後編


何を言っているの?

命の価値は、平等じゃないのよ。


 後編


 自宅でインスタントコーヒーに砂糖を入れ、飲む。

 やはり味は、解らない。


 殺しの仕事は続く。

 失敗はしようがない。する部分がないからだ。単純作業の繰り返しに、殺しと自分が関わることは無い。

 現場に行くにしても事件のかなり前。

 バレるのかもしれないが、それを考える余裕はない。

 そんなことを考える前に終わらせてしまえ。

 と思っていたから、だんだん手際は良くなっていった。


 そして、疑念も、深まっていった。


 殺しの仕事は続く。


 ある仕事。俺は台所からミートナイフを一本持ち出し、仲介人に会った。隠し持ったミートナイフに手をかけ、話をする。


「貴方は何者なんです」

「何者でもありません。ただの依頼者です」

「いや、そう言うことじゃなくて」

「ではどう言うことです?」

「貴方は本当に人なのですか?」

「人、とはつまり?」

「……貴方からは、人間味を感じない」

「それがあなたの仕事と関係しますか?」

「いえ、しませんが……」

「ならば良いでしょう。」

「いえ。痛みは……」

「は?」

「貴方は痛みを感じるのでしょうか……」


 仲介人の喉元にミートナイフを突き立てた。血は、出なかった。俺は恐怖におののきながらも、ミートナイフを抜き取る。やはり血が出ることはなく、傷口が塞がって行く。

「痛イナ、何ヲスルンデス」

 と、仲介人は言った。


 俺は逃げた。絶叫をあげて。


 気が付くと、公園にいた。

 化物に呑まれている。そうかも知れない。

 この社会には、あんなのが紛れ込んでるんだ。


 逃げなければ。幸いにして、金はある。

 通帳も保険証やクレジットカードなどの身分を証明するものも、財布のなかだ。身一つあれば、きっとどうにかなる、どうにでもできる。


 電車に乗り込んで、地方へと向かう。

 地方路線を乗り継ぎ乗り継ぎ、田舎へと進む。


 時にはホテルで、時には無人駅のホームで。

 宿をとり、休み、見えない化物から逃げる日々。

 怯えながらも、休まず旅を続ける。


 そんな夜中。とある無人駅のホーム。

 ホームに明かりがつき、周りは一面田んぼ。

 まるで自分が、暗闇の中にぽつんと浮かぶ孤島の住人であるかのように錯覚する。


 しかし、一人ではなかった。

 ホームには人がいた。


「貴方ハ危険ダ。殺サナクチャ……」

 両手でしっかりと握られた刺身包丁。

 細身な刃が、ホームの蛍光灯に閃く。


 これでも腕には覚えがある。

 何故だかは思い出せないが、対処法は解っている。

 走ってきた男の手を避けつつ、包丁を持つ手を蹴り付ける。痛みで刺身包丁を取りこぼしたところで、頭を押さえ、膝蹴りを何発も入れる。

 血は出ずとも、生き物であることには変わりなく、男は腹を抱えてうずくまる。


 そこに、リュックサックから取り出した大振りのナイフを、首元に突き立てる。脛椎の折れる嫌な音がしたが、気にせず何回か突き刺す。


「ウ、痛イ……」男は呻く。

 まだ死なないか。

「そうか、頭だ」

 バッグのなかには、こんな事もあろうかと、ハンマーも入れておいた。それを取り出すや否や、頭へ目掛け、ハンマーを降り下ろす。

 一発で脳みそやら頭蓋骨やらがぐっちゃりと潰れ、男は少しばかりぴくぴくと痙攣して、動かなくなった。

「ふう。」

 自身の周到さに助けられた。


 俺は逃げ続けた。

 しかし逃げる間に、心に余裕が生まれた。

 余裕が生まれると、今度は暇な時間ができる。

 その間に、色々なことを考えた。


 奴等に依頼され、

 仕事をする間には無かったものだ。


 俺は地方の喫茶店に入り、ホットコーヒーを頼んだ。やってきたコーヒーの臭いを嗅ぐ。

 ああ。これだ。この香りだ。何杯か砂糖を入れ、混ぜて溶かすと、コーヒーのカップに口につける。


 これがコーヒーの味だ。これが砂糖の味だ。


「お兄ちゃん、何か食べるかい」

 と、店の奥から店主とおぼしきお婆さんがやって来る。

 お婆さんは俺の顔を見て、

「あんたぁ、ずいぶん美味しそうに飲むねぇ」と感心しているふうに言う。

「ええ…とても、美味しいです……」

 ついでとばかりにケーキを食べる。ショートケーキの甘ったるさが、脳を包む感覚があった。


 会計を済ませ、喫茶店を出る。ドアについた鈴が、機嫌良さげに音をたてる。


 目の前に男がいた。黒ずくめでパーカーを羽織り、目深にフードを被っている。顔はマスクと真っ黒なサングラスで見えないが、手にはナイフが握られていた。


 と、俺の首に冷たいものが通り抜けていく感覚があった。ナイフの刃が、俺の首を一文字に切り裂いたのだ。


 血は、出なかった。

 ああ、そうか。俺も、俺だって……。


 嫌な事実だが、心は晴れやかだった。


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砂糖の味 三つ組み @mitugumi

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