夏が終われば




「いってきます」



翌日の午前十一時半。

おじさんとの約束があった私は、玄関で靴を履きながら家の中に向けそう言うと、一人で家を出た。


カンカンと照りつける太陽の光に目を細め、自転車にまたがると裏道に抜けたタイミングで力一杯ペダルを漕ぎだした。


漁港までの近道になる細い裏道は、少し傾斜がかかっていて普通に進んでいくとスピードが弱まり遅くなる。


だけら気を抜かず、足に力を入れながら自転車を走らせる。



見上げた青空は目にしみるほど痛く、ものの数分で額には汗が浮かんでいた。

ジリジリと肌が焼かれていくような感覚。


夏本番の猛暑という言葉が相応しい、そんな日だった。



関東と関西圏の中央に位置する、ここ静岡県の港町は、全国有数の遠洋沖合漁業の基地として有名な場所だ。


近年は、水揚げ量や水揚げ金額で全国二位にもなった。

カツオやマグロの水揚げを主とした遠洋漁業が盛んで、海斗のお父さんはそこで漁師さんをしている。



海の近いこの町は、強い潮の香りが空気中に混じっていて、漁港に近づくにつれその匂いはより一層強くなっていく。


嗅ぎ慣れた私なんかは、それをなんとも思わないけれど。

慣れない人の中には、この潮風の匂いが苦手に感じる人もいるような気がする。


でも、それにさえ慣れてしまえば本当にいい町だ。


都会にはない、ゆったりとした時間が流れる港町。

細い裏道を抜けると、目の前に広がるのは太平洋の海だ。



青い空に青い海。

太陽の光に照らされた海面が、キラキラと輝くように揺れている。


船着場を横目にさらに進んでいくと、漁港のそばの市場にある、食堂が見えてきた。


走ってきたのは十分と少し程度なのに、自転車置き場に自転車をとめた途端に、ハァっと息が切れた。


暑さのせいでやや疲れた体。

頰を伝ってくる汗を拭いながら歩き、食堂の入口から中をのぞく。



「夕海、こっちこっち」



すると、食堂の一番奥のテーブル席にすでに着席しているおじさんが私に気付いて手招きしてきた。


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ずっと君を探してた 時永 幸 @sachixxx1983

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