第87話 想定外の展開と結末
難波さんが合流すると、西晋高校野球部の集団は外野観客席の方へと消えて行った。
「――で!!清水さん、今の人!!」「元カレ?!どうなの!!」
「おしえてよぉおおお」「何があったのー?!」
西晋高校野球部の姿が見えなくなると、すぐさま女子マネ4人が清水を取り囲む。
「別に元カレじゃないですよ。付き合った時間なんて、1ミリ秒もないです」
「じゃあ振ったどうこう、っていうのは?」
「中学野球時代の先輩なんですけどね……自分の実力に自信ありまくりの、いわゆる『天狗キャラ』の先輩で。入部しばらくした1年部員の私に、『俺と付き合わない?』って言ってきたんですよ。それで『今は誰とも付き合うつもりはありません』って断ったら、もう1週間も経たないうちに暴言を浴びせるようになってきて」
「「「うわぁ――」」」
「3年生だから、引退するまで半年の我慢だ……って思ってたんですけど、野球推薦で進学するからって、勉強しないで部活にずっと参加してるし、2年の先輩も同じように、私以外の女子部員に当たるようになってくるし。最初は女子部員も3人くらいいたんですけど、3カ月もしないうちに私だけになってました」
「「「うーわー」」」
「実際、筋力に関してはどんどん男子との差が開いてきたのを感じてましたし、先輩はもちろん、指導員も女子は最初から相手にしてませんでした。だから見様見真似、独学でどうにかついていったんですけど……実力が同程度の男子部員や、少し下の男子部員もレギュラーに選ばれてるのに、私はメンバー外で、2年の後半から3年の1学期は、ほぼバッピ専任でしたね。『左利きだから』っていう理由で。監督も先輩も同期も、男は全員敵としか思えませんでした」
「「「……わぁ…………」」」
「もう野球そのものを辞めちゃおうか、とも思ったんですけど」
「「「うんうん」」」
「夏の甲子園で大暴れする山崎先輩と、弘高野球部を、テレビで見ましてね」
「「「なるほど――――!!!!」」」
「野球部は辞めて、自主トレと受験勉強に切り替えました。そして現在に至ります」
「わかるわぁ――!!伝説の乱打戦!!アレは燃えた!!」
「あたしもあたしも!!受験動機は甲子園の弘高野球部です!!」
「あたしも!!アレで弘高に入ろうと思ったもん!!」
「あたしもアレで志望校変えたなー。問題集解きながら甲子園見てた」
清水を取り囲んだ4人がキャーキャー騒ぎまくっていた。姦しい、というのはこういう事だという実例のような現場になっている。そしてそれを少しだけ遠巻きにして見ている男子部員達。
「え?清水って中学ではいじめられ系?俺とおんなじ??いや、俺は告白とかされた事無いんだけど。その点だけは清水はリア充寄りなんだけどさ」
「あいつは俺かな」「中学野球の先輩には、いい思い出が無いわぁ」
「俺は後輩にもいい思い出が無いよ」「ほぼ雑用係だったなあ」
「俺もモブのザコ扱いだったなあ」「俺、あだ名が『ボール拾い』だった」
「お前もかよ……俺、引退しても『ボール出し係』って呼ばれてたぞ」
「確かに、3年になっても雑用ばかりでしたね……」
などという声が1年生達から聞こえる。
どうやら今年の1年生は、大なり小なり中学野球時代の闇を抱えているようだ。そしてそれは清水も同様であり、今回の対戦相手には中学時代の闇が混ざっている、と。
「――そんな訳で、清水は今回スタメンに入っています」
さり気なく伝えてみる俺。
「そういう理由か。山崎の仕業だな」「普通に継投投手枠だと思ってた」
そういう事なんです。山崎の意向は基本的に通ります。
どうやら山崎は少し前に清水から『中学時代の愚痴』を聞かされていたらしく、相手が西晋高校なら『せっかくなので』清水をスタメン起用してやって欲しい、という事だったのだ。――もっとも、西晋高校の情報は適当に収集していた程度だったので、因縁のある『先輩』がレギュラー入りしていたかどうか、という事までは知らなかったみたいだが。
