第86話 清水さんと知り合いの人

【 弘前高校、ほぼ1年生のみで初戦突破 】


 ――人数不足により、春季大会に不参加だった弘前高校だが、夏大会には不足人員を新入部員の1年生で埋める事で参加できる事となった。実質2名は1年生メンバーを入れなくてはならない状況のため、新1年生の実力が心配されていたが、ここでも平塚監督の育成手腕が発揮された。


 初戦の相手は大沢木高校。甲子園で数々の伝説を作った去年の弘前レジェンドメンバーが、5回コールドで勝利した事のある相手だ。もちろん大沢木高校のメンバーは変わっているが、実力そのものは去年と大差ないという前評判の相手に、なんと平塚監督は、ほぼ1年生メンバーだけで構成されるスタメンで挑んだ。担当記者もスタンドで観戦していたが、1年生がどの程度戦えるか、大沢木高校を試金石にした、という事なのだと理解はできた――が、我々の予想を大きく上回る実力を、弘前高校1年生は見せてくれた。試合の詳細は省くが、試合結果は 18-3 で、弘前高校の5回コールド勝ちと、去年の弘前レジェンドメンバーに劣らない打撃力を見せつけてくれた。失点はあるが、守備の見直し、投手の問題点を洗い出すには最適の結果とも言える。

 弘前高校の1年生はすべて、一般入学の生徒ばかりである。また、中学野球時代には、ろくな公式記録を残していない選手ばかりだ。才能のある選手がたまたま埋もれていて、その選手達が、たまたま弘前高校を受験した――というのは、さすがに無理があるだろう。すべては入学から今までの、平塚監督の育成による結果だ。


 もちろん彼等(彼女等)は、一流校の選手に比べれば完成度も低く、能力にもムラがあるし粗削りだ。だが、この先の事を考えれば、さらなる期待が持てるだろう。弘前高校はKYコンビの存在に目を奪われがちであり、KYコンビ卒業後の弘前高校野球部については悲観的な見方が主流だったが、今後の結果次第では、その考えを改める必要がある。

 担当記者は、今後も弘前高校を、平塚監督の育成選手の行方を見守っていきたいと思う――



※※※※※※※※※※※※


「記事を上げるのが速いなぁ。今日の昼の試合なのに」

「なんか各社で競争やってるみたいな感じだよ。検索ヒット率が変わるんだと」

 初戦突破したその日の夕方、俺は病院の休憩室で山崎と話をしていた。山崎の手元には、俺が持ち込んだタブレット。高校野球ニュースWeb速報のチェック中だった。


「明日の試合は何時からだっけ?」

「明日も昼過ぎからだよ。13時30分開始、だったかな」

 確か当日の第3試合だ。もっとも、前の試合次第で多少変わるけど。それは良く知ってる。


「相手はどこだっけ」

「私立・西晋高校。最近力を伸ばしてきた、と言われてる学校だな。スポーツ特待枠がある学校だよ。スポーツ強化校……かな?」

「明星高校の下位互換だっけ……あれ?西晋高校……西晋……なんか聞き覚えが」

「いちおう要注意チームになってるからだろ?あと下位互換とか言うな」

 それ、西晋の関係者が聞いたら激怒する種類のやつだからね。


「……思い出した。アレだ」

「どれだよ」

「清水さん。……条件付きで、清水さん出してやってくれない?」

「まあ、特に問題ないとは思うけどさ……どうした訳?」


 斯く斯く。云々。

 えー。なにそれ。やだー。


 そういうの、ちょっとどうなのよ、と思わなくも無かったが。山崎の要望を監督に伝える事にする。これ、『基本的にそのまま通る』やつだけどさ。


「あたしは一応、来週末からは出るつもりだけど。少なくとも明日の試合までは頑張ってね。状況次第だけど、3回戦か4回戦からは参加するからさ。明日には抜糸するし」

「そりゃ良かった。それはそうと……山崎、ちょっと太った?」

「……見て分かるの?」

「顔つきが、すこし」

 むぅー。と、うなる山崎。


「運動量が足りてないなぁ……あと、腹回りの筋トレは避けてるし……でも、食べないのはもっとダメだし。来週からはちょい強度上げていくかぁ」

「傷口が開くような事はするなよ」

「中身は修復できてるから平気よ」

 そう言いながら、荷物の食料を確認する山崎。


 山崎は順調に回復している。というか、もうすでに入院当時の様子は欠片もない。入院患者用のレンタルパジャマの上からはよく分からないが、特に腕や足が痩せた様子も見受けられない。すぐに第一線に復帰できるだろう。……しかしまあ、アレだな。こいつ相変わらずだな。


