第18話 雲雀ヶ丘女子との挨拶

 梅雨の合間の晴れ間。前日に少々雨が降ったため湿度が高い。

 しかし天気は晴れ。試合は午前10時から。風も微風。上々の野球日和と言える。


 俺たち弘前高校ナインは、県予選が始まって以来のフルメンバー12人による体制で県予選4回戦を戦う事になった。問題なく集合を終えて、県営球場へと向かう。

 各自の体調にも問題はなく、コンディション的にも特に問題はない。もっとも、期末テストが来週に控えているという状況のため、全体としての練習不足が若干ある。加えて前回の実力テストで成績不良という結果を叩きだした2人は守備練習が特に足りていない。


 学業的な理由が主なものだが(さらには今期のスケジュールを決めた県大会開催側、もっと言えば最近の高野連に対する世間の圧力などにも問題がある)、守備練習は不足している。しかし来週は期末テスト期間であり、学校での部活動は禁止(学校では、というのは建前としての部活動は練習を含めて禁止なためである)という事になっているため、来週末の準決勝はさらに過酷な条件とも言える。今日の試合に文句を言う余地など無い。

 それぞれに気合いと覚悟を決めて、現地に到着したミニバスから降りる。


「忘れ物ないか注意しろよー」

 山田キャプテンの声に軽く返事をしながら、周りを見渡すと。


 ―――女子だ。正確には、野球ユニフォームの女子学生の集団がいる。

 なぜ女子だと分かるかと言うと、もちろん顔立ちもそうだが、体つき、ところどころに髪の長い(といっても肩口までだが)女子が混ざっているからだし、なによりも。


 【雲雀ヶ丘】

 の校名がプリントされているからだ。どうやら、到着時間がほぼ同時だったらしい。


「おっ。こっちに来るぜ」

 雲雀ヶ丘女子の集団から、2人ほどがこちらに走り寄って来た。どちらも肩よりも短く切りそろえられたショートヘア。身長は160ちょいくらい。けっこう可愛い。


「はじめまして、弘前高校のみなさん。私は雲雀ヶ丘高校野球部の部長、大滝といいます」

「副部長の佐藤です」

 二人とも折り目正しい礼をする。


「今日はよろしくお願いします。」

「お願いします。」

「あ、はい。こちらこそよろしく、お願いします」

 雲雀ヶ丘の部長、副部長の2人が、こちらはキャプテンのみが(副部長はいない。あえていうなら大槻マネである)礼を交わしあう。あわてて部員も軽く礼。


「…ええと…それで、山崎さんと少しお話したいんですが」

 なんやて。

 大滝さん、ウチの暴れん坊と話したいと申すか。


「私が山崎です。なんでしょうか?」

 当校の擁する問答無用の暴れん坊、山崎が前に出る。いちおう営業スマイル。


「「…おお――」」

 雲雀ヶ丘の2人、思わずというか小さく歓声。


「かわいい!」「すごい!!」

「…どうも。ありがとうございます?」

 敵意のかけらもない反応に毒気を抜かれたか?心に秘めた刃を納めろよ山崎。


「いきなりごめん、山崎さん。女子選手として、ちょっと話をしてみたくて」

「何を食べたらそんなに育つの?!」

 雲雀ヶ丘のコンビネーションがいきなり崩れた。いや、それが目的なのか?いちおう話の前後は合っていないわけでもない。


「ちょっと佐藤!そうじゃないでしょ!ちょっと黙って!」

「いやでもすごいじゃんこのボリューム!少し見習いたい!!」

「鶏肉と大豆です。生キャベツのサラダなんかも食べますね」

 ここで山崎、いつもの腕組みポーズ。ぐいっと豊かな持ち物を気持ち持ち上げて強調しつつ、胸を反らしてみせる。どやぁ、と言わんばかりだ。


「「おおお―――」」

 大滝さん達から歓声が上がる。


「ねぇ、おっぱい重くないの?肩凝らないの?」

 佐藤さんから、おっぱい質問が飛び出す。

「ま、鍛えてますので。それほどでも。あまり凝らない程度に鍛えてます」

 それに律儀に答える山崎。


 なお、大滝さん達のサイズは並である。もっとも野球のユニフォームはゆったりしている作りなので、一枚は脱いでもらわないと正確なところは分からないが。


「ええと…本題としては、山崎さんが、甲子園大会…というか、男女混合の硬式野球部に入った理由を聞きたいんだけど。山崎さん、相当できるプレイヤーだよね?女子硬式野球部のある学校に入学して、女子リーグに参加しようとは思わなかったの?」

 ほう?女子校ながらに夏の甲子園大会に参加している彼女達から、そんな質問が?

 いや、だからこそなのか?


「ひとつは、男子と比較して、本当の実力を示すためですね。」

「…他には?」

「ひとつには、最大の高校野球大会が、夏の甲子園大会だから。」

「…他にも?」

「私が、全国の高校球児たちの中でも、有数のプレイヤーだと示すため。そして」

「…そして?」

「高校卒業時に、ドラフト指名を受けるため。」


 大滝さん達、びっくり顔。しばしの沈黙の後、口を開く。


「…それは…女子では無い方の、プロ野球?」

「もちろん。他の誰でもなく、この私ならば充分に可能性はあると思っています。」

「そうかぁ…すごいね。…まぁ、ともかくは県大会優勝が目標ってわけね。」

「まぁ、とりあえずは?」

「「…ははは…」」

 そりゃ、乾いた笑いを返すほかないよなぁ。無名高が県大会優勝を通過点とかおっしゃるのですから。


「山崎さん。話せてよかったわ。…本気で硬式野球をやっている女子だって分かったし、私たちとの共通点も多いみたいだしね。…さすがにプロを視野に入れてるとは思わなかったけど。今日の試合、私たちも負けるつもりは無いけれど。正々堂々、やりましょう」