難波さんがメンバー外でもベンチメンバーでも、清水がスタメンに入っていれば、いい意趣返しになるだろう……くらいの考えだったと思うが、これが因果というものか。直接対決の機会がやってきた、という事である。そして難波さんは3年生。これが最初で最後の対決という事でもある。ちょっとした意趣返しどころか、報復の機会になってきた。
ちなみに、難波先輩が西晋高校に野球推薦枠で入る事は、清水が在籍していた野球部で大きく取り上げられていたため、中学の野球部部員なら全員が知っていたらしい。――進学先が明星ではなく西晋だった、という事が微妙と言えば微妙ではある、のだが。
「あと清水」
「あ、はい」
俺は清水に声をかけた。そして、山崎から受け取っていた封筒を手渡す。
「中を見てみろ」
「――はい。…………これは……」
封筒から取り出したルーズリーフを、広げて見る清水。俺は山崎が目の前で書くのを見ているので、文面を知っている。
【 炎 】
一枚目はそう書かれている。
きっとどこかで見かけたネタに違いない。俺にも意味は分からん。
【 発進せよ 】
二枚目はそう書かれている。手紙らしきものは以上だ。俺は指示に従っただけ。
もう何が何だか分からん。雰囲気で何をやれ、という意味なのかは理解できるけど。
「……つまり、『封印を解け』という事ですね」
あ、やっぱりそういう意味なんだ。清水が言うからそういう答えでいいよな。
「えーと……つまり、今日から改造スタイルって事?例のやつ?」
松野キャプテンが聞いてくる。
「そういう事ですね。よろしくお願いします、松野キャプテン」
「山崎のやつ、現場に居ないのに存在感を感じるよなぁ」
まったくですよ。
その後、試合前のインタビューを早めに切り上げて屋内練習場で投球練習時間を作る事などを監督と打ち合わせして、俺達も外野席に向かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そして俺達の試合、本日の第3試合が、いよいよ始まる。
『『『お願いしま――――す!!!!』』』
互いに礼を交わし、ベンチへ駆け足で戻る俺達と、グラウンドとベンチへ分かれる西晋メンバー。今日の俺達は先攻、ベンチは3塁側だ。
そしてすぐに、西晋高校の事前情報に無い『池谷 英樹』という名前のピッチャーが、どのような存在かを知った。
――パァン!!
池谷投手の投球練習。大きく良い音が、ミットで鳴り響く。
高校野球では、特別な場合でない限り球場のスピードガンは機能しない。そのため正確な速度は不明だが、目測でおそらく……150キロオーバーの速度だろうと思われた。山崎を除けば県内屈指の、全国でも注目株の投手、明星の木村さんに迫る……もしかしたら同等の球速で投球できる投手。そういう事だった。
「……速いなぁ」「いい音出してるわー」
「明星の木村さんの他にも、あんなのいたんだ」
俺達のベンチから、それぞれの感想が飛び出す。
「情報に無かったよな?もしかして隠し玉ってやつ?」
「とっておき、という事かねぇ」
「あちらさんの秘密兵器、という事じゃろか」
あらやだ奥様、あの投手わりとスゴイですわよ。ほんとね奥様。
……みたいな緊張感を欠いた会話が交わされる、弘高ベンチだった。
「緊張感無いですね、先輩方」
「お前もな」
今日のスタメンに起用されている清水が、打撃防具を確認しつつ、マウンドを見ている。チラリと7番……レフト守備の難波さんを見ると、何かニヤつきながら、こちらを見ているのが分かった。どやぁ、という表情な気がする。
「速いですねぇ」
「だな。身長もあるし身体も厚い。パワーだけなら明星の木村さん以上かもな」
俺も投球練習を見ながら、清水へ言葉を返す。
「北島先輩は、どう見ます?」
「パワーはある。持ってる球種は分からんが、たぶん直球押しに自信のあるタイプじゃないかな。コントロールは甘いかも。適度に荒れる球が、かえって打ちづらくなってるかも?」
投球練習の様子を見た感想、そのままを答える。
「厳しいと思いますか?」
「バカな。150キロオーバーの直球、荒れる球、不意に混ざる変化球、そして意表を突く迷い無きビーンボール。それらを繰り出す、俺達の【 未完の最終兵器・改 】の劣化コピーなど、恐れるに足りん」
俺はそう答えた。
そうなのだ。
