第16話 荒ぶる怒りの山崎

 夏の全国高校野球甲子園大会、地方予選大会。F県は次の週末から4回戦を迎える。

 F県の県大会トーナメントは、6回戦まで。つまり準準決勝。ベスト8が揃ったという事になる。

 この時点において、県内の高校野球関係者や高校野球ファンから、ひときわ注目を浴びた高校があった。夏の甲子園出場に情熱を傾け、鎬を削る男子高生の中で、女子生徒による勝ち星を上げ、ベスト8にまで勝ち残ってきた高校。


 県立・雲雀ヶ丘高校。歴史あるである。


「…まさか、雲雀ヶ丘が勝ち残ってくるとは…」

「ある意味で完全にやられた。」「山崎の最大の敵とも言えるなー」

 ここは弘前高校野球部の部室前。放課後練習中の休憩時間である。


 チームメイトは皆、前日の自分たちの試合の反省などではなく、県大会の勝敗速報、そして自分たち弘前高校ナインの次のである、雲雀ヶ丘女子(校名には『女子』とは入っていないが、通称としてこう呼ばれる)の話題ばかりを口にしていた。


「なんだっけ?Web速報の記事の煽り文句」

「確かこう。『夏大会に挑むシンデレラ!』とか『夏の向日葵に混じる可憐な朝顔』みたいな感じのやつだった」「ほんとまさか、3回戦突破とか。初戦で消えると思うよなぁ」

「だがしかし女子というだけでは侮れない。それは俺たちが一番知っている」「うむ」

 間接的に話題にされているのは、もちろん当校の秘密最終兵器、山崎なのだが…


 ―――チッ!!


 山崎 桜は、盛大に舌打ちをしていた。


「…潰してやるわ…小娘どもが、ちょうしに乗りおって……」

「お前はどこの格闘漫画のボスなんだよ。あと同年代だから。同じ高校生だから!」

 あと年上もいるはずだからね!

 必要以上には目立ちたくない。秘密最終兵器だから。でも適度に注目されたい。承認欲求があるんだもの!などという感じの気持ちが噴き出している女が、女子野球部員としては応援してもいいはずの女子高硬式野球部の進撃にイラ立っていた。


「納得いかない。私に対する注目度が足りない。ベスト8ならそろそろ来るはず」

「来るって、何が?」

 俺の言葉に、山崎は勢いよく振り向いて言った。


「地方誌とかF県新聞とか、地元振興Web雑誌とかのインタビューに決まってるでしょ!!なんであっちの高校は記事になってるのに、あたしの所…弘前高校には取材申し込みが無いわけ?!」

「…まだ県予選だし、ベスト4でもないし、あっちは全員女子だけど、こっちは2人以外は男子だし…インパクトかなぁ。あと参加校唯一の女子高だし?」

 山崎は『がっでむ!』とか言って地面に当たり散らすように足を踏み鳴らす。そうか、これが地団駄というものか…


 雲雀ヶ丘女子は、地元Web雑誌とか地元高校野球速報とかに、チームキャプテンのインタビュー記事が掲載されていたらしい。女子校の硬式野球部でありながら、なぜ夏の甲子園大会に参加しようと思ったのか、実際に参加してみてどう思ったのか、など。

 そして彼女のコメントが以下のようなものだった。


『私も小学校までは男子と一緒に野球をしていました。現在、どのくらいの力が男子と違うのか、それとも女子でも方法次第で男子と渡り合えるのかを確かめたかった』

 これを読んだ山崎は「あたしが言うセリフじゃん!」と言っていた。


『女子選手の参加を認められている大会で、是非とも実力を試したかった』

 これについても山崎は「あたしが言おうと思ってたのに!!」と。


『甲子園に憧れていたんです。目指すは優勝です』

 これも山崎は「なまいきな!」とか言っていた。すでに返しがヒドイ。


「おのれ…おのれおのれ雲雀ヶ丘女子め…おとなしく女子硬式リーグにでも参加しておればいいものを…夏の甲子園大会に参加した事を、後悔させてくれるわぁ……」


「いや、こんな殊勝な人が普通に負けたって、『精一杯頑張りました!』って言うだけで、後悔なんてしないと思うよ?お前はどんなひどい事するつもりなんだよ」

 というか、俺たちと3回戦まで対戦して負けたチームの男子部員も、山崎の存在を知っている保守的男子も、山崎に対してはそう思ってる奴がいるんじゃないかな。


 お前が言うなよお前が。

 口には出さないが、チームメイト全員がそう思っているところ。トンビに油揚げをさらわれる、的な事をやられて逆上している様は、とてもとても見苦しい。反面教師とはこういうものを言うのだろう。