「それを望むところです。高校野球の寄る辺となる精神とともに。」


 大滝さんと山崎が握手を交わす。


「私も!わたしも!」と佐藤さんが混ざって3人で。

 そして大滝さん達は礼をして、チームメイトの所へ戻っていった。


※※※※※※※※※※


「どうだった?おっぱい!」「おっぱい本物だった?」「おっぱいの秘訣は聞いた?」

「あんた達それだけか」

 戻るなりチームメイトから、山崎さんのおっぱいに関する質問だけが飛び出す。部長としても人としても、あきれ顔を作るほかなかった。


「おっぱいの栄養源は、鶏肉と大豆だってさ。あと生キャベツ!」

 そこへ佐藤が乗っかる。


「そうか…大豆か。盲点だったかも」「体格もいいしなぁ。やっぱ食べないとダメかぁ」

「生野菜って、苦手なんだよなぁ。…でも今日から食べよう」「大豆買って帰るわ」

 チームメイトが口ぐちに大豆と生野菜について話す中、雲雀ヶ丘の中でも最も長身のプレイヤーにて我が野球部のエースピッチャー、田中が近づいて言った。


「で、山崎さんのプレイヤーとしての実力は?どう感じた?」

「…強い。おそらく、私たちの誰よりも」

 私の言葉に、チームメイトの軽口も止んだ。


「どこら辺から、そう感じたわけ?」

「まぁ、自信満々の雰囲気もそうなんだけど…。近くで見ると、上背も肩幅も、平均的男子プレイヤーの体格に近いし、上半身の筋肉もある。下半身もしっかりしてるし、あれはかなりのパワーがあるよ。長打を狙えるバッターだと思う」

 私たちは長打を狙って打てるだけのパワーが無い。しかし彼女にはあるだろう。


「上半身の筋肉は間違いないよ!あのおっぱいで、肩凝らないって言ってたし!」

「佐藤…あんたねぇ」

「いやいや間違いないよ!胸筋と背筋、肩周りの筋肉を鍛えると、おっぱい持ち上げる力がつくから、巨乳でも肩凝らないって聞いたことあるし。特に背筋!!」

「…マジで?…だとしたら、投球能力もあるかもね。背筋が強いのなら」

 意外にも、おっぱい談義で情報収集ができたのかな。


「…つまり、打者としても、野手としても、油断ならない相手って事か。」

 田中は『ふーむ』と言って少し考える素振りを見せて。


「あのさ大滝。作戦は分かってるんだけどさ…やっぱ最初は、勝負させてくんない?ほら、相手チームの実力を測るためっていうか。」

 言うと思った。基本的にピッチャーは強気で、お山の大将気質が向いていると言われる。うちの田中もそうだ。自分の実力に自信があり、自分の投げる球で相手を打ち取ることにやりがいを感じているタイプなのだから。


「…山崎さんだけ、最初の1打席だけよ。」

 まったく、しようがない。


「やった!キャプテン愛してるぅ!!」

「やめなさい」

 ワーイ、と両手を広げて近づく田中を避けて歩き出す。

 そして自分の手を見る。素振りと投球で硬くなった、タコだらけの手。


――――彼女の手も、硬くて強かった。自信を裏付ける、強い手だ。


「…でも、私たちだって。自信がつくだけの練習はしてきた。勝負よ。山崎さん。…弘前高校野球部の皆さん。準決勝への切符は、私たちがもらうわ。」


※※※※※※※※※※


「監督。キャプテン。皆も」

 ウォーミングアップの準備をしている時に、山崎は監督とキャプテンだけでなく、皆に聞こえるように口を開いた。ちらり、と雲雀ヶ丘女子を見て。


「…思ったよりも、雲雀ヶ丘の仕掛けは早いかもしれません。初回からいきます」

「……そうなのか?」「…なぜそう思った?」

 問いに対し、軽くうなずいて山崎は言う。


「私の身体をじっくりと観察してきました」

 お前は何を言っているんだ。


「あと、おっぱいの肩凝りを聞いてきました」

 意味がわからないよ。


「おそらく、事前調査で私の打撃能力には注意していたのでしょう。体を観察していたのは、筋肉のつきかたを観察するため。おっぱいの肩凝りは、背筋の筋力についての探りだと思われます」

 あぁ、背筋があると巨乳の肩凝りが軽減されるっていうやつ…って、ホントにそれが目的で聞いてきたの?ただの世間話じゃないの?いつもの山崎すこし不思議話じゃないの?


「相手のピッチャーの性格にもよりますが、最初の様子見くらいはあると思います。付け入るならそこです。相手は女子チームです。『女子選手の敬遠策・・・・・・・・』を邪魔する『男の自尊心』なんかありません。2打席以降、まともに打たせてもらえるか分かりませんから。」


 そうか。強打者ステルスもここまでか。

 …まぁ、相手が女子チームだし、次のチームが舐めてくれる可能性も残っているけど。

 どうやら、打者としての山崎 桜が、本気を出すようだ。


 3回戦までの対戦チームには悪いが、今までは相手が弱かった。そのためもあって、山崎が本気を出す必要もなく適度な力加減で勝ち進むことができた。

 しかしベスト8ともなると、さすがにそうもいかないようだ。もっとも、それが女子チーム相手にとは、予想はしていなかったが…


 初のフルメンバーでの試合は、全員本気の試合になるようだ。

 ちらりと雲雀ヶ丘女子を見る。

 その姿は、心なしか大きく見えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る