確かに、今現在マウンドで投球練習をしている彼は、県下屈指、もしかすると国内現役高校球児でも有数の速球派投手かもしれない。だが、それがどうしたと言うのだろうか。我々、弘前高校野球部の擁するピッチングマシン【未完の最終兵器・改】【金子くん】【桑田くん(新人)】相手に訓練を積んだ、我ら弘高野球部打撃陣を恐れさせる程のレベルでは無い。
ウチのピッチングマシンの【金子くん】【桑田くん】は、どちらも普通だ。が、山崎が野球部の予算を使用してさらに改造した、出所不明、安全規格無視のハンドメイド(推測)マシンである【未完の最終兵器・改】程では無い。殺意という名の魂が封じ込まれているとしか思えない、陰で【キラーマシン】と呼ばれる、あのマシンの対抗馬となり得るには、池谷投手はまだ『修行が足りない』と言わざるを得ない。もちろん、変化球が恐ろしくキレる、というのならば話は別かもしれないが。
ただ速いのが自慢ならば、それは適度に打てるピッチャーに過ぎない。もちろん、投球の駆け引きにはキャッチャーの能力が大きく関わってくる。現時点で問題にすべきは、池谷投手の能力ではなく、彼の球を受けるキャッチャーの能力だろう。
そして、キャッチャーが池谷投手の速球の力を過信するタイプの人間ならば、俺達は何も心配する必要など無い。そういう事だ。それもじきに分かる。
いよいよ試合が始まる。山崎の意向により1番バッターとなっている清水が、バッターボックスへと歩いていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
(……なかなかスタイルいいな、あの女)
礼をしてボックスに入る清水の姿を見ながら、そんな事を考える池谷。
野球をするぐらいだから細身の筋肉質なのが普通だろうに、胸も尻もけっこう出ている。下半身は鍛えている結果かもしれないが、あの胸はなかなか見事だ、と。
(……ま、俺の三振ショーの第1号と考えれば、哀れな事だが)
本気で投げれば、150キロ後半に届くのだ。いずれは160キロの壁を破り、プロへと鳴り物入りで入ってやる。今日はその記念すべき伝説の幕開け。超高校級投手、池谷 英樹の、伝説がここから始まる。
(……山崎とかいう、化け物呼ばわりされる10割打率の女子がいるらしいが……まあ、来年に当たる事があれば、俺の敵ではない事を証明してやるさ)
池谷は、大きく振りかぶり、清水への第1投を投げた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――キィン!!
鋭い打撃音。速い打球だ。
「左中間の奥まで飛んだなー。2塁かな。3塁まで行けるかな」
「前進気味の守備だったからな。奥で守ってりゃシングルだったのにな」
「レフトって例の『フラれ先輩』だろ?わざと流し打ち?」
「いや、単に振り遅れじゃねーの?やっぱ速いわ、あの直球」
「タイミング修正しよっと」
3塁側の弘前ベンチでは『わーい』と歓声を上げた後、好き勝手な感想を口にしていた。
マウンドでは茫然とした表情の池谷投手が、打球の飛んだ方向を見ていた。……たぶん変な打撃フォームの女子に、いきなり打たれるとは思ってなかったんだろうなあ。まあ実際、今の初球打ちは出来過ぎだ。ラッキーヒットの要素も大きいと思う。
だが、まさかの1発をもらうと心が揺れがちなのが、経験の浅い投手。そして心に揺れが生まれると、投球に問題が発生しがちなものだ。
そして打てるうちに打って相手にプレッシャーを与えるのが、基本的に打撃偏重スタイルで構成されている、弘前高校野球部なのだ。
そして弘前高校の攻撃は続き――
1回表が終わるまでに、俺達は6点を入れていた。
※※※※※※※※※※※※
「……くっそ……こんな事……」
「ウチの秘密兵器が、こんなに打たれるなんて……」
「池谷の真っすぐ、150後半なんだぞ?!どうなってんだ?!」
「打撃の弘前、マジモンだったか……」
1塁側の西晋ベンチでは、愚痴のような言葉ばかりが飛び出す。前向きな言葉はまるで出ていない。
