第19話 【覚醒】の一撃
油断のならない対戦相手、雲雀ヶ丘女子との対決を控え、ウォームアップが始まる。
今回のオーダーは以下の通りとなった。
1番打者 山崎 桜 [ショート]1年
2番打者 西神 誠 [ライト]2年
3番打者 古市 博昭[レフト]2年
4番打者 北島 悟 [セカンド]1年
5番打者 山田 次郎[キャッチャー]3年
6番打者 松野 康介[サード]2年
7番打者 竹中 真 [ファースト]1年
8番打者 小竹 正史[センター]3年
9番打者 岡田 健史[ピッチャー]3年
控えピッチャー 川上 進二 2年
控えピッチャー 前田 耕治 1年
最終手段の交代要員 大槻 京子 3年
もちろん大槻マネは出すつもりがないが、負傷治療中のピンチランナー等で駆り出される可能性はある。また、人数不足の1回戦より半強制的に1塁3塁のコーチングボックスに立ってもらっているので、ランナーコーチだけは形になってきていた。
打順2番3番に赤点コンビが入っているのは、守備練習を禁止されて打撃と筋トレに専念した結果、打撃能力が向上したと判断されたためである。
今回の試合は弘前高校が先攻。ウォームアップを先に終えて、雲雀ヶ丘の練習風景を観察する。…予測通り、内野守備の動きはいい。そしてやはり、わずかであるが投球速度が遅く感じる。内野での送球はさほど気にならないが、外野での球のやり取りが若干遅い。
「外野奥まで飛ばせれば…3塁はいけるか?」
「ライト線の奥までいったら、状況次第ではランニングホームランありかな…」
「さすがにそれは無いだろ。あっちも自分達の欠点くらいは分かってる。」
やはり守備の欠点は、長打の際の返球速度だと思われた。
長打さえ出ればいける。出れば、だが。そして………
―――どうっ。
雲雀ヶ丘エース(であろう)田中選手の投球練習を見て、山崎 桜が倒れた。
まるでどこかの少年漫画の登場人物のような、見事な前のめりのダウン。
『――ちょっとそこの君!大丈夫かね?!』
準備中の主審から、声がかけられる。
「あ、大丈夫です!ちょっとつまづいただけなんで!!」
「――ちっくしょう…。またしても…またしても……」
山崎は、『たん、たん。』と音を立てながら、地面を拳で叩いている。悔しいのだろう。
仕方あるまいて。
――田中選手の、アンダースロー投球を見ては、なぁ。
確か、田中選手は前回の試合の動画からすれば、ごく普通の上手投げ…スリークォーターからの投球フォームをしていたはずだ。
しかしアンダースローで投球練習をしている。おそらくは、トーナメント上位からの切り札のひとつとして隠し持っていたのを、ここで出す事にしたのだろう。
アンダースローの使い手は少ない。
専門に練習しないとものにならない上、球速も出ないし、下手にやると肘などを痛める。全国で見れば、それなりに使い手はいるが、使い手がエースである事は少ないし、練習が必要な投げ方である以上、上下ともに使うピッチャーはほぼいない。
一人でどちらも使いこなせば、ピッチャー交代をしなくても打者への揺さぶりの範囲は相当に広がる。
上も下も使いこなせるピッチャーは、本当にいないのだ。
しかし雲雀ヶ丘の田中選手は、その技術を見せた。
――――ウチの山崎が、満を持してドヤる前にだ。
「うぎぎぃぃぃぃ」
がりがりがりがり。倒れたままの山崎が地面を引っ掻いている。態度が不審すぎるから、そろそろやめて欲しい。元気だしなよ。きっといい事あるよ。
※※※※※※※※※※
―――どうっ。
弘前高ベンチ前からこっちを見ている山崎さんに、どうだ!とばかりに、とっておきのアンダースローを見せてみたら、山崎さんが音を立てて倒れた。
『――ちょっとそこの君!大丈夫かね?!』
審判員からも心配した声がかかった。
――いやほんとに大丈夫なの?!なんか受け身を取らない倒れ方で顔面から倒れたけど!
