第17話 桜せんせいのスイート授業(ミーティング)

「さて皆さん。ミーティングの時間です」


 最近は恒例となった、試合前の『山崎 桜せんせいのスイート授業』の時間である。

 何曜日とは決まっていないが、対戦相手の情報がそれなりに集まった時点で開催される、不定期ミーティングである。今回の講義内容は、むろん次回の対戦相手、雲雀ヶ丘女子の戦力分析と対策に関するものだ。


「では、女の子の体と男の子の体は、どう違うのか。北島くん答えなさい」

「あれっ?!保健体育だった?!」

 おかしいぞ。野球部のミーティングだったはずだ!


「どこが一番違うのか。わかりやすく答えなさい」

「…ええっと……」

 周りを見ると、スッと目を逸らす者、どう答えるのか期待を込めた視線で見る者と、大きく二派に分かれていた。共通するのはどちらの派閥も助け船を出すつもりが無いという事。おのれ裏切り者どもめ。


「答えは?」

「…おっぱい、とか…?」

 自爆覚悟の回答です。


「惜しい。おっぱい星人としては満点でしょうが、野球部としては〇点です。」

「野球部としての回答だったんだ」

 正解を聞かせてもらおうじゃんか。


「正解は【生殖器の違い】です」

「クールな答えですね。それが野球部クオリティですか。どう野球に関係するんですか?」

 おおいに異論があるぞ。クールに聞き返してやる!


「さて、皆さん。野球は『パワー』に結果を左右されがちなスポーツです。もちろん技術が皆無では話になりませんが、バットのスイング速度、ピッチングの球速など、筋肉のパワーによって左右される部分が多い。ここに関連してくるのが、『筋肉量』と、それを左右する『男性ホルモンの量』です。そして、男性ホルモンの多くは、『男性生殖器のうちの一つ』から多く分泌されます」

 うそぉ。つながってきやがったよ!


「いわゆる『筋力』は、『筋肉線維の本数』と、『筋肉線維の太さ』によって決まります。これが【筋肉の物理的なパワー】となります。筋肉線維の本数は、幼少時の運動内容、そして分泌される男性ホルモンの量によって、ほぼ決まります。そしてこれは男児の方が、女児よりも多い。そのため、男性は年齢とともに筋線維が肥大していくとともに、女性との筋力の差が顕著になっていきます。成熟した男女で比較して、男女比はおよそ3対2と言われています。女性が腕力で男性に勝てないと言われる所以です」

 まじめな筋肉の話になってきたぞ。


「つまり理論上は、幼児期の女児に男性ホルモンを投与し続け、運動を選んで行わせる事により、男性と同等以上の筋肉を身につけた女性に調整する事は可能という事です」

 調整とか言うなよ。なんか秘密結社の改造人間みたいな話になってきたよ!どっかの社会主義国家が実験中な気がしてゾワゾワするし!!


「ですが、一般家庭では不可能な話です。つまり、雲雀ヶ丘の女子は、しょせんは普通の女子という事。パワーにおいては普通に鍛えただけの女子。同等に鍛えた男子には敵わない。それが現実です」

 いちおう、対戦相手のミーティングになってきたな…


「では北島くん。女子は絶対に、男子に力で敵わないと思いますか?」

「それはないな!!勝てる女子だっているさ!!」

 もちろん俺は即答した。だって生きた見本が目の前にいるものな!!野球部全員が、小さくうなずいている。


「はい。正確には【部分的にはほとんど差がない】というべきですね。女子と男子は、上半身の筋肉量は大きく違いますが、下半身の筋肉量は上半身ほどではない。また、筋力の違いは筋肉線維の本数の違いによって出ている差であって、筋線維1本あたりの能力は、同じ太さであればまったく同じ程度なのです。そして、反射神経は男女の差が無い。」