「おまえら、いい加減にしろ!!点を取られたら取り返せばいいんだ!!気持ちを切り替えろ!!それと木島!!池谷の球威に頼りすぎだ。もっと頭を使って予想を外せ!!次からは上手くやれよ!!」
「「「は、はいっ!!!!」」」
監督の大声に、反射的に返事をする部員達。ともかく、今度は攻撃なのだ、気持ちを切り替えようと、全員で投球練習を始めた女子投手を見る。すると。
「「「「……はぁ――――?!!!」」」」
そんな声が、異口同音に上がったのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『『『『……はぁ――――?!!!』』』』
そんな声が1塁側の西晋ベンチから上がった。
どうだ、珍しかろう。左のアンダースローは。
ちょっぴりドヤり顔で、西晋ナインの中にいる難波さんを見てみる。彼もやはり、口をあんぐり開けて、マウンドの清水を見ている。『話が違う』と言わんばかりだ。
そうなんだよなあ……もうすでに昔の、中学野球時代の清水など、どこにもいないんだよな。山崎が関わってしまったからな。
先発、清水 良子。ほどほどに打たれるまで投げさせる予定。
左打ち左投げ、もともとはスリークォーターの投球フォームだったが、山崎の指導と訓練により、アンダースロー……地を這うようなサブマリン投法を身に着けている。現在ではこちらの方が得意のフォームだ。投球技術も、それ用のものを磨いている。『秘密特訓』だの『秘匿兵器』だの『とっておきの奥の手』だのといった浪漫ワードが好きな、山崎のビルドによる結果である。どこかで投手のローテーションに入れる時まで秘匿していたのだが、もちろんその理由は『ドラマちっくだから』という、ただそれだけの理由だった。
『女子の左投手なんだもん!!やっぱりアンダースローでなきゃ!!』
山崎は帰り道がてら、そう言っていた。
他に理由なんて無いみたいだった。
『いずれは魔球を投げさせたいわよね!!』
という事も言っていたな。きっと漫画ネタが理由に違いない。
正直、山崎が仕込んだ投球技術のせいで、初見の相手には魔球的に打ちづらいボールになっているんだが。もうこれでいいんじゃないかな。
『いやー、育成って楽しいわね!!数値が見られればなぁ』
そんな事も言っていたな。育成ゲームかよ。
あいつは前から……それこそ幼稚園の頃から、俺をゲームの育成ユニット扱いしている節があったが、同期の竹中や前田、先輩達に比べると1年生に対しては容赦が無いような気がする。俺と同様に、自分の財産扱いしてるんじゃなかろうか。ゲームキャラか。それとも改造プラモ扱いなのか。
『あんたも同罪だし仲間じゃん。いっしょに1年を鍛えたでしょ?』
ちくしょう。脳内山崎が俺に語り掛けてきやがる。
『楽しくやろうよ、悟。素直になれば楽しいわよー。ふひひひひ』
くそう。俺は悪堕ちなんかしないぞ。
……いかんいかん。そろそろ投球練習が終わる。試合に集中しよう。
脳内山崎が『ちっ。もう少しだったのに』と言ったような気がしたが、きっと気のせいだ。ともかく試合だ試合。清水がマウンドで振りかぶり、いよいよ投球を始める。
そして。
――――清水が、3番バッターの難波さんを三振に切って落としたのは、それから間もなくの事だった。三者三振。文句の無い滑り出しである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【 試合途中経過 】4回裏の終了時点
弘前 6 4 2 3 |15
西晋 0 1 2 2 | 5
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ちょっと予想外ながら、だいたい予想通りの状況になっていた。
3回を過ぎた頃から清水のボールコントロールとボールの変化率が急激に悪化し始めたため、西晋打線に急に打たれ始めた。そのため清水は4回中盤で前田と交代している。
これは大体、予想通り。清水は現時点では先発タイプでは無いし、投手としての体力もつけている途中だ。山崎の仕込んだサブマリンからの変化球主体の投球は申し分のないものだし、まったく問題は無かった。