「山崎、ここは家じゃないぞ」

「へぇーい。気を付けますよー。でもアンタも見すぎ。3秒過ぎてるわよ」

「すみません」

 ちゃんと時間をチェックされていたらしい。迂闊だった。


 その後、山崎と少し話をして、病院を後にした。ともかく山崎は元気だった。そして痩せてもいなかった。どうせスポーツ選手は太ったり痩せたりの繰り返しなのだから、ちょっと太ったくらいは許容範囲である。痩せすぎるのは良くない。俺は深く何度もうなずきつつ、家路へとついた。



※※※※※※※※※※※※


 日曜日、午前十時ごろ。そろそろ第2試合が始まろうかという時間。弘前高校野球部の乗るマイクロバスは、余裕を持って県営球場の駐車場に到着していた。今年の弘高野球部はマイクロバスなのだ。ミニバスではない。

 去年は12人しかいなかったので平塚監督が運転手の(中型限定無しを持っているのだ。世話役としては本当にハイスペックである)ミニバスで良かったのだが、今年からは18人体制なので荷物を含めて父母会の御協力を得ての複数車両を使用するか、安全面を含めてマイクロバスの半日レンタルにするかの選択を迫られたのだ。そして結論として、弘高野球部基金(仮)の資金が潤沢なのをいい事にマイクロバスを運転手・保険コミコミで半日貸し切りにしている。


 なお、実費を出した場合は1人あたり二千円程度になるところだが、野球部基金(仮)の補助金により、公共バスの一区間料金程度の負担金で乗車している。山崎の『完全にタダなのはいけない』という理由によるものだった。


「マイクロバスはトランクルームが有るのがいいなー」

「去年は荷物をギチギチに詰めてたからなぁ」「ありゃキツかった」

 など言いながら、荷物をトランクルームから出す俺たち。


『おい……弘前高校だぞ』

『やっぱり、今日も山崎は居ないな……』


 遠巻きにこちらを見ている学生……もちろん今日の試合に出場する学校の関係者だ……が話しながら、こちらへ視線を飛ばしてくる。

 これも去年の夏とは大違いだ。去年の夏は県予選の決勝戦でも試合前は珍獣扱いだったが、今年は同じ珍獣枠でも猛獣扱いだ。あるいは、在りし日の西部の町の無法者のような扱いというか。我ら弘高野球部は全国規模でも有数の賞金首チームだからな。もっとも、個人懸賞額で最も高い賞金首は欠場中なのだが。――などと、考えていると。


「――久しぶりだな。清水」


 知らない男が、清水に話しかけてきたぞ。

 俺たちと同様に野球のユニフォームを着ている。胸には『西晋』の文字。対戦相手か。


「……ええと……ナンダ先輩、でしたっけ」

「難波だよ!!……1回戦では、ずいぶんと活躍した、らしいな」


 清水の様子からするに、あまり親しい間柄ではなさそうだ、と思える。そうか、これが例のやつか。

 そして『何か面白そうな青春ドラマが始まったぞ』と言わんばかりに、少しだけ空間を開けて観察する俺たち弘高野球部。『なんだろう。元カレかな』『えー?!アレは違うでしょ』『まあ背だけは高いけどさあ』『人間的にちっちゃそう』などと、女子マネもヒソヒソ言葉を交わしている。