 ん?…という事は…


「投球能力、打球速度や飛距離は女子が劣る。しかし、短距離の走力と瞬発力、反射能力においては、男女の差なんかない。おそらく雲雀ヶ丘の守備能力は並の男子チームよりも上だと思われる。特に内野守備は長距離走力ではなく反射神経・瞬発力に頼るところが大きい。雲雀ヶ丘の内野守備は強固だと見るべきね。内野エラーは期待できないし、外野手前の打球も、場所によってはアウトに取られる。ほぼ間違いなく、雲雀ヶ丘は守備能力重視のチームです」


 なるほど。ウチは打力を重視しているチームではあるが、今までのようにはいかない、という事か。今までよりも、1点が重要になるな。…守備に関しては、強豪校レベルと見るべきか…甘く見ると調子を崩されると。


「ちなみに、スタミナという点においては、野球はスタミナにあまり左右されません。状況にもよりますが、攻撃時にはベンチで休憩もできますし、水分や栄養の補給もできる。また、常時動きっぱなしではなく、瞬間的な動きを休みながら繰り返す、というスポーツ。長時間のスタミナは筋肉等に蓄えられた栄養量に左右されますが、攻撃と守備を交替する1イニングの繰り返しである野球においては、それほど大きな影響が無い。…実はね、野球っていうのは、こと守備に関しては、スーパープレイ等の特殊な例を除けば、あまり男女の優劣がつかないスポーツだったりするのよね。」


 ここまでくると、もう全員が真剣に聞いていた。


「雲雀ヶ丘の1試合を通した動画はないので、部分的な動画をこの後に視聴した上で、試合を通した打撃・守備内容の記録を各自に配布した上で、対応策を説明します。その上で、各自、守備と打席において、どう動くべきかを考えておいてちょうだい。」


 ―――そして、俺たちはタブレットに映し出される雲雀ヶ丘の試合内容を見て。雲雀ヶ丘の試合内容の記録に目を通した。


※※※※※※※※※※


「…これは…」「確かに女子は女子だが…」「打撃が弱いだけで男子チームに遜色ないな」

「投手も速度は遅いが、コース取りがいい」「キャッチャーのリードもな…」

「変化球も速度は遅いが、球種は多い」「三振ではなく、凡打を打たせる投球だな」


 もともと自分たちが弱小校だという自覚あってか、それとも山崎 桜という規格外女子がいたせいか、雲雀ヶ丘を舐めている様子はまったくなくなっていた。

 雲雀ヶ丘は弱敵などではない。そう感じたのだ。


「つーまーりー。雲雀ヶ丘は、『女子だって男子に負けてないんだぞぉ♪』って、態度で言ってる、すごくイラつく野球部だって事よね。パワーの差は技術と努力で埋める!ってね!…おのれ!それはあたしのセリフと見せ場でしょーがっ!!人の見せ場を次から次へとかっさらう暴挙!ゆるすまじ!!!」

 あっ。クール山崎さん終了のお知らせ?ここ最近の山崎さんが帰ってきた!


「まぁともかく」

 あっまたクールさんだ。


「相手はどうにかしてこちらの打線を封じて、1点差勝負に持ち込もうとするでしょうね。今までの3試合が、ほぼそういった展開だもの。それしかできないとも言えるけれど、それが最も得意とする戦法とも言える。内野守備は少し練習メニューを変えるけど、それ以外は特に特別な練習を追加するつもりは無いわ。こちらはこちらで、得意の戦い方で、雲雀ヶ丘を打ち倒す…撃ち落とすのみよ!!」

「せんせい。質問があります」

 ちょっと気になった。


「なんですか北島くん」

「なんで『撃ち落とす』って言いなおしたんですか?」

「だって、雲雀ヒバリって、春先に田圃や畑の上空とかでピーチクパーチクうるさいやつでしょ?猛禽に叩き落とされて食われるか、地上から撃ち落とされるかの2択じゃない?撃ち落として焼き鳥にしてやるわ!」

「あれ確か畑の益鳥だぞ。それにピーチク鳴いてるのはオスだし」


 細けぇ事はいいのよ!とにかく気に入らないんだから!!


 などと。

 山崎 桜せんせいは、最終的に荒ぶってミーティングを終えたのだった。



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