予想外だったのは、思ったよりも西晋の打線を抑え込んでしまった事だ。もう少し打たれるかと思ったのに、現時点での清水の投球体力が尽き始めるまで、ろくに打たれなかった。そのため、4回終了の時点で点差が10点もついてしまっている。
このままだと5回コールド、そして投手としての活躍量の関係で清水が勝利投手という事になってしまう。仮にも実力校扱いの西晋相手に、だ。これは予想外だった。
あと、150キロオーバーの速球を投げる池谷投手。
彼にも問題があった。
彼はどうやら……変化球は苦手、らしい。とりあえずカーブを投げる事はできるみたいだが、ほぼコントロールが効いてない。直球に自信がありすぎた結果か、それともこれまでの野球環境の影響か。もともと荒れ気味の投球で細かいコントロールがつかないのではないか、と見ていたが。本当にその通りだった。
コントロールが甘く、ときどき速いけど真ん中に放ってくる。コーナーはつけない。外に外すとボール球になりがち。変化球は苦手。あと、どうもキャッチャーとのコンビがうまく機能していない感じだった。
つまり、ほぼ直球しか投げてこない状態の、去年までの【未完の最終兵器】の劣化版という事だ。すなわち、今年の2年3年にとっては、安定して打点を稼げる相手という事になる。それが現在の結果。池谷投手よりも頼れる投手が居ないのか、それとも今後の成長に期待されているのか……彼はまだ、マウンドで投げ続けている。
――キィン!!
打撃音とともに、速い打球が左中間へと飛んでいく。
「おー。よし、また1点入った」
「球威は落ちてないんだよな、球威は」
「速球としては悪くないんだけどな。技が足りてないよな」
「球種を増やしてコントロールを磨けば、いい先発投手になるんだけどなぁ」
「来年に期待だよな」「あとキャッチャーの技術もな。リードも良くない」
などと池谷投手を批評する弘前ベンチの一同。相変わらず緊張感の欠片も無い。
そして。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『――礼!!』
「「「「ありがとう、ございました――――!!!!」」」」
苦い表情で歯を食いしばる西晋高校ナインと礼を交わし、弘前高校の2回戦は、弘前高校の勝利で終わった。
弘前高校 17 ― 6 西晋高校
5回コールドにより、弘前高校の勝利。県予選2回戦突破である。
ほぼついで事だったが、清水の因縁勝負は清水の完勝。
例の先輩は結局、打球を飛ばす事もなかった。全打席が三振である。
そして狙った訳ではないが、結果的に大沢木高校と同じ5回コールド。
雑魚扱いしていた学校とほぼ同じスコアで負けという、ぐうの音も出ない結果。
例の先輩は、今どのような気持ちなのだろうか。
「スッキリしました。ありがとうございます」
ベンチ上の応援団への挨拶を終えた後、チームメイトにも頭を下げる清水。こちらはとても機嫌が良さそう。気分最高!!という満面の笑顔である。
「忘れ物するなよー。外でインタビュー受けたら、すぐ帰るからな」
「「「はいっ!!!!」」」
平塚監督に返事をしながら、手早く荷物を片付ける俺達。今週の試合はもう終わり。景気よく勝つこともできたし、今日の夜はゆっくり眠れそうだ。
何か人間関係的に少々あったけれど、とりあえず今回も勝った。思ったよりも上々の結果を出して、今日の試合は問題なく終了。晩には山崎も退院して帰宅しているだろうし、明日からは学校にも出てくる。食料の密輸も終わり、今まで通りの日常が戻ってくる。
結局のところ、山崎の幼馴染の俺としては、山崎が健康かつ平常運転をしていないと平和で健やかな日常が送れないのだ。どうせ脳内に山崎の姿が浮かんで話しかけてくるようならば、現実の世界で山崎と話しながら3秒ルールを活用していた方が余程いい。別に脳内山崎は水着姿で出てくるというサービスも無いしな。何もお得な事が無いのだ。
そんな、ごく平穏な日常が戻ってくる事を感じて。
俺は清水の次くらいに晴れやかな笑顔を浮かべて、ベンチを後にするのだった。
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