繋がる視線と戸惑う心④



「ごめんな、夕海」



泣き止むまでそばで静かに待っていると、しばらくして顔を上げた陽ちゃんは空を見上げながら「ハァッ」と大きな息を吐いた。


そして、シーンとしていた空気を切り替えるようにパチンと強く手を叩く。



「よしっ、戻るか」



その声に頷くと、陽ちゃんは黙ったまま私の前を歩いていった。



「遅かったなぁ、何してたんだ?」



駐車場に戻ると、陽ちゃんのお父さんは袋の中のビールを取り出しながら私たちを交互に見てそう聞いてきた。



「んー、アキラじいちゃんと話してたの。久しぶりだったから、色々話してたら長くなっちゃって」



私が先にそう言うと、陽ちゃんはうつむきながら「そうそう」と相槌を打ちながらつぶやく。


幸い駐車場が暗かったおかげで、周囲に陽ちゃんの表情ははっきりとは見えない。

泣いたことを気付かれたくないからか、陽ちゃんは空いていた長椅子に体を倒すと「あー、疲れた」と言ってそのまま眠るように目を閉じてしまった。



私も何もなかったかのように、元いた場所に腰をおろすと、なんだか力が抜けて小さなため息がこぼれた。



それから一時間ほど経つとようやく宴もお開きになり、片付けを親たちに任せることになった私たちは、一足先に家路につくため河川敷の近くに止めている自転車を取りにいくことになった。



「お先に帰らせてもらうね」



ゴミ袋を片手に辺りを掃除している大人たちに声をかけてから、歩き出そうと踏み出した…その時。



「夕海」



私をそう呼び止めたのは、海斗のお父さんの声だった。


声のした方に目を向けると、後方にいたおじさんが私の元まで小走りで駆けてきて。



「今日は、ありがとな」



そしてそんな短い言葉のあと私の頭をポンポンっと撫でたおじさんは、少し間を空けて私に言った。



「明日、何か用事はあるか?」


そんな問いかけに、首を振りながら「特にないよ」と答える。



「そうか。じゃあ明日の昼、漁港市場の食堂においで。夕海に話したいことがあるから、飯でも食べながら話そう」



何故か真剣な眼差しでそう言ってきたおじさんにこくりと頷くと、帰り道は気をつけて帰れよと優しく微笑んで私たちを見送ってくれた。




「やっと涼しくなってきたね」

「そうか?蒸し蒸しするけどなぁ」

「昼間に比べたら天国だろ」



三人の会話を聞きながら、ひと気もかなり減ってしまった川沿いの道を進みたどり着いた臨時の駐輪場。



「夕海、いける?」

「うん大丈夫」



駿の言葉にそう答えると、それぞれ自分の自転車にまたがった私たちは夜道を颯爽と走り出した。



夏の暑さに拍車をかけるように朝はけたたましくセミが鳴き、毎日その声で眠りから覚めてしまうほど五月蝿くて困るのに。

夏の夜は凛としていてとても静かに感じる。


ミンミン、シャンシャン、と大合唱を繰り返す鳴き声は聞こえないし、涼しい風に吹かれながら夜空を見上げていると…ふと思う。



「夏の夜って、落ち着くよね」



ペダルを漕ぎながらつぶやくように言った私に、隣を走っていた駿が「ん?」と聞き返してきた。



「小学校の頃に、星の観察の宿題ってあったでしょ?」

「あ、あったなー、そういうの」

「それ私も覚えてるよ!夕海と海斗がすっごい丁寧に観察ノート書いてたやつだよね」



駿と話していると詩織のそんな声が後ろから飛んできた。

そして、その隣からも。



「俺も覚えてるぞ!夏の大三角だっけ?イラストまで綺麗に書いてて、二人とも先生にめちゃくちゃ褒められてたよな」



懐かしい思い出を口にする、明るい陽ちゃんの声がした。



「あははっ、よく覚えてるね」



ついつい笑みがこぼれ、遠い昔に想いを馳せる。

もう、十年?それくらい前のことなのに、記憶は全く霞んでいない。


夏休みの宿題でだされた星の観察という随分ざっくりとしていた課題。

その課題に、私と海斗は夢中になって取り組んだ。




きっかけは、些細なことだった。



「どっちがよりわかりやすく丁寧に出来るか、出来た方には大好きなカキ氷を毎日食べさせてやる」



お互いのお父さんが揃って口にした、そんな馬鹿げた煽り。

今思い返すと、そんな口車に乗った私たちも馬鹿だったと思うけれど、まだ幼かった私たちはほいほいと好物に釣られてしまい「よし!」とやる気を出したのだった。


毎晩どちらかの家の庭で星の観察をしつつ、昼間は学校の図書館で星座の本を読み漁り、気付けば二人して星を見ることや調べることに夢中になっていた。



「デスブにベガにアルタイル…本当懐かしい。あれって何年前だったのかなぁ。結局あれがきっかけで、夏が来たら何故か毎年のように夏の大三角を見るようになってたんだよね」



夏を振り返れば、思い出す。

あれからどの夏も、毎年海斗と星を探してた。

いつだって、海斗と……



「っていうかさ、明後日プール行かない?」



思い出に浸っていたその時、突然そう言って話を変えてきたのは隣にいた駿だった。



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