『あ、大丈夫です!ちょっとつまづいただけなんで!!』
ほんとに?つまづいても、受け身くらいは取れるよね?あの山崎さんだし。…それとも、エアバッグが優秀だから、顔面打ったりしないのかな?
少し心配になって様子を見ていると、地面を拳で叩いていた。みっともなく倒れたのが恥ずかしいのか悔しいのか、ともかく意識は大丈夫そうだ。
『うぎぎぃぃぃぃ』
山崎さんは地面をがりがり引っ掻いている。そんなに悔しかったのか…なんか怖いよ。
ともかく。
調子に問題なし。球の走りも上々。上も下も問題なく投げれる。
あたし達の分析によれば、山崎さんは長打を狙えるパワーを持ちながら、安定した打球でヒットを量産してきた出塁率10割の1番打者。本気で飛ばそうと思えば飛ばせる。というか、ホームランを狙える打者のはずだ。
彼女を抑える事ができれば、あたし達の勝率は格段に上がる。
…弘前高校の打線分析結果と、あたし達のピッチャー陣と守備陣の能力を照らし合わせた結果では。
脅威になるのは1番の山崎さん、4番の北島くん、あとオマケで5番の山田くん。この3人だけという結論に至った。
あとはいつも通りに…いや、それ以上に慎重に、練習の成果を出せば、ほぼ問題ない。これまでの試合と同じレベルでいける。最悪でも外野の前、そしていつも通りに内野に打たせる事ができれば、得点を0に抑えることもできる、はず。
「…いつも通りにいかないって事、見せてやるよ。山崎さん」
あたしは気合も新たに、投球練習の続きに戻った。
※※※※※※※※※※
『プレイ!!』
主審のコール。試合開始だ。
「お願いしまーす!」
バッターボックスの前で軽く礼をして、第1打者の山崎が位置につく。
…さぁ、田中さんは上から投げるか、それとも下からか。
―――と、その時。俺は、山崎 桜の雰囲気が変化したのに気づく。
「おぉ…。本当に『本気』か。【覚醒モード】入ったな。」
そんなに頭にきているのか。相手ピッチャーがなんだか可哀想にも思えてくる。
こりゃ、1投目で、くるかなぁ………
マウンドの田中投手が、セットポジションから――アンダースロー。
地を這うようなフォームから、ぎりぎりの球離れで球を放つ。山崎は170弱の身長だが、田中さんは180近い長身。当然ながら腕も長く、山崎のアンダースロー以上に、球のリリースポイントは分かりづらい―――
しかし。山崎 桜には、見えている。
放たれた球が、浮き上がるように投げ上げられ、重力に引かれて落下し、ピッチャーによって加えられた回転によって軌道を変え、真ん中のコースから、右打者の内角へと鋭く変化していく。切れ味鋭いシュート。アンダースローにしては速度もかなりのもの。
だが、山崎 桜には、すべてが見えている。
山崎が【覚醒モード】と恥ずかしい名前をつけた(小学校時代だから仕方がないかも)、この思考加速状態のような、この感覚拡大状態。
一流のプロアスリートの、そのまたごく一部の人間が到達する『ゾーン』とも呼ばれる状態に似ているであろう、この状態こそ。
山崎 桜の切り札の一つであり、アイツを反則超人スポーツ選手たらしめている柱の一本なのだ。
ここに加えて、並の男子を凌ぐ瞬間的な、爆発的な、切れ味鋭い運動能力が加わる。
―――内角ぎりぎりの、ボール判定エリアに切り込むシュートを。『じっくりと見て』完全に軌道予測していた山崎というパワーバッターが、男子では再現困難な体の柔軟性をもって、金属バットの真芯で、思いきり引っぱたいた。ボールの芯よりわずか下。完璧な長打のポイントを。
カキ―――――ン!!
ピッチャーの頭上を、セカンドとショートの中間を、そしてセンターの頭上を越えた打球は、県営球場の誇るバックスクリーン上段ぎりぎりに叩きつけられた。
ドスッ。というような鈍い音を立てて、白球が跳ね返る。
弘前高校 対 雲雀ヶ丘高校。準々決勝、第1試合。
その試合は、山崎 桜の高校野球、公式大会1号ホームランによって開始された。
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