 雲雀ヶ丘女子は別に山崎を狙ってやったわけじゃあるまいし。逆恨みの見本かな。


 しかし。ベスト8か。

 ここまでくれば、我らが弘前高校も無名からの躍進だし、まぐれ勝ちだと思われていようがなんだろうが、それなりにチェックされているはずなんだが…


「ウチの高校も山崎も、そんなに注目されてないの?」

「いちおう、『打撃がかなりのレベル』のチームとして、相応に注目されているみたい。でもベスト8のうち、ウチと雲雀ヶ丘の他は県大会優勝争いの常連校ばかりだし、さほどではないようね。…あと、あたしの場合は一部で注目されている節はあるんだけど…」

「そうなの?あ、エゴサーチでもしたか?」

「……おっぱい」


 山崎の一言に、休憩時間の空気が凍りついた。

 ――そうか。みなまで言うな山崎。なんとなく察したぞ。


「おっぱいスポーツ女子だとか、巨乳ひゃっはーとか、そんなのばっかし!お前ら!あたしの打率は10割でしょーが!!出塁率10割の1番打者ってだけで注目しなさいよ!!そりゃあ県予選大会ではそんなのザラでしょうが、あたしはレアな女子選手ですよ!!」

 荒ぶる山崎 桜。だんだんと地団駄を踏む。


「…山崎さん…雲雀ヶ丘の1番も、出塁率10割だよ…?」

 火に油を投下したのは大槻マネだった。そうか…マネージャーらしく、相手チームの情報を少ないながらも収集してたんだな。しかしこのタイミングで言う事じゃなかったぞ。


「お の れ !怨敵雲雀ヶ丘!!おっぱい星人ども!!」

 そこを一緒くたにしてやるなよ。まるで雲雀ヶ丘女子がおっぱい星人みたいじゃないか。


「あー、山崎。学校側からも、セクハラ発言に関しては、抗議・削除依頼を出しておくから…あんまり感情的には……」

「何を冷静ぶった事を!先生だって他人事じゃないでしょーに!!!」

「えぇ?!」

 荒ぶる山崎をなだめようとした平塚監督(先生)に、思わぬ言葉が返ってきた。


「え?なんで?監督がなんか言われてるの?」

「…知らないんですか?下火のうちに消した方がいいかも知れないのに…」

「なに?何があるの?!」

 慌てる監督に、山崎は言った。


「いわゆる『キャスティングカウチ疑惑』です。あたしの実力を冷静に分析すれば、その可能性は低いと分かるんでしょうけど…こういうの、関係ないですからね。炎上したら面倒な事になりますよ…?」


 キャスティングカウチか。

 映画プロデューサーとか映画監督とか、あとテレビ番組の実力者とか。そういう配役に関する実権を持つ権力者が、配役と引き換えに女性役者やタレントとかに、性的な関係を強要するセクハラだな。

 なるほど。スタメンに起用する代わりに、ウチの監督が山崎にセクハラを強要したと?


「「「ははははは!!!」」」

 部員一同、思わず笑い。


 そんな事したら、平塚せんせーの通夜が当日だぜ!みたいな。ウチの認識からすれば、バカバカしい事この上ない。野球の実力はもとより、単純な運動能力でも山崎の身体能力は普通の男を上回る。しかも平塚先生は温厚で運動不足な痩せ型。勝てるわけがねーよ!!

 あとウチの野球部で一番発言力があるのは山崎なんだぜ!キャスティング権限が誰にあると思ってんのか!!

 まぁ一般的には監督がすべてだろうけど。普通の高校野球部では、監督だな…


「笑いごとじゃない!!――ちょっと調べてくる!あと任せた!!」

 平塚監督、あとはキャプテンに任せたとばかりに、ダッシュで消えていった。おそらくは職員室のPCで状況を確認するのだろう。そして速攻で抗議・削除依頼だな。


「…さぁて、練習を再開しましょうか。小娘がどんなボールを放るのかは知らないけれど。我が校の擁する金子くん、未完の最終兵器の力よりも上かどうか…試してやるわ」

「今日のお前ってば本当に悪役っぽいな」


 あと金子くんも未完の最終兵器も、所有器物であるピッチングマシーンであって、選手ではないんだけど。擁するって何。やっぱ魂が宿ってるの?