「ええ、平塚監督と弘高野球部の先輩の指導のおかげです」


 清水の言葉。やっぱりトゲがある返しだなあ。普通に『おかげさまで』と言わないところが。


「……相手は万年1回戦敗退の学校だったんだろ?自慢するほどの実力がついたかどうか、疑問だけどな」

「ふふふ。嫌ですねえ、難波先輩。私が自慢するとしたら、それは『弘高野球部に入る事ができた』事とか、『弘高野球部が去年の夏に準優勝した』事くらいですよ。山崎先輩を始めとする弘高野球部の先輩を自慢しこそすれ、他に自慢する事などありませんよ」


 言外に『西晋は去年どうだったんですか?』と言っている気がする。

 あと重ねて『中学時代の先輩は何も関わりが無い』とも言っているな。


 ちなみに去年の俺の記憶に、西晋高校が活躍した情報や、注目高校としての情報は無い。たぶん消去法で考えるに、別ブロックで消えたんだろうと思う。場当たり的に試合をやっていた去年、別ブロックはまるで眼中に無かったし。明星にやられちゃったとか、かな?


「…………」

「ああそういえば、山崎先輩に教わったんですけど。『ヒットを打つにはスイングが遅くてもタイミングが合えば問題ない』けど『ホームランを打つにはスイング速度にモノを言わせる必要がある』んですって。私、山崎先輩の指導で、スイング速度が随分と速くなりましたよ。遠くに飛ばせるようになりました。中学の時とは違って」


 難波さん?……の表情が苦くなってきたな。言葉も無い。清水は1回戦の試合でライトスタンドに1本打ち込んでるけど、難波さんはどうなんだろうか。


「…………」

「ピッチングも、山崎先輩の指導で随分と良くなったと思います。中学時代は最後の方、バッピ(バッティングピッチャー)ばっかりやってましたけど、『練習にならねー』『やっぱ女じゃダメだな』とか、色々と言われた気がします。まあ、あんまり覚えてませんけど。ああ、ひとつだけ思い出しました。『タッパ(身長)があっても力が無きゃ話にならねー』『どーせ飛ばねーんだから素振りするだけ無駄だ』とか『男に交じってても使い物にならねーんだから女子部に行けよデカ女』でしたっけ。ふふふ。一つかと思ったら三つでしたね」


「…………」

「ああ、もう一つ思い出しました。『お前、野球の才能ねーよ!!』ってセリフ。誰が言ったのか、もう記憶もおぼろげですけど。誰でしたっけねー」


 誰なんでしょうね。周りの俺たち全員の視線が難波さんに向かう。


「………………」

「才能……才能、ですか。才能が無いと、野球は上達しないんですかねー。努力と指導者の指導次第で、それなりに伸びるのがスポーツなんだと、私は弘高野球部で教えてもらいました。私の同期は誰も彼もが、一流選手に比べれば程遠い実力の持ち主でしたけど……私を含めて、それなりに出来るようになってきましたよ。もちろん、伸びしろがどこまで有るのか、それは分かりません。天才と呼ばれる人には遠く及ばないかもしれません。でも、今の私は悔いなく楽しく野球をできるだけの力を、先輩方……弘高野球部の先輩方の指導によって、身に着けました。弘高野球部の先輩方の指導によって」


 大事な事なので2度言いました、みたいな感じになってますよ清水さん。


「………………」

「山崎先輩を始め、弘高野球部の先輩方はとても度量が広い、信頼のおける先輩方です。まかり間違っても、後輩にフラれた腹いせに、卒業までずっと暴言を叩きつけ続けるような……ええ、もちろんこれは仮の、例え話としての、想像上の誰かさんの話ですけど……そんな度量の狭い、人としての器の小さな人間とは比べ物になりません。私は弘前高校に入学できて本当に良かったと思います」


 少し離れて清水たちの様子を見ている弘高メンバーから、『うわあ』という声が小さく上がる。マジか難波さん、という感じで。


「…………」

「あ、ちなみに私、背番号18番です。難波先輩は何番ですか?参考までに」

「……7番だ」

「あら、レギュラーなんですか?少し意外です」

 にっこり。と、良い笑顔を見せる清水。笑顔だけは。とても良い笑顔。


「……清水」

「ああそうだ、北島先輩」

「えっ俺?!」

 難波さんが何か言おうとした瞬間、俺に向き直り声をかけてくる清水。なんで俺?!このギスギスした空間に俺を混ぜないで欲しいな!!


