか……? いや、道に迷ってしまって、大通りに出る道を教えてほしいんですが」

そこにいたのはディアナさんではなく、知らない人だった。

「あっ、す、すみません! 大通りはですね、ここから真っ直ぐ行って……」

後から本当のディアナさんに出会い、また彼女のイタズラに引っかかってしまった。悔しい。

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