 ゆらりと立ち上がる、我が野球部のキャスティング権力者にして秘密最終兵器。彼女の戦意は高まり続けているようだった。…理由がかなりヒドイものだったが。


※※※※※※※※※※


 現代では、誰もが安価に動画を撮影し、SNSなどの情報共有スペースにアップできる。撮影した本人が価値を見出してなかったりすれば、そもそも情報は共有されない。

 しかし、面白いとか珍しいとかいう理由だけでも価値を見出したとすれば、高校野球の地方大会の動画でもネット上に上がってくるのが現代だ。

 われら弘前高校も、2回戦までは相手校が強くなかった事もあってか、ネット上へ情報が上がることもなかった。


 しかし3回戦の試合内容などは部分的ながら動画が上がっており、それに引っ張られるようにして1回戦、2回戦の試合内容もテキストデータながら情報が上げられるようになっていた。

 弘前高校の打撃力、投手能力、各自の打数と打点などなど。

 われら弘前高校も、すでに攻略『される』対象になってきている事に、この時の俺たちは気づいていなかった。何があるのか分からないのが、夏の甲子園大会。地方予選であろうとも、本気で挑む高校は、その事を忘れてはいない。


 我々が相手校の情報を集め、事前準備をするように。相手も、我々と試合をする準備をしているのだと。実感を持つ事は今だ無かった。


※※※※※※※※※※


「――女子選手が2人か。親近感わくわね。」

「1番の山崎さん、かなり打つみたいだしね。いいなぁ」

「第一試合の大槻さんは…頭数合わせかな。全打席で打数ゼロとか。」

「でもまぁ、うちの野球部の作戦は決まったね。」

「うん。うちの『やり方』を、徹底的にやるだけ。あと…」

「わかってる。なんとかするよ。封印してた秘密兵器、出すしかないかもね」

「ベスト4までは隠しておきたかったなぁ」

 雲雀ヶ丘女子野球部での、会話など知るよしもない。


※※※※※※※※※※


「なんっじゃこりゃ―――――――!!!!」

 放課後練習の直前。

 行儀悪くスマホをいじっていた山崎が、叫び声を上げた。


「えっ何どうしたの?」「なになに」「またエゴサーチ?おっぱい?」「仕方ないなぁ」

 スマホ画面を見て、ぶるぶる震えている山崎に、チームメイトが声をかける。


「にっにっにっにっ」

 2がどうした。にんじん?肉?


疑惑とはどういう事よ?!あたしの胸は正真正銘本物よ!!パットなんて弱者の装備なんぞ、生まれてこの方いちども装着した事ないっつーの!!!」

 また変なのをヒットしおってからに。


「揺れないから偽乳だと?!ばっか!馬っっ鹿じゃないの?!世の中にはスポブラってもんがあんのよ!知らない癖に何を偉そうに!そんな貧弱知識でおっぱい星人を名乗るな!ウチの悟を見習いなさいよ!!揺れると痛いし運動できないから、固定するのに苦労してるんでしょうが!おっぱい星人なら常識でしょうが常識!!!アンタらグラドルのPVしか見たことないんじゃないの?!いまどき普通のブラジャーで試合する巨乳アスリートが存在するかっ!!!」

 やめろ。俺を引き合いに出すな。


「あたしのスポブラは海外規格の上物よ!!ふざけんな!いくらすると思ってんのよ!!巨乳女子アスリートが札の集合体を胸に張り付けてるようなもんだって事も知らないのぉ?!しかも画像からすると偽乳カップ推定がF?トップバスト85?あほう!!レベルが違うってのよ!!身長予測から間違ってるでしょうが!!!」

 女子の業界ではバストサイズはステータスだと聞いたが、自身のサイズには自信と自負とがあったようだ。


「叩いてやる!!本当のサイズを教えてやるわ!!」

「やめろ!!それはやめろ!!落ち着け!!!」

 本人が個人情報を漏洩するな!


「あたしの3サイズはグラビアモデルにも負けてないのに!偽乳じゃない!!」

「山崎さん落ち着いて!知ってるから!すごいのは知ってるから!!」

 着替えを一緒にしている事もある大槻マネもなだめる。

 そうか。ほうほう。なるほどな。とか周りで言うのはやめてよ先輩たち。


「くそっ…こんな屈辱……ぐぅぅ…」

「ネット社会っておそろしいな」

 新手のネットいじめと言えなくもないのか?


「これも!すべて!雲雀ヶ丘のせいだッ!!!」

「白い雲も赤いポストもか。そういうのやめてあげなよ。」

 ぜんぜん関係ないじゃん。偽乳疑惑と雲雀ヶ丘まったく関係ないじゃん。


「あたしに雑誌インタビューがきていれば…!『スポブラって熱がこもるから大変なんですぅ』とか言えたのに…っ!!」

「だからそういうのやめなさいって。検閲されて記事そのものが無くなるよ」


 良くも悪くも通常営業のまま、俺たち弘前高校野球部は、4回戦を迎える事になりそうだった。


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