繋がる視線と戸惑う心⑤
「えっ?あ…プール?」
「うん、プール。いつも海だしたまにはプール行こうぜ。西高の近くのプールがリニューアルしてスライダーが変わったみたいなんだ」
駿はそう言うと、後ろをちらっと振り返って話を続ける。
「陽太も詩織も、明後日空けておいて。集合場所はーーー」
朝の九時に、詩織の家の前。
淡々と話を進めていく駿の横顔は、普段と同じようだけどいつもとどこか違う。
何故か少し、違和感を抱いた。
だけどそのまま予定はアッサリと決まって。
「じゃあ明後日ねー!」
「またなー!」
詩織と陽太、私と駿。
交差点で帰る方向が二手に分かれた私たちは、またね、と手を振り合ってそれぞれまた夜道を走り出した。
だけど二人きりになった途端、何故か空気がシーンとなり、会話という会話もないまま気付けばもうすぐ家に着く。そんなところまでたどり着いていた。
そして、駿は右に私は左に。
分かれるはずのT字路に着くと、駿が突然ブレーキをかけて止まったので慌てて私もブレーキをかけた。
普段なら、あまりこういうことはない。
こんな風に止まったりすることもなく、お互い自転車を走らせたまま、じゃあねと分かれてきた。
「どしたの?駿」
いつもと違う駿の行動を不思議に思いながら、そう聞いた。
すると視線をこちらに向けた駿は、私を真っ直ぐ見つめて。
「もう、いいかな」
と、突然そんな言葉を口にした。
「な、何がいいの?」
言葉の意味が全然わからなくて、すぐにそう聞き返した。
「三年」
「えっ?」
「今日で三年。海斗がいなくなって、もう三年が経った」
「…うん」
「だからもう、海斗のことは忘れないか?」
「っ?な、なんでそんなこと…」
予想外の言葉と、やけに落ち着いた声とその表情に、戸惑いを隠せず言葉に詰まった。
「あいつがいなくなってからの三年。夕海はずっと、苦しんできた。今日だってそうだ。海斗を思い出して、泣いて、苦しんで。でも…そんなおまえをずっと見てきた俺も、そろそろ限界なんだよ」
「限界?どういう意味?」
「海斗がいた頃も、正直切ない想いはしてたけど。いなくなってからはもっと、その気持ちがどんどん大きくなって」
「ちょっ、だから、何を言っ…」
「夕海は気付いてなかったと思うけど、俺、ずっとおまえのことが…好きだった。海斗と夕海が、付き合うようになる前からずっと」
何を、言ってるの?
駿の言葉に、頭が真っ白になっていく。
「わかってたよ、おまえ達がずっとお互いに好き同士だったてことは。いつも一緒にいたからこそ、昔からわかってた」
「…うん」
「それに俺は、海斗も夕海も二人のことがめちゃくちゃ好きだったし、大切だったし…だからこそ、おまえ達二人の邪魔はしたくない、一生黙ってりゃそのうち夕海への想いも変わるときがくる。そう思って、自分の気持ちには蓋をし続けてきた」
言葉を選ぶように繋がれていく、知らなかった駿の想い。
一体いつから?どのタイミングで?
全く気付くこともなかったから、わからないことばかりでわかりやすく心が困惑する。
だけどそれを知ってしまった今、私はひどく動揺していた。
「駿…あのね」
「まだ、何も言わないでほしい」
なんとか声を出した瞬間、冷静な駿の声が私の口の動きを止めた。
「急にこんなこと言って、夕海を困らせてしまうことはわかってた。ただ、わかっててほしかったんだ。夕海が海斗を想うように、俺もおまえを想ってたってこと」
真剣な眼差しに、心臓がバクバク鳴る。
私が海斗を想うように、駿は私を想ってくれていた?
それも、私たちが付き合うようになったあの頃よりも前からだと、さっき駿は言っていた。
だとしたら駿は…いつも私たちのそばにいながら、どんな想いで普通に振る舞ってくれてたんだろう。
「この三年、ぼろぼろになってた夕海を俺なりに支えてきたつもりだ。支えながら、ずっと考えてきた。これから先も、海斗を想い続けるおまえを黙って見ているのか?って。だとしたらもう、俺には夕海を支え続けるのは無理かもしれないって、今日はっきりと思ったんだ」
掠れるような切ない声に、胸がぎゅうっと、締め付けられる。
痛くて痛くて、たまらない。
「海斗がいなくなった、高校生だった頃の俺たちももう、十九歳だ。大人になっていくんだ。生きてる俺たちはずっと、これから先もずっと、どんどん歳を重ねていく」
でも、と駿は言う。
そして少しの間を空けて。
「海斗の時は、止まったままだ。どんどん大人になっていく夕海とは違う。変わっていく夕海のそばには、あいつはいない。だから…もう、前を向いていかないか」
そう言って、私に答えさせるタイミングを作った。
たしかに、止まったまま。
私の中では、海斗はあの頃のまま変わってない。
あの頃よりも顔の丸みはなくなり、身体つきは少し痩せ、髪も長く伸び…少し変わってしまった私とは違う。
でも。
ひとつだけ、変わっていないものがある。
「ごめん、駿」
一向に薄れない、変わらない海斗への想い。
「正直、駿の気持ちを知って驚いた。知らなかったぶん、申し訳なくも…なった。でも、それでもね」
忘れることなんて出来ない。
駿の気持ちを知ってもなお、今でも私は海斗が好きなんだ。
そう、口にしかけた。
「待つから、俺」
だけど続きを口にする前に、駿が先にそう言って。
「別に、焦ってない。ずっと片思いしたんだぜ?そんな、今すぐ夕海に好きになってもらいたいとか、そんなことは考えてないから」
私に優しく微笑んだ駿は、ゆっくり前を向いてくれたらいいと、笑った。
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