第15話 2回戦のためにバットを振る
「…先生。結果は?」
「補習は態度も問題なく、無事終了。理解度確認の小テストも合格している。」
「それは良かったです。今日から2人とも、部活動に復帰できますね。」
2年 西神 誠
2年 古市 博昭
【赤点コンビ】扱いされている2人が、弘前高校野球部部室の前で正座していた。
なお、『正座!!』の一言で先輩2人を正座させたのは山崎 桜1年(女子)である。
「申し開きは一切聞きません」
いきなりこれだ。学級裁判的なものですらない。
「2人には通達事項があります」
判決からスタートである。
「2人は以前と同じくスタメン扱いとなります」
温情判決か。
「ただし部活動の練習は、メニューに定められた打撃練習と、筋トレ、動体視力トレーニング等に限られます。守備練習は禁止。余裕のできた時間は、すべて期末テスト対策の勉強時間に充てられます。」
保護観察処分かな。
「なお、これは部員全員に共通する事ですが、期末テストで赤点を取った場合、夏休みは毎日午前中の補習授業になります。教科1つでも落としたら、夏休みはありません。皆さん、気を抜かないようにお願いします」
この言葉には、部員一同が黙して頷いた。
「もちろん誰かが欠けたとしても、県予選を勝ち進んだら甲子園です。無名校の甲子園初出場。きっと、全国放送ありのインタビューもあるでしょうね…。その場で、赤点を取ったメンバーはなぜベンチ入りできていないのか、フルネームでその理由を説明して、全国の晒し者にしてやるからね!!公開処刑よ!!!」
処刑予告だった。失敗した者には死を。専制君主国家の暴君のごとし。弘前高校野球部王国の女王かな、こやつ。…あれ?そのまんまじゃね?
「なお、こんな事を言う私は実力テストで学年3位のスコアを出しています。文句のある者は理由つきで前へ」
そりゃ誰も出てこないよ。というか、期末で赤点を取らないのは前提条件だし。ウチの野球部では誰一人として欠ける事がなく県予選を戦いたいのだ。主に人数の問題で。
「なお、3人の欠員が出てしまった場合、大槻センパイがスタメンになります。というか、1人でも欠けたら人手不足の関係で大槻京子さんを戦力に数えるほかありません。」
「…西神くん、古市くん。分からない所は私が教えるわ。だから…期末、絶対に間違いのないようにしましょうね?…もしも1人でも欠けたら… 呪 う わよ!!」
大槻マネ(補欠選手)の圧を受けて、2人が小さく「ヒィっ」と声を上げる。どうやらこの間の『絶対に怪我できない試合』は、大槻マネにもトラウマを残したようだ。
「我が校は学業優先の原則があります!その上で、我々は文武両道を目指し、体現する!!…ゆめゆめ、忘れることなく、油断のないように。以上!!!」
先生やキャプテンが言うべきことまでも全部言いきって、山崎は下がった。
―――いや、もう監督もキャプテンも言う事が残ってないよ!!
「あー。まあともかく…期末は、教頭先生から嫌味や愚痴を私が聞かされないように、皆がんばってくれ。」
「もう2度と、対戦相手の学校に申し訳ない思いを抱かないようにして欲しい。」
いや、愚痴のようなものはあったみたいだった。本当に問題あったんだな。
※※※※※※※※※※
「…で。先生。前田くんの様子はどうなんです?」
「症状からは回復してるようなんだが…まだウイルス排出量が感染危険レベルらしくてな。学校としては、もう少し様子を見る事になった」
「つまり?」
「前田は2回戦も参加できない。というか登校禁止だ」
山崎は、ふぅっとため息をついて。
「育成中の控え投手が、実質2回欠場、回復後のリハビリを含めたら4回戦ぐらいからしか使い物にならないか…前田くんには、病院で筋トレと勉強しとけって言っとかないとね…」
山崎は大槻マネを見た。
「…本気で育てるべきか…」
「ひっ!むりむりむりむり。私は無理だって」
「いや、ピンチヒッター扱いなら、なんとか…。今日から、未完の最終兵器と…練習しよ?」
山崎は逃げようとする大槻マネの腕を掴んで、ひきずっていく。
ひゃぁああああ――――。
グラウンドの隅に、大槻マネの悲鳴が響いた。
前田がノロウイルス感染症から復活するまで、弘前高校野球部は大槻マネを含む11人で県予選を戦う事になる。
しかし対戦相手はどんどん強くなる。秘密兵器枠の山崎を除けば、ピッチャーは2人だけ。投手を助けられるのは守備もそうだが打点を入れるのが一番。
俺たち弘前高校ナインは、打撃練習にいっそう力を入れるのだった。
――大槻センパイ、来ますよ!避けるか打つかして!!
え?――ひゃぁー!!
大槻マネが、未完の最終兵器がときどき投げる、気まぐれビーンボールに悲鳴をあげる。
彼女を選手として出さないためにも、頑張らないとな。
俺たちは思いを一つにして、それぞれの練習に励むのだった。
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