「北島先輩。……北島先輩は、ご自身の、『野球の才能』は、どの程度だと思いますか?全国に名前が轟く天才バッター北島 悟、その人として」

「ええっ?!」


 なんだその大雑把な質問。このくらーい、とか、手を広げてみるやつ?それとも、プロで通用するレベルとか、世界で通用するレベルとか、そういうの?……そもそも……


「……『野球の才能』って、よく分からんな。というか、俺は別に天才とかじゃないし。仮に『才能』というのがあったとしたら……【野球を楽しむ才能】……とか??とりあえず、高校野球を気楽に楽しむレベル、かな……??」

 俺は首を傾げつつ、そう言うしかなかった。あとは、山崎の我が儘に付き合う才能とか、山崎の理不尽に耐える才能とか、山崎の奇行を許容する才能とか。そんなのだろうか。


「……ふふ。ふふふふ。これこれ、こういうのが弘高野球部の先輩なんですよ。……じゃ、難波先輩。お互い、試合では精いっぱい頑張りましょうか。もっとも私は二桁台ですから、試合に出してもらえたら、ですけど」

 そう言いつつ腕を組み、胸を反らす清水。


 大丈夫なのか清水。握手するつもりなんかねえぞ、という態度なんですけど。山崎に聞いた通り、どうやら色々積もり積もった感情がある相手のようだし、無理からぬ事かも知れない。難波さんは特に何も言う事なく、そのまま踵を返すと西晋高校の仲間の方へと去って行った。



※※※※※※※※※※※※


 難波が西晋野球部の集団に戻ると、さっそくとばかりに部員の一人が声をかけてくる。


「――で、どうだったよ。例の1本足打法の女子は」

「……試合前に、ちょっと凹ませてやろうと思ったんだけどなあ……失敗したわ。なんか、随分とふてぶてしくなってやがった。昔はもっとこう、神経質な感じだったんだが」

 ちっ。と舌打ちする難波。


「平塚監督の薫陶じゃねーの?あと、山崎に弟子入りしたって話もあるし。あの化け物の指導でも受けてりゃ、そら変わるわ」

「おっぱいも弟子級だよな」

「弟子は師匠に似るか」

 わはははは、と笑う部員達。


「弘前高校は2年と3年が少ないからな。昨日の試合も、1年投手2人とも、3イニングも投げてないだろ。どこかで入れて来たら、まず1年を叩く。予定通りにな」

「どっちもコントロール重視の変化球投手として育成中……ってとこだし、カウント稼ぎの甘い球、多少はずれてようが、まっすぐが来たら狙い目だぜ。……ちなみに難波、あの子のボール、どうよ?」

「……中学ん時より速度は上がってるけど、それだけだな。ま、コントロールは悪くない」

 じゃあ特に問題ないな、と軽く流す部員達。


「今日は山崎が居ないんだ。先行できれば充分いける」

「今年の俺達はツイてるって事だな。秘密兵器もいるしよ!!」

 そんな仲間の声に、のそりと体を揺らす、一人の大柄な野球部員。


「頼んだぜ、英樹!!」

「まかしとけ。俺こそがヒーロー。この夏、全国に名を轟かせるのは、この俺だ」

 そう言いながら、のそり、のそりと歩く男。


 池谷 英樹。今年度になってから西晋高校に転入した2年生、オーストラリア帰りの帰国子女である。その男こそが、西晋高校野球部の『秘密兵器』と呼ばれる男だった。

 春大会以降に転入し、第1試合でも投げていない。池谷の投手としての能力は、今日この球場で、初めて明かされる事となるのだ。


 全国級の賞金首である弘前高校の首を狙う西晋高校。全国デビューを狙う新鋭。そして、少しばかりの因縁。

 弘前高校野球部の、夏の県予選、第2回戦の開始は――すぐそこまで、迫っていた。

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